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第70話『友情』

「久しぶりだな、人殺しの月島くんよ」


 ニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべるタクヤ。

 ギリッと、レンが歯噛みする音が聞こえた。

 その手は、爪が食い込むくらい強く握りしめられている。


「ちょっと、バカタクヤ! あーしのレンきゅんに失礼なこと言うんじゃねーし!」


 タクヤのお尻を蹴るジュリ。

 二人でまわっているのだろうか?

 ジュリの手にはフランクフルトと……。

 どこの景品かわからないけれど、サッカーボールがあった。


 ジュリは、レンの両脇にいた私とアイリに目を向ける。


「まー、あーしも、レンきゅんが変な女たちにまとわりつかれてるのはムカつくけどー」

「勝手なことを……!」

「ほんと、どうしようもないわね」


 睨む私とため息をつくアイリを、タクヤがジロリと見た。


「誰かと思えば……夏祭りのとき、俺の頬を叩いた女じゃねーか! その隣には、講釈こうしゃく垂れた生意気な女までいやがるな」


 私はレンを守るように前に出た。


「リコさんのこと、聞いた。確かに気の毒だとは思うけど……でも、レンは全然悪くない!」

「ハッ! 部外者に何がわかる! 月島じゃねぇ、リコは俺を好きになってりゃ幸せになれたんだ!」


 怒りと嫉妬の入り混じった炎みたいなタクヤの目に、思わず息が詰まりそうになる。

 レンを守るって言ったのに……。

 ほんと、自分が情けない!

