「……伝えたいことが、あるんだ」
ミユを見つめるユウトくんは、静かにそう切り出した。
「……うん」
伏し目がちに、うなずくミユ。
夜空の花火が、そんな二人を照らしている。
ユウトくんが口を開いた。
「恋免の試験の日、何があったのかなんだけど……」
「……うん、知ってる。人助けをしたんだよね」
「えっ!? な、なんでそれを!?」
驚く彼に、ミユは目を伏せたまま答える。
「みんなから聞いちゃった」
「あいつら……!」
ユウトくんが、キッとこちらを睨んできた。
だけど、私たち三人は明後日の方向を見て知らないふり。
「ったく……」
口から漏れる大きなため息。
そして、改めてミユに向き直る。
ユウトくんは、ポケットから1枚のカードを取り出した。
「ミユ、これ見て」
名前や写真、住所や生年月日、番号などが書かれたそれ。
私も一度は手にした、それは——。
「恋愛免許証……」
「俺、ちゃんと取れたよ。……遅くなっちゃったけどさ」
ユウトくんはそう言って笑う。
申し訳なさそうな苦笑い。
それが……。
不意に真剣な表情に変わった。
「……だから、俺と正式に付き合ってほしい」
ミユを見つめる瞳は真っ直ぐで。
誠実で優しいユウトくんの、真剣な気持ちが感じられた。
……だけど、ミユは逃れるように下を向く。
ややあって、その口が開いた。
「……ユッたんは、困ってる人がいたら、また手を差し伸べちゃうんでしょ?」
「それは……そうかもしれない。でも、ミユに迷惑かけないようにするから……」
「違うよ!」
その瞬間、ミユが叫んだ。
「ユッたんは、私の気持ち、ぜんぜんわかってない!!」
「え……で、でも……」
思わず言葉に詰まる様子のユウトくん。
ミユは顔を上げると、そんな彼を見つめ返す。
「……ねぇ、ユッたん。昼間、あのタクヤって人に怒ったでしょー? レンレンのことを、悪く言うなって」
レンが、人殺しとなじられた件だ。
あのときのユウトくんは、激しく怒ってタクヤの襟首をつかんだ。
「俺は大丈夫だから!」
と止めるレンに、
「俺が嫌なんだよ! 親友がそんなこと言われたら、ムカつくに決まってんだろ!」
そう言ってタクヤを睨んでいた。
「……あのときのユッたん、やっぱりすごいなーって思った」
「そ、そうなの?」
「うん……。私がユッたんを好きになったのって、クラスに馴染めないレンレンをなんとかしたいーって頑張ってたのを見て、素敵な人だなー……って思ったのがキッカケだし」
そう、まだレンが私たちを避けてた頃。
孤立しそうだったレンに手を差し伸べて、輪の中に引き込んだのは他でもないユウトくんだ。
「タクヤって人が私を睨んだとき、さり気なく間に入って視線を遮ったりもしてくれたよね」
「気付いてたんだ……」
「もちろんー! ユッたんはいつも、私のことをお姫様みたいに優しくしてくれるからー」
ユウトくんは照れたように頭をかく。
「誰かのために必死になれるユッたんは、本当に素敵だと思うの。……でも」
でも——。
その言葉に、ユウトくんの顔が固まった。
次の展開が予想できたからだろう。
ミユは胸に手を当てると、言葉を続ける。
「でも……私は、それじゃイヤなの」
突き刺さるような言葉。
夜空では花火の音が響いているというのに——。
周りでは生徒たちが騒いでいるというのに——。
そんな悲しい言葉、誰も望んでいないのに——。
なぜか、その声はハッキリと聞こえた。
「……そっか」
うつむくユウトくん。
しばしの沈黙ののち、上げた顔は微笑んでいて。
でも、その瞳には悲しみの色がはっきりと浮かんでいて。
無理やりに作ったものだということが、痛いほどわかった。
「ミユ……時間取らせちゃってごめん。今まで……ありがとう」
そう言って、ユウトくんはミユに背を向けた。
眉間にシワを寄せ、唇を噛み、両手は震えるくらい強く握り締めたその姿。
きっと、必死に
ミユには涙を見せないようにって。
「……なぁ」
そのとき、不意にレンが私とアイリを見た。
「木崎はユウトのこと、まだ好きなはずだろ!?」
「そうだと思うんだけど……」
「じゃあ、なんでこんなことになるんだよ」
「そ、そんなの、私たちにもわからないわよ!」
「こんなの、俺は納得できねぇ……」
つぶやくレン。
でも、それは私たちだって同じ気持ちだ。
背を向けたユウトくんが一歩を踏み出す。
離れていく二人。
ひとつの恋が、今、終わりを迎え——。
——その足が、不意に止まった。
ユウトくんの顔に驚きの感情が浮かぶ。
それもそうだろう。
だって、ミユが彼の手を掴んでいたのだから!
