「ありがとうございました!」
俺はタクシーの運転手さんにお金を払いお礼を伝えた。
紗夜さんはと言えば、走行中の微細な揺れが心地よかったのか俺の隣で寝落ちしてしまっている。
「紗夜さん、着きましたよっ!」
彼女の体を揺らすも全く起きる気配がない。
こうなったら俺も降りて部屋まで連れていくか。
そう思ってまずは自分が車から出た。
それから彼女側の後部座席のドアを開けてから彼女を連れ出したが、案の定フラフラなので肩を貸す。
こんなにお酒でベロベロになってるのに一切お酒臭さがなく、むしろ彼女からは甘い桃の香りがする。
なんでこの人こんないい匂いするの!?
くそ……俺の理性、保っててくれよっ!
心の中で葛藤しつつも、俺は紗夜さんを玄関前まで連れてきた。
彼女の家は大きな一軒家。
どの部屋も電気がついていないことを考えるともう家族みんな寝てしまっている、もしくは誰もいないってところか。
とりあえず紗夜さんが自分で鍵を開けることができたら、中まで連れて入ることができる。
さすがにこんな真夜中、他人様のお家をピンポンするなんて俺にはできない、いや……したくない。
「紗夜さん、ここ家ですよ。鍵ありますか?」
「う〜ん、ここに入ってる……。とってぇ……」
彼女はウトウトしながら自分が着ているスーツの胸ポケットを指差している。
「え!? 俺に取れってか!?」
いけない、つい大きな声を出してしまった。
この辺は住宅街っぽいのであまり声を出すと迷惑になってしまう。
「ん〜」
ダメだこの人。
こりゃ泥酔ってやつだ。
次から俺が彼女の飲むペースを配分してあげねば。
「じゃ、じゃあ失礼しますよ〜」
俺はそーっと彼女の胸ポケットに手を突っ込む。
あれ、思ったよりポケットが深いな。
本当にごめんなさい。
そう心で謝罪して奥まで手を入れる。
これじゃほぼ服越しに乳を揉んでいるのと一緒だ。
すごい、柔らかい……。
「ん……んっ……」
ちょっと紗夜さん、変な声出さないで……。
嫌でも想像してしまう。
「あ、あった!」
手に鍵の感触が伝わった瞬間、我に返った。
ダメだっ!
同意がなくては意味がないっ!
いや、そういう問題ではないかもしれないが。
俺は鍵を取り出して、
ガチャッ――
ゆっくり扉を開いた。
あまり強い勢いで開けると、寝ているかもしれない御家族様を起こしてしまう可能性があるからだ。
しかしこの真っ暗な中行動をするのは危険だと判断して、玄関の電気だけは点けさせてもらった。
そして30cmほどある上がり框に2人で腰をかける。
「紗夜さん着きましたよ! 家族さんは今いらっしゃいますか?」
するとさっきまでほとんど閉じていた目がほんの少し開いて、
「ん、ん……。誰もいない。玲央も帰ってこないし、いつも私1人」
彼女は薄目で未だ意識も朦朧としているようだが、どこか寂しそうにも見える。
そうか、彼女と2人っきりか。
……じゃなくてっ!
誰もいないのであれば余計ここで放っておくわけにはいかない。
「紗夜さん、寝室ってどちらですか? 申し訳ないですけどそこまて連れていきます!」
彼女は黙って2階を指差した。
2階か。
よし、ここは仕方あるまい。
そう思い立ち、俺は彼女を抱き抱えた。
あの崩壊する遺跡から脱出した時のように。
今回ばかりは彼女も意識が曖昧なのか、特に恥ずかしがる様子もなく静かにしている。
つまり恥ずかしいのは俺だけということだ。
2階に上がると部屋が3つあったが、紗夜さんの部屋は一発で分かった。
子供の頃から使っているような『紗夜』と書いたネームプレートが掛けてあったからだ。
「入りますよ〜」
彼女を抱えたまま部屋に入る。
あまり女性の部屋をジロジロ見るものではない。
数多のラブコメ主人公はそんなことを言っていた……ような気もする。
いや、現実的に考えて好きでもない相手に自分の部屋を見られるのはあまり嬉しいことではないだろう。
だからこそ電気を消したまま入り、ゆっくり彼女をベッドへ降ろした。
「ふぅ〜。重大任務だった」
ホッと胸を撫で下ろした瞬間、
「ん〜。くぅ〜ちゃん……」
突如言葉を発した紗夜さんの腕の中には、彼女に負けず劣らずの大きさを誇るクジラのぬいぐるみ。
「もしかしてくぅーちゃんってそのぬいぐるみのこと!?」
はぁ……。
なんかそう思うと気が抜けた。
紗夜さんに彼氏でもいるのかと思ったじゃないかっ!
いや、いてもいいんだけどね?
俺と彼女はただの先輩と後輩なんだし……。
ってそうじゃなくて俺も早く帰らないとっ!
明日も研修じゃないか……。
次の飲み会は絶対に休みの前日にしてもらおう。
紗夜さんも明日仕事……のはず。
そう思って一応彼女の頭元にあった目覚まし時計の時間をセットした。
「じゃあ俺も帰るか。お邪魔しました〜」
静かに出ようとすると、
「玲央……」
紗夜さんが小さい声で呟いた。
「紗夜さん……?」
今弟くんの名前を呼んだ?
「玲央、ごめんね。お姉ちゃんが……絶対、守る……から」
やっぱり紗夜さんは何かを抱えている。
俺は以前から気になっていた。
彼女の責任感が強く、心配性な性格のことを。
それに時折見せる浮かない表情。
何にせよ今の紗夜さんに聞くことはできない。
次会った時、さりげなく聞いてみよう。
俺は静かに相羽家から出て、家に帰った。
どうやって帰ったか?
まさかのタクシーの運ちゃんが待っててくれたのだ。
神かよっ! ナイスおっちゃんっ!!
◇
そして次の日
寝不足だっ!
これは明らかに寝足りないと体が悲鳴を上げている。
重たい気持ちを振り切り、俺はベッドから起き上がった。
今日はたしか同職業つまり武闘家の先輩方との合同訓練が控えている。
おお……。
そう考えると、アドレナリンが出たのか急に目が冴えてきてワクワクしてきた。
よっしゃ腕が鳴るぜっ!