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第75話 幕間『言葉にならない気持ち』(アイリ視点)

 クラス委員決めから1ヶ月が過ぎた。

 ゴールデンウィークも昨日で終わり、久々の通学。

 見慣れた風景のはずなのに、新緑がとても眩しく感じるのは不思議なものね。


 休み中はユイやミユと買い物に出かけた。

 当然だけどそこに月島くんの姿はなくて。

 なので、彼の調査は今日からまた再開となる。



 ゴールデンウィーク明けの教室、久しぶりに会うクラスメート。

 その休み時間は、とても賑やかだ。

 昼休みともなると、それはひとしおで。

 違うクラスの子たちもやって来て。


「休み中、何してたー?」

「旅行行ったよー!」

「俺は、買ったゲームをクリアした」


 なんて声が、そこかしこから聞こえてくる。


 そんな中……。


「はぁ~~~~~~」


 ユイが長い長いため息をつきながら、勢いよく机に突っ伏した。


「な、何よ、いきなり?」

「ユイぴょん、お腹痛いのー?」


 私とミユの問いに、彼女は顔を上げる。

 そこには、悩みの色がありありと浮かんでいた。


「あのね、月島くんのことなんだけど……」


 月島くんと言われて、思わずドキッとする。


 私が彼を調査していることは誰にも言っていない。

 別に、隠すことでもないのだけれど……。

 何故か言えずに今日まで来てしまった。


 ユイの言葉は続く。


「月島くんは私たちとお昼を食べるようになったし、クラスのみんなとも話すようになった。前に比べると、笑顔だって増えたと思う……」

「いいことじゃない」


 私の言葉にユイは少しだけ微笑むと、首を横に振った。


「でも、自分からは輪に入ってこないし……話していても、どこか一歩引いた感があるし……。それに、たまに見せる切なそうな目が気になって仕方ないしーっ!」


 確かに、私たちと昼食は取るようになったけれど、どこか上の空な気はしていた。

 そして、食べ終わったあとは、いつも一人でどこかに行ってしまう。

 今日もそうだ。

 今、教室内に月島くんの姿は見えない。


「わかる? ねぇ、わかる? この気持ち! あー、モヤるぅ~~、めっちゃモヤるぅぅぅ!!」


 ユイは、そう言って頭を抱える。

 その姿は、悩める喜劇の主人公みたいね。


 それにしても……。


「ユイ……あなた、良く見てるわね」

「ユイぴょん、こわーい」


 私とミユは息を吐いた。


「だ、だって! 私はレ……じゃなくて、月島くんに楽しい高校生活を送ってもらいたいからっ!」


 レ?

 レンくん?

 今、名前で呼びそうになったの?


 ……ううん、まさかね。


 私はアゴに手を当てると、必死な形相になっているユイを見た。


「ふぅん……楽しい高校生活ねぇ。でも、それってユイが背負うこと?」

「……え?」

「月島くんだって子供じゃないんだし、色々と都合があるんじゃないの?」

「そ、それは……まぁ、そうかもしれないけど……」

「もちろん、この前みたいに極端な場合は別よ? でも、そうじゃないなら、本人の意思を尊重してあげないと」


 私の言葉に、みるみる肩を落としていくユイ。

 その姿は、まさに〝しょぼーん〟といった感じ。

 ちょっと言い過ぎたかしら……。


 この口は、たまにキツイことを言ってしまう。

 正直すぎる性格。

 自分でも、あまり好きではない。


 落ち込むユイを前に後悔していると、隣のミユが明るく笑った。


「あははー。ユイぴょんってー、月島くんのお姉ちゃんみたーい!」


 その瞬間——。


「——それだっ!」


 カッ!

