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第73話 幕間『アイデンティティ』(アイリ視点)

「俺と付き合ってください!」


 桜の花びらが舞う、4月の体育館裏。

 そこに響く告白の声と、深々と頭を下げる彼。

 風に舞う自慢の長い黒髪を押さえながら、私はこう答えた。


「ごめんなさい」


 自分でも驚くくらい、冷ややかな声が出た。




 私の名前は水本みずもと 愛理あいり

 16歳の高校2年生。

 突然だけれど、私には親友と呼べる人がいる。


「アイリー!」

「アイりーん」


 親しみを込めて呼んでくれる二人、日野原ひのはら 結衣ゆい木崎きざき 美優みゆ

 気立ての良い子たちで、一緒にいてとても楽しい。

 友達の少ない私にとって、宝物みたいな存在だ。


 そんなユイは、高1の春休み直前に告白をされた。

 相手は不知火しらぬい しょう先輩。

 学校内で人気がある人だけれど、それと同時に恋愛においてはあまり良い話を聞かない。

 一応、恋愛免許証は持っているらしいけれど……。


 ——恋愛免許証。

 恋をするのに必要なもの。

 正確には、誰かと付き合うために必要なもの。


 大好きなアニメ、魔法少女シリーズでも、たまに恋愛回があったりもする。

 アニメだからとあなどるなかれ。

 これが、なかなかに深いのだ。


 来月から始まる新作『魔法少女プリンセスラブ』。

 今回の主人公は、シリーズ初の男女二人。

 ピンク色の髪の女の子、アイ。

 青い髪色の男の子、ショウマ。


『ねぇ、私たちって相性ピッタリだと思わない?』

『アイとショウマ、略してアイショウだからね!』


 予告コマーシャルのこのセリフからして、二人は恋仲になるのだろう。

 その笑顔は、キラキラと輝いて見える。

 私も恋をしたら、この子たちみたいに輝けるのかしら?


