それから、月島くんの行動を観察してみた。
基本的に誰とも関わろうとはしない。
休み時間はいつも一人で過ごすし、誰に話しかけられてもクールな反応。
いわゆる塩対応というやつね。
「月島、一緒にメシ食おうぜー」
昼休み、金村くんが話しかけるも、
「いや、いい」
と答えて席を立つ始末。
意識して人と関わるのを避けているようにも見える。
その姿は孤独を愛する一匹オオカミで。
じゃあ、私を助けてくれたのは何だったのだろう?
ただの気まぐれかしら?
……ほんと、良くわからない人。
そんなことを思いながら去っていく月島くんの背中を眺めていたら……。
ガタン!
と大きな音がした。
見れば、ユイが立ち上がっている。
その顔は……。
あ、これはちょっと怒っているわね。
今まさに教室から出ていこうとする月島くん。
それを素早く回り込んだユイが阻止をする。
「あのさ……何してんの?」
「ムカついてんのっ!」
教室内に響き渡るユイの声。
この子、なかなかに熱いところがあるから……。
「なになに、絡んでるの? 不良なの?」
「いや、昭和の熱血ドラマじゃね?」
「日野原さんって、あんな性格だったんだね」
ほら、クラスメートにひそひそ話されちゃって。
……でも!
私の親友を舐めないで!
私の視線に気付いた子たちは、
「うっ……」
と
これくらいで何も言えなくなるなら、最初から言わなければいいのに。
教室から出て行く月島くん。
その後を追いかけるユイ。
残念ながら、これ以上二人のやり取りはわからない。
私はため息をつくと、ミユと金村くんを振り返った。
「机を並べてユイを待ってようか」
「はーい!」
私の言葉に元気な返事を返してくれるミユ。
この子は本当に明るくて可愛い子。
愛くるしいというのかしら。
私にはないものだから、ときどき
ミユとは高校1年のときからの付き合い。
まず、ユイが仲良くなって。
それで私を紹介してくれた。
私は、初めて話す人には警戒心が強いタイプなのだけれど。
ミユの笑顔を見ていると、それが瞬時に取り除かれていくようで、胸の中が温かくなっていく。
陽だまりみたいな子だと思った。
机を並べ、お弁当を出してユイを待つ。
程なくして彼女は帰って来た。
嬉しそうにお弁当を出す姿に私は言う。
「ユイ、あなた凄いわね……」
「うんーっ! 青春ドラマを見てるみたいだったー!」
「日野原、熱血教師になれるんじゃね?」
ミユと金村くんもあとに続く。
「や、やめてっ! 言わないでっ!」
真っ赤な顔のユイ。
でも、そうやって突っ走るところも、魅力の1つだと思う。
石橋を叩いて渡らないタイプの私からすると、とても眩しく見える。
「いただきまーす!」
私たちは手を合わせ、お弁当の蓋を開けた。
今日のお弁当は、鶏そぼろ、卵そぼろ、ほうれん草の
私は、この鶏そぼろが大好きだった。
「あー、そうそう!」
卵焼きを頬張るユイが、不意に声を出す。
「レ……月島くんかが、金村くんに謝っといてって言ってたよ」
「え?」
「誘ってくれたのに、悪かったって」
「な……なんだよアイツ! そんなこと気にしなくていいのに〜」
そういう金村くんは嬉しそうな笑顔だ。
デレたわね。
私は、心の中で密かに
そのとき、月島くんが教室に戻って来た。
真っ直ぐに私たちのところに来ると、おずおずといった感じで口を開く。
「あのさ……。俺も、一緒に食べて……いいかな?」
少し恥ずかしそうに笑う月島くん。
手には購買のパンが握られている。
へぇ……。
一匹オオカミかと思っていたけれど、案外素直なところもあるのね。
「もちろんだぜ! ほら、ここ座れよ。遠慮すんな!」
そう言って金村くんが立ち上がる。
その嬉しそうな姿。
「なんだか……ご主人様に遊んでもらえる子犬みたいね」
思わず
でも、一番嬉しそうに見えたのは……なぜかユイに見えた。
それから3日が過ぎた。
その日のホームルームで、担任の梨川先生がこう告げた。
「みんなにクラス委員を決めてもらおうと思う」
にわかにざわめき立つ教室内。
先生は、黒板に次々と役割を書いていく。
「学級委員長に、副委員長、会計、書記が二人、あとは風紀委員にイベント委員に……」
ふぅん……クラス委員。
みんなのために働く大切なお仕事か。
まぁ、私はパスね。
そんなの柄じゃないし。
先生は立候補を
その後、電話が入ったとかで、先生は教室から出て行った。
「みんなで話し合って決めておくこと」
そう言い残して。
先生が去った教室は一気に賑やかになる。
「お前やれば?」
「やだよ、めんどくさい」
「ねぇ、水本さんはどう?」
誰かが私の名前をあげた。
めんどくさいと言っておいて他人の名前をあげるとか、本当にありえない。
本人たちには悪意はないのだろうけれど。
でも、それだけにタチが悪い。
「水本さん、いいね!」
「成績もいいし、リーダーの雰囲気あるもんね!」
あなたたちに私の何がわかるというのだろう。
おそらく、成績優秀で冷静沈着、的確な意見を言えるタイプなどと思っているのだろうけれど。