 震えそうになる膝を力を入れて押さえ込む。


「あぁ、そうだ!」


 タクヤがポンと手を叩く。


「お前らのうち、誰か一人でも死んでみりゃ俺の気持ちもわかんじゃねーの?」


 悪意の塊みたいな笑みに、背筋にゾワッと鳥肌が立つ。

 アイリも、人知れず胸を押さえている。


「タクヤ、お前!」


 掴みかかろうとするレン。

 だけど、それをアイリが制した。


「別にわからなくてもいいわよ、あなたの気持ちなんて」


 凛とした声。


「自分が選ばれなかったことを、いつまでも根に持って。本当に器の小さい……。いい加減、真実を見たらどうなの?」

「て、テメェ……!」

「今、わかることは、あなたは間違っている。それだけで十分でしょ!」


 毅然きぜんとした態度で真っ直ぐに前を見るアイリ。

 その姿はとても凛々しくて。

 タクヤは、アイリみたいなタイプは苦手なのだろう。

 気圧されている様子が感じられた。


「私、あの人きらーい」


 ベーっと舌を出すミユ。

 タクヤが鋭く睨むも、ユウトくんが遮るように間に入る。

 そのとき、不意に私の肩に手が置かれた。

 それはレンの手だった。


「日野原、ありがとうな」


 そう言ってレンは前に出ると、私たちを振り返って微笑む。


「みんなも、ありがとうな。さぁ、次のクラスに行こうぜ!」

「テメェ、逃げんのか!」


 背を向けたレンに、タクヤが怒鳴る。

 レンは、肩口にタクヤを見た。


「タクヤ……俺は、リコを忘れたことなんかないよ。お前が俺を許せないって言うなら、それだって受け止める」

「なんだと……!」

「今の俺には仲間がいるから。こんな俺でも受け入れてくれる大切な人たちがさ。タクヤ、お前も早くそんな仲間を見つけろよ」


 そしてレンは歩き出す。


「ほら、行こうぜ」

「う、うん」


 私たちも、うながされて歩き出した。


「綺麗事を言ってんじゃねぇよ! 人殺しのクセに!」


 後ろから聞こえてくるタクヤの悔し紛れの言葉。

 その瞬間、一人の足が止まった。

きびすを返すと、つかつかと歩き、おもむろにタクヤの襟首をつかんだ。

 激しい怒りの表情。

 でも、それはレンじゃない。


「お前、それやめろよ!」


 それは、ユウトくんだった。

 大きな体を揺らして彼は叫ぶ。


「さっきから黙って聞いてりゃ、なんなんだ! その言葉、取り消せよ!」

「アァ? なに言ってやがんだ、テメェ!」

「人殺しって言うの、取り消せって言ってんだよ!」


 タクヤもユウトくんの襟首をつかみ返す。

 顔と顔を近付け睨み合う二人。

 それは、オデコとオデコがくっつくくらい。


「ユウト、いいって! 俺は大丈夫だから!」


 慌てて止めに入るレンを、ユウトくんはキッと睨んだ。


「俺が嫌なんだよ! 親友がそんなこと言われたら、ムカつくに決まってんだろ!」


 その言葉に、レンは驚いたように大きく目を見開いた。


「デブ! テメェ、友情ごっこはよそでやれ! 胸焼けがすらァ!」


 ユウトくんは再びタクヤに向き直る。


「俺はもう、胃もたれの向こう側にいるんだよ!」

「冗談は体型だけにしとけよ!」

「冗談じゃねーよ! 俺の友情は厚切りチャーシューより分厚いんだ!」

「テメェ、マジで俺を怒らせたいようだな……!」

「来いよ! お前なんかデザートにもなりゃしない!」

「さっきからなんなんだよ、そのデブ名言みたいなのは!」


 二人が拳を振り上げた瞬間——。


「——そこまで!」


 不意に響き渡る声。

 振り返ると、それはショウ先輩だった。

 先輩とは体育祭以来。

 なんかちょっと緊張する。


 先輩は私たちの前を通過すると、ユウトくんとタクヤを引き離した。


「他の人の迷惑になるからやめようか」

「だ、だけど、コイツがレンを……!」

「これ以上、騒ぎを大きくするなら文化祭は中止になるかもしれないけど……それでもいいかな?」

「それは……ダメだ」


 ユウトくんはうなだれると、タクヤから手を離した。


「さぁ、君も手を離して」

「アァ!? テメェは何なんだよ!」

「文化祭の実行委員長だけど? 言ってもわからないなら、強制的にご退場願おうかな」

「チッ……!」


 悔しさを滲ませながらタクヤも手を離す。


「クソが!」


 そして、踵を返すと苛立ちも隠そうとせずに去っていく。

 先輩はうなずくと、私たちのところにやって来た。


「お久しぶり、ユイちゃん」

「お、お久しぶりです。……ケンカを止めてくれて、ありがとうございます」

「いえいえ。んー……じゃあ、お礼ということで俺と文化祭をまわらない?」

「え!」


 私の反応に、先輩はクスリと笑う。


「……と言いたいんだけどね。実行委員長って何かと忙しくてね。また後ででいいかな?」

「あ……は、はい」


 先輩は微笑むと、レンに目を向ける。


「月の石くんも、トラブルは控えるように」

「月島です。……すみません」


 相変わらず名前を覚えない先輩。

 でも、ようやく日常が戻ってきた感じに、ホッと息が漏れる。


 向こうで、タクヤがジュリに話しかけるのが見えた。


「ジュリ、アイツ何なんだよ?」

「あれは3年生の不知火しらぬい しょう先輩。昔は女の子をとっかえひっかえだったけど、最近は心を入れ替えたってウワサ」

「アイツもそういうヤツか!」

「……てゆーかさ。アンタ、自分がモテないからひがんでない?」

「そ、そんなことねーよ! ……でも、ムカつくやつではあるな」


 その目が、悪意に光った気がした。


 タクヤは、ジュリの手のサッカーボールを勢い良く奪う。

 そのままの勢いで、大きく振りかぶった。


「せ、先輩!」


 私の声で振り返るショウ先輩。


「スカしてんじゃねーぞ!」


 そう言い放つと同時に先輩に向かって投げつける。

 5メートルもない至近距離!

 タクヤの顔がニヤリと歪んだ。


 ボールが顔面に直撃する——。


 ——瞬間、先輩は軽くジャンプして胸でトラップ。

 勢いを殺されたボールは、ふわりと真上に上がった。

 そして、先輩の足元に吸い込まれるように落ちてくる。


「ほら、返すよ!」


 蹴り返したボールは……!


「ぐはっ!」


 見事にタクヤの顔面にヒットした!

 尻餅をつくタクヤ。

 ポーンと跳ね上がったボールを、ジュリが上手にキャッチする。


「あ、そうそう。ショウ先輩って、サッカー部のエースだかんね」

「は、早く言えよ!」


 抗議するタクヤに、ジュリは冷たい視線を送った。


「ってゆーか、アンタってホント周りの目を気にしないよね。マジで無理なんだけど!」

「な……じゅ、ジュリ!」

「ガンえ〜。あーし、もう行くわ」


 手をヒラヒラと振って去っていくジュリ。

 タクヤは慌てて起き上がると、それを追いかける。


「ちょ、ちょっと待てって!」

「ついてくんなし! 仲間だと思われたら迷惑だってーの!」

「そ、そんなこと言うなよー!」


 小さくなっていく声。

 私たちは、今度こそ安堵のため息をつくのだった。

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