それから程なくして、文化祭は始まった。
私たちのクラスの出し物は、縁日とワッフル。
男子が模擬店でミニゲームを担当し、女子がワッフルコーナーを担当する。
開店したばかりのお客さんは生徒のみだった。
でも、30分程すると一般のお客さんも来てくれるようになった。
出だしは、ぽつりぽつりという感じの来客だったけれど……。
気が付けば、廊下には長蛇の列!
「2年2組のワッフル、すっごく美味しいよ!」
「えー、そうなんだ」
「うん、これは並ぶ価値ある!」
なんて声も聞こえてくる。
ワッフルコーナーを担当している身としては、なんとも鼻が高い。
ふふん。
「ちょっとユイ、こっちにコップ用意して!」
「ユイぴょーん! 焼き上がったからー、2番のお客さんに持ってってー!」
「日野原さん、お客さん通していいよ」
「あ、そこのテーブル拭いといて」
「わ、わかったけど、いっぺんに言わないでーっ!」
……どうやら、余韻に浸っている暇はないみたい。
縁日コーナーも盛り上がっているみたいで、たくさんの人が模擬店のミニゲームを楽しんでいる。
レンもユウトくんも、さぞかし忙しいだろう。
と思ったら……。
レンは1年生の女の子たちに囲まれていた。
「姫! 体育祭、カッコ良かったです!」
「わぁ、姫の浴衣姿も素敵です!」
どうやら、体育祭のときにやった紅薔薇姫のコスプレでファンになった子たちみたい。
みんな口々に姫コールをしている。
対するレンは、困ったような笑顔を見せていた。
……っく。
仕事なのはわかるけれど……。
他の子に囲まれて笑うレンは、ちょっと嫌だ。
なんて思う自分も嫌で、うぅ……。
ヤキモチと自己嫌悪に挟まれて、胸がチクリと音を立てた。
「姫、一緒に写真撮ってもらっていいですか?」
「あ、ズルい! 私もお願いします!」
「私も!」
女の子たちは、隣にいたユウトくんにスマホを渡している。
ちょ、ちょっと、それはやり過ぎじゃない!?
そのとき、背後でため息が聞こえた。
振り返ると、それはアイリだった。
「ああいうの、困るのよね。他のお客さんの迷惑になるし」
不機嫌そうに
手にした空のペットボトルが潰れる音に、鳥肌が立った。
「わ、私、ちょっと注意してくるからっ!」
今にもペットボトルを投げつけそうなアイリに、私は慌てて駆け出す。
そんな私に気付いたレンは、口パクで「助けて」って言ってる。
まったくもう……。
「はい、ごめんね。ちょっと通してね」
そう言って、私は無理やり囲いの中に入っていく。
そして、レンの隣に並ぶと女の子たちをグルッと見回した。
「ごめんね。あまり騒がれると他のお客さんの迷惑になるから」
私の女の子たちは静まり返って。
そして、次の瞬間——。
「——白い騎士のコスした先輩ですよね!! 私、大ファンです!!」
「今日は浴衣なんですね! めっちゃ可愛いー!!!」
「騎士様も、一緒に写真撮っていいですか?」
にわかに盛り上がってしまった!
キャーキャー言ってる後輩たち。
まさか、あのコスプレがここまで人気になるなんて思ってもいなかった。
体育祭優勝の栄冠は伊達じゃない。
「ちょ、ちょっと待って! 1回待ってね!」
私は女の子たちを静かにさせると、輪から抜け出してアイリのところに向かった。
ジッとこちらを見ている彼女に、頬をかく。
「えっと……悪い子たちじゃないみたい、エヘヘ」
「あなたに期待した私がバカだったわ……」
はぁ〜。
っと、アイリの深い深いため息が響き渡った。
その後、ユウトくんの提案で縁日のお客さんと、写真撮影のお客さんの列を分けることにした。
そんなこともあり、私たちのクラスは予想以上に大盛況だった。
忙しい時間はあっという間に過ぎ……。
「それじゃ、最初の接客組は休憩入っていいよ」
その言葉に、みんなホッと一息をつく。
「それじゃ、他のクラスも見に行ってみようぜ!」
ユウトくんの言葉に、私たちはうなずいて歩き出す。
だけど……。
その足は、すぐ隣の教室の前で止まった。
「じゃあ、近いところから行ってみようか」
そう言って指差す隣のクラス、2年3組。
その出し物は……。
「お、お化け屋敷……」
私はゴクリとツバを飲んだ。
廊下の壁一面に貼られたお札と、血染めみたいな赤い手形はあまりに不気味で。
入り口には乱れ髪の白装束の人と、人狼の格好をした人はあまりに怖くて。
たぶん見たことある人たちだけれど、直視はできない。
暗くて先が見えない入り口は、今にも吸い込まれそうで
でも、私は気力を振り絞ってみんなに微笑んだ。
決して怖がっていることを悟られないように。
「こっ、ここっ、こっ、ここに入るの!?」
だけど、口から漏れたのは震え声。
たぶん、笑顔も引きつっていたに違いない。
「ニワトリみたいになってんぞ、騎士様」
レンの言葉に吹き出すアイリたち。
白装束の人が、にっこりと微笑んだ。
「5人一緒に入れますので、良かったらどうぞ」
優しく接客してくれているのだけれど……。
私の目には逆に怖く見えてしまう。
そのとき、ふとレンが私を見た。
「あ、日野原は外で待ってるんだっけ?」
4人の視線が私に集まる。
昨日、お化け屋敷に入ってみるかと言っていたレン。
ホラーものが好きなアイリ。
仲直りするにはもってこいのミユとユウトくん。
……あれ?