 なーんて、冗談。

 はっきり言って、私は恋愛には興味がない。

 ユイも、先輩との付き合いは1日ももたずに終わったし……。

 恋なんて自分を見失うだけのもので、そんな良いものではないのだろう。


 一応、私も恋免は持っている。

 ときどきある、補助金が出るタイミングで取得したものだ。

 でも、こんなに冷めた私では、使うことなんて一生ないと思う。


「アイリ、どうしたの?」

「……え?」


 ふと顔を上げると、そこにはユイとミユ、そして金村かねむら 悠斗ゆうとくんがいた。

 金村くんは私の左前の席で、後ろの月島くんの圧が凄いと嘆いていた。

 クラスで孤立しそうな月島くんを、なんとかしたいと頑張っているところから、悪い人ではないのだろう。


「アイりん、ふか〜いため息、ついてたよー」

「え、やだ!」


 咄嗟とっさに口を隠す。

 変なところを見られてしまった。

 あれこれと考え過ぎてしまったかもしれない。


 私は席から立ち上がった。


「ちょっと、トイレに行ってくるわね」



 気分転換も兼ねて教室を出た私。

 開け放たれた窓から廊下に流れ込む風が心地よい。


 トイレを済ませ、手を洗って教室へと戻る。

 少しだけ、リフレッシュもできた気がする。


 なのに……。

 廊下を歩く私の前に立ち塞がる二人の女生徒。

 ネクタイの色から同級生とわかる。

 確か、4組の子たちだ。


 大きく着崩した制服、明るすぎる髪色と派手な化粧。

 いわゆるギャルという部類に含まれる人たち。

 いつもはもう一人、自分のことを〝あーし〟と呼ぶ子と一緒にいることが多いけれど……。

 今日は、その子はいないみたいね。


 私を、上から下まで舐めるようにジロジロと見てくるギャル。

 このパターンは……。

 ……ふぅ。

 だいたい想像がつくわ。


「水本さん、アンタ、ワタルくんのこと振ったんだって?」

「あんないい人振るなんて、いったい何様のつもりなん?」


 果たして、それは想像通りだった。

 私が告白を断ると、一定の確率でこういう子が現れるから。


「水本さんに、ワタルくんの何がわかるんだよ!」

「ほんと、信じらんねー! ワタルくんも、付き合わなくて正解ってやつ!」


 私を睨み、一方的に文句を言う彼女たち。

 それにしても……。

 今日の彼は〝ワタル〟という名前だったのね。

 それすら知らなかった自分に、思わずクスッとしてしまう。


「ちょっと! 何笑ってんだよ!」

「私たちをバカにしてんの!?」

「あ、ごめんなさい。そういうつもりじゃないの」

「じゃあ、どういうつもりなんだよ!」


 わめき立てる彼女たち。

 ほーんと、メンドクサイ。

 こういうこともあるから、恋なんてしたくないんだ。


 私は、冷ややかな目で彼女たちを見た。


「じゃあ、聞くけれど。私が、そのワタルくんと付き合ったら、あなたたちは満足したのかしら?」


 ギャルたちは一瞬、顔を見合わせ……。


「そ、そんなわけないだろ!」

「そ、そうだよ! 身の程知らずにも程があるわ!!」


 支離滅裂。

 結局のところ、私が気に入らないだけなのだろう。

 それなら、回りくどいことしないで、ストレートに言ってくればいいのに。


 思わず、ため息が漏れた。

 そんなことにお構いなく、彼女たちの口撃は続く。


「だいたいなんなん、その黒髪ロング!」

「サラサラなびかせて、色目使っちゃってさ! 男ウケ狙ってるのが、丸見えなんだよ!」


 ついには、私の髪にまで言及した。


「別にこれは、私が好きでやってるだけ。誰かの目なんて気にしてないわ」

「はい、うそー!」

「だったら、そこまで綺麗にする必要ないじゃんねー!」


 ……なんだか、微妙に褒められているような気もするのだけれど。


 私の髪型は、小学2年生のときからずっとこのスタイルだ。

 理由は、当時テレビでやっていた魔法少女シリーズの主人公、エルちゃんに憧れたから。

 それを、色目だとか男ウケだとか言われるのは、さすがに頭にくる!!


「あなたたちは、私が髪を切れば満足なの?」

「そうねぇ……。その幽霊みたいな髪は正直ウザいよねー」

「丸坊主にでもすれば、許してやってもいいけど?」


 なんで、あなたたちに許されないといけないの?

 髪型じゃない、私の全てが気に入らないんでしょ!


 睨む私に、彼女たちは更にいきり立つ。


「なんなんその目!」

「反省の色がないんじゃね!?」


 ——そのとき。


「そこ、どいてもらっていいかな? 通れねーんだけど」


 不意に背後から聞こえる声。

 振り返ると、それは同じクラスの月島つきしま れんくんだった。


「通りたいなら、私たちを避けて通ればいいじゃん!」


 ギャルの一人が言うけど、月島くんはベーッと舌を出した。


「やだね。俺はここを通りたいから」

「なっ!?」

「話、聞こえちゃったんだけどさ、逆恨みすぎじゃね? しかも、二人で一人を責め立ててさ」

「そ、それは……」

「べ、別にアンタに関係ないでしょ!」

「ふぅん……?」


 アゴに手を当てた月島くんは、ニヤリと笑った。


「じゃあ、俺は水本に加勢するけど、いいよな?」

「ふ、ふざけんな!」

いたって真面目だけど?」


 にらんてくる彼女たちを、飄々ひょうひょうと受け流す。

 ギャル二人を相手に一歩も引かない。


 しばらく続いた膠着こうちゃく状態は……。


「もう行こう!」

「こんなヤツら、相手にしてらんねー!」


 彼女たちの撤退で幕を閉じた。


 ふう……。

 思わずため息が漏れる。

 髪のことを言われて、つい熱くなってしまった。

 この髪はもう、私が私らしくあるためのものアイデンティティだったから。


「じゃーな」


 月島くんは、そう言って手を振り歩き出す。


「ちょ、ちょっと待って!」

「ん?」

「ありがとう、助かったわ」

「いや……気にしなくていいよ」


 そう答える彼に笑みはない。


「……なんで助けてくれたの?」

「別に……。ただ、隣の席のやつが困ってるのを見捨てたら、寝覚めが悪いじゃん?」


 クールに答える彼。

 ……でも。

 無愛想に見えて、本当は良い人なのかもしれない。

 それだけに、クラスのみんなから距離を置こうとしているのが不思議だった。


「それじゃ」


 そう言って彼は再び歩き出す、けれど。

 くるりと肩口に振り返って私を見た。


「髪だけどさ……。別に切らなくていいと思う。それ、水本に、すげー似合ってるから」


 え……?

 褒めて……くれたの!?


 意外なその言葉に、私は思わず目を見開いた。


 本当は優しいのに、素っ気ないそぶりで距離を置く。

 それはまるで、自分から孤立しようとしているみたいで……。


「……変な人」


 私は思わずつぶやいた。


 去っていく彼。

 立ち尽くす私。

 窓から入り込む風が、髪を優しく撫でていった。


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