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第47話 酒は飲んでも呑まれるな


「そういえば紗夜さん、気になってたんですけど本部で弟さん働かれてますか?」


 ヒナのその一言に紗夜さんは一瞬表情を曇らせたような気がしたが、すぐ笑顔に戻り、


玲央れおのこと? さすがに分かるよね」


「やっぱり!! 名字が一緒だったからもしかしてって思ってたんです!」


 紗夜さんに弟。

 それに本部で働いてるってことは冒険者か?

 しかし彼女からそんな話は聞いたことがない。


「玲央は迷惑かけてない? あの子本部でもかなり暴れてるって聞いてるけど」


 紗夜さん、家族の話をしているのにあまり嬉しそうじゃないな。

 むしろ苦しそうに見える。


「ヨウスケ、入社した時は仲良かったよね?」


「あぁ……。2年前くらいかな? 玲央くん突然誰とも話さなくなったんだ。噂ではずっとダンジョン攻略に行ってるって。本当かどうかは分からないけど」


「そっか。玲央、うちにも帰ってなくて。いつもどこに帰ってるのか、ご飯はちゃんと食べてるのか、元気にやってるのかすら分からない」


「紗夜さん、心配しなくて大丈夫ですよ! 本部では誰とも話してはないですけど、ダンジョンに行ったとしても必ず本部には帰ってくるし、夜には退社しているはずです。つまり帰る場所があって、元気にしてるってこと!」


 ヒナの言葉のおかげか紗夜さんはいつもの笑顔を取り戻し、


「ヒナちゃんありがとうっ! ヨウスケくんも玲央と仲良くしてくれてありがとうね。また話す機会があったら仲良くしてあげて」


「はいっ!! 任せてくださいよっ! お姉ちゃんを心配させんなよって言っておきます!」


「ははっ! ヨウスケくん頼もしいな」


 よかった、紗夜さんも元気を取り戻したみたいだ。

 ……にしても俺だけ蚊帳の外。

 全然話が分かんない。

 ぐすん、孤独だよ……。


「あれ、海成くんなんか拗ねてる?」


 横から紗夜さんが顔を覗かせてきた。

 近い近い近いっ!

 紗夜さんとの距離がっ!


「な、なんでもないですよーっ!」


 そう返したが、どうやら顔に出ているのか


「戸波さん……いや、海成さん話の輪に入れなかったから寂しかったんでしょ?」


 ヨウスケが俺のグラスに無理やり乾杯をしてきた。

 それに酔っているからかサラッと下の名前で呼んできてるし。

 まぁ距離が縮まったと思えば嬉しいけど。


「う、うるさいな〜。 そうだよ、悪いかっ!」


 そう言って俺も乾杯し返した。


「じゃあ次は海成さんの話しましょーよ」


「いや、いいって。俺の話は」


「えー聞きたいなぁ。海成くんの話っ!」


 紗夜さんが隣から肘で小突いてくる。

 仕方ない、彼女の願いとあらばっ!


 そして再び楽しい時間を過ごしたのだった。



 ◇



「いや〜もう飲み放題終わりってのは寂しいもんですね!」


「やだぁ! もっと飲むじょ〜!」


 ヨウスケはいつも通りの話し口調だが、ヒナに至っては酔いが回っていい感じにテンションが上がっている。


「まぁ明日も仕事だし今日は帰るか!」


 どちらかというと俺はお酒に強い方なので物理的にはまだ飲み歩けるが、明日仕事だという事実が俺の首を締めている。

 それ故に帰る方向への提案をした。


「ほら海成さんもそう言ってるわけだし、ヒナも帰るぞーっ! 帰ってもお酒あるだろ?」


「……はーいっ! せっかく楽しくなってきたところなのに。ねっ? 海成さんっ!」


「そうだな、でもいつでも来れるって! 次は休みの前の日とかにするか」


 2人とも俺のことは名字で呼んでいたのに、ここにきて名前呼び。

 友達としての距離が近くなったようで俺は少し嬉しい。

 適度にお酒を飲むのはいいコミュニケーションだと思う。


 適度にね……。


「さて……帰るのはいいとして、どうします?」


 ヨウスケが俺の隣へ視線を移す。

 そこには顔を赤くし、うつらうつらした紗夜さんが。

 これは完全に酔い潰れている、というやつだ。


「くぅーちゃん……ぎゅ〜っ!」


 とか言っておれの腕に抱きついてきた。

 可愛いってマジで……。

 だけどくぅーちゃんが気になる。

 彼氏か!? 彼氏なのかーっ!?


「どうするって俺もこう掴まれてちゃ帰れんし」


 帰れんというか立ち上がれん……。

 ナニが収まるまでは。


「うーん、僕もヒナを連れて帰らなきゃですし、ここは海成さんっ! 家まで送ってあげてくださいよ!」


「……はい!?」


「いや、だってこのまま放っておくわけにいかないでしょ? 紗夜さん綺麗なんだから変な男が寄ってくるかもしれませんし」


 ヨウスケの言うことは一理ある。

 いや、一理しかない。

 全くその通りだ。


「じゃ、じゃあ俺が連れて帰るか……。それでいいですか、紗夜さん?」


「うう〜、ぎゅ〜うっ!」


 なんかごにょごにょ言いながら俺の肩あたりに頬をすりすりしてくるんだけど。

 何この可愛い生き物。


「海成さん、よかったっすね!」


 ヨウスケは俺にグッドサインを向けてくる。

 よかったっすねじゃねーよ。

 いや、よかったよっ!!!


「じゃあ僕達帰りますんで」

「じゃあね〜海成さ〜んっ!」


 そう言って2人は帰っていった。


 さて俺達はというと、ヨウスケが帰り際に呼んでくれたタクシーを待っている。


「紗夜さん、タクシー呼んだんでもうちょい待ってくださいね。住所分かりますか?」


「え〜? 住所〜? どうしよっかなぁ〜? 〇〇区の〜」


 教えるんかいっ!

 ガードゆるゆるだなこの人。

 酔っ払ったら知らない人についていきそうで怖い。


 ブーッブーッ


 ポケットに入ってあるスマホが振動している。

 これはタクシーがきたやつだな。


 そうして俺達はタクシーに乗り込み、紗夜さんの自宅へと向かったのだった。 

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