振り返るユウトくんに、ミユは唇を尖らせた。
「ユッたん、やっぱり私の気持ち、全然わかってなーい!」
そう言って、その手を強く引いた。
よろけたユウトくんは……。
ミユと抱き合う形となる。
接近する二人の顔と顔。
「み、ミユ!?」
「ユッたん一人で、全部背負わないでほしい! 私には何でも話してほしいの!」
「え……」
「ユッたんが困った誰かの右手を取るのなら、私は隣でその人の左手を取りたい! ユッたんが思うこと、感じることを一緒に共感したいから!」
「ミユ……」
「私は、お飾りのお姫様になるのはイヤなの!」
想いを叫ぶミユ。
たぶん、ずっと心に秘めていたのだろう。
二人で進む道、手を取り合って同じ歩幅で歩きたい。
そう願うミユの瞳には、涙が浮かんでいた。
見つめ合う二人。
最初、ユウトくんは驚いた表情を浮かべていたけれど……。
次第にその唇がプルプルと震えだして。
瞳から、ぶわっと大粒の涙が溢れ出した。
「わ……わがっだー! 俺、ミユの気持ぢが、やっどわがっだー!」
「ふふー。わかってもらえて良かったー」
「ごべんよー! 俺、ミユのごどが好きだ! 大好きだぁぁぁ!!!」
「私も、ユッたんのことが大好きー!」
そして、二人は強く強く抱き合った。
ユウトくんはずっと号泣していて。
ミユは少し困ったように、でも嬉しそうな笑顔を見せていた。
そんな二人を前に、私はホッと息を吐いた。
「二人とも、良かった」
「ああ……マジで良かった」
私の言葉に、レンも息を吐く。
「……ユウトがさ、タクヤに怒ってくれたじゃん?」
「うん」
「あれ、めちゃくちゃ驚いたんだけど……でも、それ以上に嬉しくてさ。あいつ、バカみたいに良いやつなんだよ。だから、二人が幸せそうな顔してるの、本当に嬉しい」
レンは、そう言って目を細めた。
その隣でアイリも微笑む。
「今年は伝説もあることだし……あの二人、きっと幸せになれるわね」
昇降口で、1年生が話していた後夜祭の伝説。
——告白してカップルになった二人は、永遠に幸せになれる。
気が付けば、周りには他の生徒たちもいて。
みんな、二人に拍手を送っている。
今年からできた伝説は、きっと語り継がれていくだろう。
そのとき、夜空に大きな花火が打ちあがった。
それを追いかけるようにして、複数の花火が連続して打ちあがっていく。
「スターマインだ!」
誰かが言った。
真っ暗な空を覆いつくす大輪の雫。
それは抱き合う二人を、そして見守る私たちの笑顔を色鮮やかに照らし出す。
後夜祭もフィナーレが近い。
「ほんと、おめでとう」
そんな二人に送った祝福の言葉は、鳴り響く花火の音にかき消されていった。