「いくらオレが連れてきたからって、この店にはもう一人で来んな」
そして理玖くんは身体を起こし、あたしをしっかり見つめながら今度は、あたしにハッキリ言い聞かせるように伝えてくる。
「えっ、どうして?」
「この店。ある意味出会いが盛んな店なんだよ」
「出会い……?」
「女同士とか女一人でいると、男に声かけられやすいことが多いってこと」
「えっ、そんな店なんだ!?」
理玖くんにそう言われ、店を見渡すと、確かにさっき隣で飲んでた女性二人組が、いつの間にか男の人たちと合流してグループになってる。
待ち合わせとかじゃなく、お酒持って声かけてきてたから、それってそういうことだったんだ。
「そんなとこにお前一人で来るとか無謀かよ」
「えっ、でも他に女性一人の人もいるよ?」
入ってきたとき、確か女性一人の人もいたはず。
と、心当たりのある場所を見てみるも。
ん? あれ?
一人でいた女性がいなくなってる……。
「あれ。さっきはいたんだけどな」
と、キョロキョロその人探してみる。
「よく見てみろ。そこも誰か男とすでに一緒に飲んでんだろ」
理玖くんはどこかを見るわけでもなく、あたしを見ながら当たり前かのように言う。
あっ、ホントだ……。
思い当たる女性を見ると、さっきまでいない男性が合流している。
「わ~。ホントだ。ホントにそういうとこだったんだ~」
と、理玖くんに言われて初めてその状況を知って把握する。
さっきまでは普通に賑やかなお店だと思ってた場所が、理玖くんにそう言われてからは、お店の雰囲気もここにいる人たちも、急にそんな風に違って見えてしまう。
「お前、何呑気に……」
そんなあたしにまた隣から呆れ声で理玖くんが呟くのが聞こえる。
「あっ、でも、ホラあたしは声一切かけられてないから大丈夫! てか、あたしこんな状況でも相手されないとかヤバくなーい!? ハハッ」
ここまで何もなかった自分を思い出して、お酒も入ってるせいか思わずキャハハと面白くなって自虐的にネタにする。
そりゃ理玖くんもあたし対象外なはずだよな。
誰にも相手にされないようなやつだもん。
「は? オレ、今ここめちゃ滑り込んできたんだけど」
すると、なぜかそんなあたしと対照的に顔をしかめて険しい表情をしながら答える理玖くん。
「ん?」
滑り込むって何?
「今まさに店入ってきた瞬間、お前に声かけようとしてた二人組がいたから、オレの連れだって声かけてどっか行かせたんだぞ」
「えっ? そうなの……?」
あたしはきょとんとしながら理玖くんに聞き返す。
いや、それは知らなかった……。
「お前、前もそうだったけど、なんでそんな無防備なんだよ……」
「いや、だって……、そんなの知らなかったし……」
あたしは下の方を向きながら、ボソボソと呟くように理玖くんに静かに反論する。
だって、あたしは理玖くんと話したくて、理玖くんが連れてきてくれた店ここしか知らなかったし、ただそれだけでここにいただけなのに……。
そんな場所だったなんて全然知らないもん。
「ただお前が鈍感なだけだよ。チョロいくせに」
「いや、チョロいの今関係ないから」
チョロいと言われて、あたしは思わずすぐに顔を上げて反論する。
まぁそう言い返しはしたけど、多分これも理玖くんなりの優しさなんだなとは思うけど。
「そんな店で来るまで待ってるとか言われたら、さすがにほっとけないだろ」
「ごめん……。でも、元はといえば理玖くんずっと無視し続けるから……。だから、あたし理玖くんとどうしても話したくて、だけど、このお店しか知らなくて……」
あたしは目を伏せながら、自分が勝手に待ってただけなのに、子供みたいに拗ねるように呟いてしまう。
「それは、悪かった……」
すると、理玖くんも、そんなあたしを見かねたのか謝ってくれる。
「お前にどう言葉を返したら、自分で納得するのかがわかんなかった」
そしてその時のことを思い返すように、静かに理玖くんがそんな言葉を呟いた。
「え? どういうこと?」
理玖くんから返ってきたのが思ってたような言葉じゃなくて、あたしは理玖くんを見ながら聞き返す。
「自分でわかってんだよ、全部。お前に言われたこと。それをお前に指摘されたことが多分ショックだったのかな」
「え……?」
怒ってたんじゃなく、あたしの言葉にショックを受けてたってこと……?
「ずっと無視されてたから、理玖くん怒っちゃったんじゃないかって思ってた……」
「そんなので怒りはしないよ。その通りだし。だけど、それをお前にそのまま指摘されたことがオレの中で情けなかったっていうかさ」
理玖くんはあえてあたしを見ながらではなく、思い返すようなそんな表情をして呟く。
「情けない……?」
「なんかお前に幻滅されるのはやっぱ嫌みたい。勝手にお前ならわかってくれるって思ってたからかな。自分の中で受け入れられなかったんだと思う」
「今も幻滅なんてしてない。でも……」
あたしが理玖くんを好きだと自分で気付いてしまったから、だから、あたしが受け入れられなくなってしまっただけ。
理玖くんが大切だからこそ、不毛な想いは応援なんて出来ないと思ってしまった。
「うん。わかってる……。オレのこと心配してくれてんだよな」
今度は、理玖くんは噛み締めるように少し笑みを浮かべて穏やかな表情をしながら、あたしと目を合わす。
よかった……。理玖くん怒ってなかった。
ちゃんとわかってくれてた……。
「沙羅にあんな風に言われて、ついオレもあんな言い方したこと、悪かったって思ってる」
そして、理玖くんも気にしてたのか、そのことまで謝ってくれた。
「うーうん……。大丈夫。あたしも言い過ぎたって思ってたから……」
「いや……。だからってオレも大人げなかったよな。なんかお前にはそういうのも隠せなくなるっていうかさ。茉白への気持ちは、あんなに隠せてんのに、お前はなんでだろうな」
そう言ってフッと笑う理玖くん。
あたしはそんな理玖くんを見せてくれて嬉しいと思った。
あんな風に自分の気持ちをぶつけてでも、本当の理玖くんを、あたしには見せてほしいと思った。
理由とかそんなの別になんでもいい。
どんな形でもいいから、偽らない自然な理玖くんでいれる相手が、あたしであればいいと、そう思った。