一人の子が、私に振り返る。
「ねぇ水本さん、学級委員長に……」
「私はやらないよ」
彼女の言葉を遮って私は言い放つ。
その子は「うっ」となり、クラス全体も瞬時に沈黙に包まれる。
ほら。
私が何か言うと、みんなそういう空気になるじゃない。
こんな私に、委員長なんて務まるわけがない。
でも——。
そんな雰囲気を一瞬で壊すのは、前の席のミユだった。
「なんでー? アイりん、適任だと思うけどなー?」
その可愛い声と、のんびりとした喋り方に張り詰めた空気が和んでいくのを感じた。
ミユは、純粋に私ならできると信じてくれているのだろう。
信頼してくれるのは本当に嬉しいけれど……。
私は首を横に振った。
「無理。私が、みんなをまとめ上げるようなタイプじゃないことを知ってるでしょ」
「えー」
ミユの唇が尖る。
そんな仕草も可愛い。
——そのとき。
「もう一人、適任がいるじゃん!」
不意に手を叩く音が響く。
「ねぇ! 日野原さん、委員長やってよ!」
その言葉を受けて、みんなの視線が一気にユイに集まった。
「あー、意外といいかも!」
「でしょー? 日野原さん、やってよ」
でも、当のユイは、うつむいちゃって。
「わ、私、無理だよ……」
と言っている。
少し前まで地味子だった彼女。
明るい子ではあるけれど、人前に立つタイプではないことを知っている。
「案外、向いてると思うけどな」
「いつも水本さんと一緒にいるし、リーダー研修してる感じじゃん?」
意味が分からない。
なんで私といるとリーダー研修になるのか。
「日野原さん、この前の昼休みに大声出してたよね」
「あー、月島への熱血指導な」
「あれってワザと目立って、この委員長決めで推薦してもらうためだったんじゃね?」
勝手なことを言わないで!
ユイはそんな打算で動く子じゃない!
それは、中学からの同級生である私が良くわかっている。
でも、ユイは言い返すことはできないだろう。
彼女は流されやすいタイプだから。
昔からそう。
それで貧乏くじを引くこともある。
ショウ先輩とのことだってそうだ。
それだけに、私はユイが心配だった。
見れば、ユイはうつむいたまま。
机の下に隠した手は、きっと爪が食い込むほど握り締められているはず。
クラスはもう、ユイが学級委員長ということで進んでいる。
それは本当に理不尽で。
あ……。
なんだか、腹が立ってきた!
私は拳を握り締めると、みんなを
「ちょっとみんな、いい加減にしなさいよ!」
そう言おうとした瞬間——。
誰かが椅子から立ち上がる音が響いた。
もしかしたら、「ちょっと」の「ちょ」くらいは出てしまったかもしれない。
見れば、それは月島くんだった。
彼は、教室内をぐるっと見回した。
「日野原に任せるってことは、あの熱血指導をお前らも受けるってことだからな!」
言い放つ月島くん。
私も含め、教室内は驚きに包まれる。
でも、一番驚いているのはユイだろう。
その瞳が、みるみる大きく見開いていく。
「い、いや……俺たちは、そういうのを求めてるわけじゃなくて……」
「もう、おせーよ! 日野原、このクラスを自分色に染めてやれ!」
その力強い言葉に、ユイの緊張が解けていくのが見て取れた。
「で、でも……私でいいのかな?」
「俺は、日野原がいいと思う。人のことを想って動けるヤツって、最高すぎるだろ!」
ふふっ。
それは確かに同意ね。
ユイは、人のためならとことん頑張っちゃう子だから。
「ユイぴょーん! 私、書記に立候補するー!」
「じゃあ、俺も書記やるわ。確か二人だったよな?」
ミユと金村くんが手を上げる。
二人とも、友達思いね。
まったくもう……。
私は息を吐くとスッと手を上げた。
「私は会計をやるわ。計算なら得意な方だし」
「アイリ……いいの?」
「本当は嫌なんだけどね」
ふぅと短い息が漏れた。
「——でも、あなたにだけ任せて自分は何もしないとか。私は、そっちの方が嫌だから」
「アイリぃ……」
涙目の彼女に、なんだか照れくさくなって。
「あー、もう! 私も流されやすいタイプだわ!」
そう言って、照れ隠しに笑った。
私は月島くんに振り返る。
「で、月島くんは何をやるの?」
そう聞かれるのは意外だったのかしら。
彼のさっきまでの強い態度はどこかに消えて。
「いや、俺は……」
とか言って頬をかいている。
「えー? 一緒にやろーよー」
「お前……この流れで自分だけ何もやらないとかは、ねーだろー」
ミユと金村くんの言葉。
「本気でそう思っているのだとしたら、ちょっといい根性過ぎるわね」
私もそれに続く。
その後、ユイのリクエストもあり……。
「わかった。俺、副委員長やるわ……」
月島くんは副委員長というポストに就くこととなった。
……月島くんは意外に熱い一面も持っている。
そして、友達思いでもある……っと。
私は、心の中に作ったノートにメモする。
ふふっ。
少しずつ、月島くんのこと分かってきた気がするわ。
ハイタッチを交わしているユイと月島くんを前に、私はこっそり微笑んだ。