何かに遮られたのは感じたものの、この一瞬で何が起きたかわからず戸惑っていると。
「お前さぁ。男、物色すんのはいいけど言われたことはちゃんとしろよ」
背後から聞こえてきた聞き覚えのあるその声。
「あっ……」
目の前にかざされた白いそれを、ちゃんと目を凝らして見ると、それは理玖くんに今日歓迎会があるから明日の打合せの資料として持って帰って目を通すように言われた書類だった。
それに気付いて慌てて振り返ると、少し不服そうにしている理玖くんがその書類を持って立っていた。
そうだった。
会社出る前に、理玖くんがデスクの上に置いておくからちゃんと持って帰れって言われてたのを、あたしは返事だけして、すっかり忘れてそのまま歓迎会に来てしまってたのを、今思い出した。
「わざわざ持ってきてくれたんですね」
「明日朝一の打合せなのに、明日来てからじゃ遅いだろうが。お前全然またいつもみたいに思い出しもしなかっただろ」
「はい。まったく」
「てか、お前ごときが手かけさせんな」
「すいません……」
あぁ、またやっちゃった。
目の前に気になることがあったら、つい見えなくなる時があってこういうことたまにあるんだよね。
そして、それをちゃんと理解している理玖くん。
あたしが大雑把なのか、それとも理玖くんが細かに気付く人なのか……。
だけど、このさりげなくフォローしてくれる感じも昔っからなんだよな。
「あっ、君。星川さんだっけ?」
「あっ、はい」
すると今度は隣にいる一葉に理玖くんが声をかける。
「牧田の従妹なんだって?」
「あっ、そうです!」
「牧田とは同期でさ。よく皆で飲みに行くんだけど、そん時牧田からうちの部署に新人の従妹が入るって聞いてたから誰だろうって思ってたんだよね」
「あっ、直接聞かれてたんですね」
「うん。牧田に優秀な子だから手かからないって聞いてたけど、実際そうみたいだね。今、指導に工藤がついてるだろ?」
「はい。工藤さんに指導してもらってます」
「工藤が新人なのに手がかからないって褒めてたよ」
「えっ! ありがとうございます!」
隣で次々褒められていく一葉。
え、一葉見た目だけじゃなく中身も優秀なんだ!
理玖くんも褒めるとかすごいな。
あたし理玖くんに褒められたこととかほとんどないけど。
しかも、今さっき注意されたばっかだし。
と、二人のやり取りを羨ましく見入ってしまう。
「こいつ。一緒にいて面倒かけてない?」
「えっ?」「えっ!?」
すると、理玖くんがあたしのことであろうっぽいことを一葉に尋ねて、思わずあたしも一葉も同時に驚いて反応する。
えっ、理玖くん自分からバラしてる!?
理玖くん誰にも言うなって言ってたから、あたし理玖くんとの関係、一葉にもまだ話してないのに。
「えっ? お前オレのこと星川さんに話してないの?」
「いや、だって、自分が誰にも言うなって言うから……」
と、思わずブツブツ呟くと。
「あぁ~。それはオレの女関係に影響しないようにってこと。星川さんには別にお前とオレの関係話したとこでなんも影響ないから別に言っても構わないけど」
「えっ、そうなの!?」
「お前的には話した方がいろいろと楽だろ」
「まぁ、それは」
「なら別にいいよ、話して。オレもこういう時はこんな感じで素で話す方が楽だし」
「うん。わかった」
実は一葉にこれまでに指導係の理玖くんとはどんな感じなのか仕事的に聞かれたりしたこともあったんだけど、なんせあたしと理玖くんの関係は特殊だから、適当に微妙な感じでしか伝えてなかったんだよな。
「えっ!? 沙羅と高宮さん、どういう関係!?」
すると、意味深なことを二人でコソコソ話してると、さすがに一葉も気になったらしく、不思議そうに聞いてくる。
「あぁ~。こいつさ。オレの親友の妹で。もう小さい頃から実は知り合いなんだよね」
すると理玖くんから一葉にサラッと伝える。
「えっ! そうなんですか!?」
「ごめんね。最初こいつと久々再会した時にさ、誰にも言うなってオレが口止めしたから星川さんにも言えなかったみたい」
「あっ、そうなんですね」
そして理玖くんがちゃんと言えなかった理由をそのまま伝えてくれる。
「こいつ君と違ってかなり手がかかるやつだと思うけど、もし迷惑かけられたらすぐオレに言って。オレがちゃんと言うこと聞かせるから」
「えっ!?」
「ちょっ、理玖くん!」
そして思わぬことを言った理玖くんに、驚いた一葉と、思わず素で反応してしまったあたし。
「じゃ、なくて。高宮さん……! 」
急いで名前だけでも訂正する。
「フフ。今はまだ大丈夫ですよ。だけど、もし何かあったらその時は高宮さんにお願いしますね」
「いや、ちょっ、一葉!?」
そして、なぜだか一葉も理玖くんに乗っかって答える。
「ってことで。楠さん。これからもしっかりな」
と、またちょっと意味ありげな目つきで、念押しする理玖くん。
「星川さん。こいつ、よろしくね」
「はい」
明らかにあたしと一葉では接し方が違う理玖くん。
そして理玖くんがその場を去ったと同時に。
「ちょっとビックリなんだけど」
「なんかごめん」
一葉が思った通り話しかけてくる。
そして思わず謝ってしまうあたし。
「え? なんで謝んの!?」
「いや、隠してたから。高宮さんのこと……」
「あぁ~あれだと仕方ないよね。てか、逆にあたしに沙羅のこと話してくれた方にちょっとビックリしたっていうか」
「え? どういうこと?」
「だってホラ。高宮さんってあーいう人だから」
と、一葉が視線を飛ばした先にいる理玖くんを見ると、この場を離れたと思ったらすぐ女性たちにすぐに囲まれているのが見える。
「あぁ……」
思わず目に入ったその情景に唖然とする。
「誰か一人を気にかけるとか意外だなって」
「ん?」
「沙羅のこと」
「あっ、あたし!?」
「そう。従姉から聞いてた話とは随分違うなぁと思って」
「理玖くんのこと? どう違ったの?」
「高宮さんって、来るもの拒まず精神ではあるけど、誰か一人に執着はしないって聞いてたから」
執着……? そういう意味ならあたしはそれじゃない。
「あぁ~。高宮さんとはそういうんじゃなくて。ずっと妹的な扱いされてきたから、その流れで多分心配? みたいな感覚なだけだと思う」
「え~そうかな~。あたしの前でもあんな自然に更に話しかけるとか、高宮さんの中で他の人と違う気がするけど」
なぜか一葉、さっきから意味ありげな方向に考えちゃってる?
「いや、あの態度だよ? 」
「わざわざ、あたしに沙羅のことお願いしてくるとかめちゃ優しいじゃん!」
ん……??
「えっ? なんで??」
「そもそも高宮さんって自分から気にかけない人らしいから。だけどアプローチすれば相手はしてくれるっていう、危ない魅力の罠があるらしいよ~(笑)」
一葉が楽しそうにからかうように、あたしにそんなことを伝えてくる。