 と、ユイの瞳に光が戻った。


「アイリ、私にはレン坊を導く使命があるのっ!」

「れ、レン坊!?」


 予想外すぎる言葉。

 でも、彼女の表情は至って真面目で。


 驚きに開かれていた私の口から、「ふぅ」と短い息が漏れた。


「……もう! わかったわよ!」


 その言葉に、ユイの顔が明るく輝く。

 私は、そんな彼女をまじまじと見た。


「で、どうするの?」

「んえ?」


 キョトンとした表情。


「んえ? じゃないわよ。何か案があって話してきたんじゃないの?」

「あー、案ねっ! あー……あはは。も、もちろん!」

「もちろん……ないのね」


 真っ赤な顔のユイ。

 私の口から、再びため息が漏れた。


「なーに話してんの?」


 そこに現れるのは金村くんだ。

 楽しそうなその姿は、飼い主にじゃれつく子犬みたいで。

 きっと彼に尻尾があったのなら、全力で振っていることだろう。


「あなたはいつも楽しそうね、村くん」

「まぁな! ……って、誰が犬だ!」


 そんな私たちのやり取りにユイは噴き出し、ミユは頬を赤く染める。 


 なんだか、金村くんに対するミユの反応がいつもと違うような……。

 気のせいかしら?


「ところでさ、これ知ってる?」


 考えごとをしようとした私の前に、金村くんが1枚の紙を置いた。

 それは、クレープ屋のオープンのお知らせだった。


「駅前の公園の入り口に、キッチンカーが来るようになったんだって。あとで、みんなで行ってみね?」


 その瞬間——。


「それだーっ!」


 不意にユイが立ち上がった。

 その顔は満面の笑み。


「ねぇっ! 今日の放課後、みんなでお茶しない?」




 ユイの提案に押し切られ、放課後、私たちは駅前通りのファーストフード店に来た。

 私たちというのは、私、ユイ、ミユ、金村くん、そして月島くんの5人。


 月島くんに声をかけたのはユイだった。


「帰りにみんなでお茶するから、月島くんも一緒に行こ?」

「ん」


 その誘いに、意外なほどあっさり承諾した。

 実は協調性はあるのかしら?

 誘ってみたら、案外、二人でお出かけとかできるのかしら?


 まぁ……。

 そんなデートみたいな可愛いこと、私にできるはずもないのだけれど。


 店内に入った私たちは、それぞれ好きなものを注文する。

 私はアイスティーを頼んだ。


「ハンバーガーやポテトのセットじゃなくて大丈夫ですか?」

「はい、ドリンクのみで。あ、ガムシロップとレモンはなくて大丈夫です」


 店員さんの問いにそう答える。

 アイスティーはいつもストレート。

 これが私の小さなこだわりだった。


「えーとー、オレンジジュース、くださーい」


 隣のカウンターでは、ミユもドリンクのみを頼んでいる。

 家に帰ったら夕食が待っているというのに、さすがにセットで頼む人はいないわよね。

 なんだか時間のかかっているユイを後目に、アイスティーを持って私は席へと向かった。


「水本、ここ空いてるぞ」


 そう言って、自分の隣の席を指し示すのは月島くん。

 わざわざ声をかけてくれるところ、実は優しい人よね。


「ありがとう」


 お礼を言いながら、私は隣に腰を下ろした。


 ちらりと彼の横顔を見る。

 切れ長の瞳は、意外とまつげが長くて。

 少し長めで軽く癖のある黒髪は、オシャレにセットされている……。

 心の中の調査ノートに、そう書き記す。


 なぜか不意に、ドキドキと脈打ち出す胸。

 月島くんを観察するようになった日から、こういうことが多くなった。

 悪い病気じゃなければ良いのだけれど……。


 不安になる私を、月島くんが振り返る。


「どうした?」


 そう言って微笑む彼。

 その瞬間、私の胸はひときわ強く脈打った。


 な、なに、これ……。

 優しい笑顔と、この雰囲気。

 胸の中が温かくて。

 でも、どこか切ない感じ。

 上手くは言えないけれど……。

 私は、以前どこかで経験した気がする。


 そんな甘酸っぱい気持ちは……。


 でーん!

 と、置かれたユイのチーズバーガーセットを前に、はる彼方かなたに吹き飛んでいった……。

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