入らないのって私だけ!?
「ちょ、ちょっと待って! みんな入るなら私も入るっ!」
だけど……。
入り口を前にした私の足は、まるで石みたい。
硬直しちゃって、一歩も動かない。
「あ、あの!」
私はスタッフの2人を見る。
「こ……このお化け屋敷って、入り口に石化の呪いとかかかってます!?」
真顔で尋ねる私に、白装束と人狼は顔を見合わせた。
その顔には苦笑いが浮かんでいる。
う、まずい……。
このままじゃ、超怖がり騎士として名を
「……ったく、仕方ねぇなぁ」
そのとき、不意にレンが私の前に立った。
「ほら」
そう言って、左手を差し出してくる。
「つかまってていいから。少しは怖さも紛れるだろ?」
「あ、ありがとう……。って、べ、別に怖がってるわけじゃないからねっ!」
「はいはい」
苦笑するレン。
握ったその手は温かくて、優しくて……。
なんだか少し落ち着けた気がする。
「よし、それじゃ入る……」
「……ねぇ、月島くん」
レンの言葉を遮って、アイリが口を開いた。
彼女は握った手を胸に当て、伏し目がちにレンを見つめている。
「どうした? 水本」
「えっと……わ、私も、ちょっと怖くなってきたかもしれない」
えー!?
アイリ、ホラー好きって言ってたじゃん!
私は、思わず息を吐いた。
さては……。
私と同じで強がっていただけかー。
まったく、アイリも可愛いとこあるじゃん!
……というわけで。
レンを真ん中にして、左に私、右にアイリが張り付いてお化け屋敷に入っていく。
「すっげー歩きづらいんだけど……」
つぶやくレン。
私たちの後ろにミユとユウトくんが続く。
二人とも上手くやってほしい。
私が見守ってあげ——。
「ギャーーーーーーーーッッッ!!!!!」
さっそく出てきた空飛ぶお面に、私は盛大な悲鳴をあげた。
ご、ご、ご、ごめん、無理っ!
二人を見守る余裕なんてないっ!!
冷や汗ドバドバ。
最初からこのペースで、私の心臓はもつのだろうか……。
薄暗い通路に仕掛けられたいくつもの脅かしポイント。
そこで私は、ことごとく悲鳴をあげ続ける。
「ちょ、日野原……鼓膜が破れそ……」
レンがそう言った瞬間、何かが足元を通り抜けた。
私は悲鳴と共に全力で飛び上がる。
ガンッ!!!
頭が何かにぶつかったけれど、気にしている余裕なんてないんだって!!!
それからしばらくして……。
私たちは、ようやく外に出られた。
控えめに言って、めちゃくちゃ怖かった。
もう、一生分叫んだ気がする……。
ふと隣を見ると、そこには苦い顔をしたレンがいた。
そのオデコは、何かにぶつけたのだろうか。
可哀想なくらいに真っ赤になっていた。
私はニヤリと笑う。
「あれー? レンくん、怖いからって目をつぶっていたのかなー? そのオデコ、何にぶつけたのー?」
「お・ま・え・だよ!!」
怒りすら感じられるレンの言葉。
んー?
ちょっと何を言っているのかわからない。
そのとき——。
「ハッ! 女2人をはべらかして、相変わらずモテてんな!」
聞き覚えのある声。
そして、聞きたくもない声。
振り返ると、それは果たしてタクヤだった。
隣にはジュリの姿もある。
「よー、月島! 元気してたか?」
「……タクヤ」
ニヤニヤと口角を釣り上げて笑うタクヤに、レンはギリッと奥歯を噛む。
周りの空気が一気に変わったのを感じた。