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第71話『約束』

 タクヤの襲撃しゅうげき退しりぞけた私たちは、その後は平和な文化祭を過ごすことができた。

 2年1組の男女逆転メイド喫茶でお茶をしたりして、他のクラスの出し物を思い切り楽しんだ。

 3年生のクラスでやっていた『動く! 世界の幽霊展』に行こうと言い出されたときは、全身全霊、ありったけの力で阻止したのだけれど……。


 楽しい時間はあっという間に過ぎるもの。

 文化祭は無事に終わって、今は後片付けの時間だ。

 もちろん、浴衣だってもう着替えてしまっている。


 ……でも。

 私も含め、クラスのみんなもまだ余韻があって。


「うちらのクラス、かなり人気あったよね!」

「もしかしたら、一番お客さん入ってたんじゃない?」

「縁日とワッフル、最強ー!!」


 そんなことを言いながら、みんなで笑い合った。

 その中には、もちろんミユとユウトくんの姿もある。

 うん、あるのだけれど……。


 二人はやっぱり話をしていなくて。

 たまにミユがチラッとユウトくんを見るけれど……。

 ユウトくんはクラスメートと話をしていて、それに気付かない。


 しばらくしてユウトくんがミユを見ると……。

 今度はミユが別の方向を見ていて、ユウトくんはため息をつきながら肩を落とす。


 ああーっ、もう!

 お互い気になっているのに、タイミングが合わないとか、もどかしすぎるっ!

 まるで、そこに見えない壁があるみたい。


「あの二人、このままでいいのかしら?」


 アイリも同じ気持ちのようで、二人のすれ違う様に小さく息を吐いている。


「なぁ……」


 片付けの手を止めたレンが、小さな声で話しかけてくる。


「木崎って、ユウトのことまだ好きなんだろ?」

「それは……そうだと思う」

「じゃあ、なんで仲直りしないんだ……?」

「ミユって、頑固なところあるから」

「そういう子なのよね」


 私とアイリの言葉に、レンは困ったように頬をかく。

 その顔は、納得していない気持ちがありありと浮かんでいる。

 でも、それは私だってそう!

 ミユも、素直になればいいのに……。




 それから数時間が流れ、片付けも無事に終わった。

 目の前に広がるのは、いつもの教室、いつもの学校。

 お祭りみたいに賑やかだった景色はもうどこにもなくて。

 少しだけ、寂しい気持ちが押し寄せてくる。


 ——そのとき、校内放送が響いた。


『あー、あー。えー、文化祭実行委員長の不知火しらぬいです。文化祭、お疲れ様でした』


 スピーカーから聞こえてくるのは、ショウ先輩の声。


『どのクラスの出し物も素晴らしいものだったと思います。それだけに、終わってしまって寂しい気持ちもあるんじゃないかな?』


 そこで言葉を切る。

 それはまるで、私たちに共感する余裕を与えてくれているかのよう。


『……でも、まだ後夜祭が残っている! 俺たちの文化祭は、まだ終わらないぞ!』


 その言葉に、教室内はにわかに盛り上がる。


 ポジティブな先輩ならではのセリフだな~。

 思わず、クスッと笑ってしまった。


「あの人、こういうスピーチさせたら上手いわね」


 アイリが息を吐く。

 でも、それは私も同意。


「後夜祭は校庭でやるんだよな? しゃーない、行くか」


 そう言ってレンは立ち上がる。

 仕方がない、なーんて言ってる割に、その顔はちょっと楽しそう。

 最近のレンは、こういった学校行事も積極的に楽しんでいるように見える。


「俺は、リコを忘れたことなんかないよ」


 不意に、タクヤに言った言葉が頭に浮かんだ。

 過去を背負って前に進もうとしているレン。

 でも、ときどき立ち止まったり、後ろを振り返ったりするのだろう。

 人の心は、そんなに簡単に割り切ることなんてできないから。 



 校庭には特設ステージができていた。

 そこで、ダンスやカラオケ大会などが行われる。

 それは、そこそこ大きな音になるわけで。

 近所の住人の許可を取るのは大変だったんだろうな……。


 改めて、実行委員って大変だなと思った。


 暗くなってからは、校舎にプロジェクションマッピングが投影された。

 これは去年まではなかった初の試み!

 校外学習、体育祭、文化祭と、今年の学校行事は新しいことを始める改革の年なのかもしれない。


 いつもの校舎が、色とりどりの姿に変わっていく。

 幻想的なその光景は、心が震えるくらい感動的だった。


「綺麗だな……」


 隣のレンがつぶやく。

 ひとりごとみたいな、それ。


「……そうだね」


 私は少しだけ笑うと、そう答えた。


 やがて、七色の校舎には様々な写真が映し出され始めた。

 学校生活、校外学習、体育祭……。

 どれも、私の胸の中に思い出として残っている。


 レンは、どんな気持ちで見ているんだろう。

 彼の思い出、つらい過去。

 もしここにリコさんがいたら、私たちは仲良くなれたのかな?

 お互い恋のライバルだけれど、笑い合ったりできたのかな……?



 幻想的な時間は過ぎて、プロジェクションマッピングはフィナーレを迎えた。

 それと同時に、夜空に花火が上がる。

 生徒たちから、歓声と感嘆の声が聞こえた。


 藍色の空を覆いつくすように広がる、色鮮やかな花火。

 それは、手を伸ばせば届きそうな気さえした。

 ドーン!

 と鳴る音は、息を呑むくらい大きくて。

 きらきらとした火の粉が頭上から降り注ぐ中、次の花火が打ち上げられていく。

 夜空に咲き乱れる色とりどりの花と、火薬の匂い。


「夏祭りのとき、花火見られなかったから得した気分だな」


 レンがそう言って笑う。


「あの祭り、来年は行けるかな……」


 少しだけ寂しそうなその笑顔に、私の胸が音を立て——。


「——行こうよ!」


 咄嗟とっさにそう叫んでいた。


「来年も、再来年も、これからずっと、一緒に花火を見に行こう!」


 驚いたように開く彼の瞳

 それが、やがて優しく細められた。


「そうだな、行きたいな」


 そう言って微笑むレンの顔は、夜空の花火に照らされて輝いて見えた。

 思わず胸が高鳴って。

 でも、それを悟られないよう手で押さえつける。


「ちょっとー。私たちは、のけ者なの?」


 隣で唇を尖らせるアイリに、レンは笑った。


「んなわけねーだろ。一緒に行こうぜ」

「……あ、あらたまって言われると、なんだか照れるわね」

「絶対、みんなで行こうねっ! 約束っ!」


 私たちは、そう言って笑い合った。

 きっと、この笑顔は花火みたいに輝いているだろう。


 ——そのとき。


「——ミユ、ちょっといい?」


 今まで黙っていたユウトくんが動いた。

 ミユの正面に立つと、真っ直ぐに見つめる。

 その口が、ゆっくりと開いた。


「伝えたいことが……あるんだ」

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