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第76話 幕間『ココロドキドキ』(アイリ視点)

 ファーストフードの店内に響く、私たちの笑い声。

 月島くんは控えめな感はあるけれど、それでも楽しそうに見えて。

 学校ではあまり見せない笑顔の前に、私も嬉しさを覚えた。


 月島くんって、そんな顔もするのね。


 ふふっ。

 と、私は一人ほくそ笑む。



「ねーえ、月島くーん」


 そのとき、ミユが月島くんを見つめた。


「あのねー、お願いがあるんだけどー」

「お願い?」


 月島くんは首を傾げる。


 ミユのお願い。

 彼女が何を言おうとしているのか、私はすぐわかった。

 おそらく、ユイも勘付いたはずよ。


「えっとねー、レンレンって呼んでもいーい?」

「え、レンレン!?」

「うんー。月島 蓮くんだからー、レンレン!」


 ——そう。

 彼女は友達の証として、ニックネームで呼びたがる。

 私はアイりん、ユイならユイぴょん、金村くんのことはユッたん。

 呼ばれて嫌じゃないし、語感もいい。

 こういうセンス、私にはないから素直に凄いと思う。


「レンレン……か。今までそんな風に呼ぶ人なんていなかったな」


 驚く月島くんだったけれど……。

 その顔は、やがて微笑みに変わった。


「いいよ、それくらい」

「やったー! これからもよろしくね、レンレン」

「こちらこそ、よろしく」


 そう言って笑い合う。

 二人の仲が一気に深まったみたい。

 ほんと、ミユは凄いわ。

 少しうらやましいくらい……。


 そのとき、ユイがチーズバーガーをトレイの上に置いた。

 真っ直ぐに月島くんを見つめる。


「私は、月島くんのこと……小学校のときと同じように……レンって名前で呼びたい」


 絞り出すようなその声。


 なんだか、私だけが友達の枠から取り残されてしまったような気がして。

 焦りからか心臓の鼓動が早くなっていく。

 私も何か言わなくちゃ。

 彼の呼び方について——。


「——ユイ、あなた……月島くんと、小学校からの知り合いだったの?」


 でも、出てきた言葉は言いたかったものとは違っていて。

 だけど、今の私にはこれが精一杯だ。


「私ー、初耳ー!」

「俺も知らなかったわー」

「実は、クラスメートだったみたい。エヘヘ」


 ミユと金村くんの言葉に、ユイは照れくさそうに頭を掻いた。


「でもー、なーんで今まで言ってくれなかったのー?」

「や……それは、確証が持てなかったから……」


 首を傾げるミユに、ユイはうつむきながら答える。


「なにそれ、どういうこと?」

「俺、中学のときは転校してこっちにいなかったんだよね。で、久しぶりの再会になったんだけど、雰囲気が変わりすぎてお互いに分からなかったんだ」


 しどろもどろのユイにかわって、月島くんが口を開く。

 ストローを指で摘まみながら優しく笑う姿。

 ……なぜか目が離せない。


 だけど、私は平静を装って。


「……なるほどね。ユイは昔は地味子だったしね。気が付かなくても無理ないか」


 そう言葉を返した。


 月島くんを前にすると、なぜか自分が自分じゃなくなる気がする。

 原因がわからないこの状態。

 脈拍は、さっきからずっと早いし……。

 やっぱり、私はどこか悪いのかしら?


「ねー、レンレンもイメチェンしたのー?」

「んー。まぁ、そんなとこかな」


 苦笑する月島くん。

 その顔が不意に真顔に変わった。


「……俺は、変わらなくちゃいけなかったんだ」

「ん? 何か言ったか?」

「いや……なんでもねーよ」


 金村くんの問に彼は再び笑う。

 だけど、そのつぶやきを私は聞いてしまった。

 聞こえてしまった。

 思わず漏れてしまったような悲しい声は、私の心に深く刻まれた。


 普段はクールなのに、ときどき優しい彼。

 でも、その瞳の奥には深い悲しみが見えていて……。

 それが気になって仕方ない。


 彼を想うと、息苦しいほどに脈打つ鼓動。


 ……そうか、わかった。


 月島くんは似てるんだ。

 私の初恋の人に……。


 私の初恋、それは小学4年のとき。

 相手はテレビの中の人。

 魔法少女シリーズ5作品目のヒーロー、レイくん。


 魔法の国から1人この世界にやって来た彼は、クールだけど優しくて。

 孤独に戦い続ける姿に、私の胸は大きくときめいた。

 将来は、レイくんみたいな人と結婚したいとまで思った。


 所詮しょせんはアニメのキャラって思うかもしれないけれど、あのときの私は本気だった。

 グッズで溢れかえっていた自室。

 でも、その気持ちは大人になるにつれて封印されて。

 密かに心の奥底に仕舞い込まれ、今日まで忘れていた。


 それを、久しぶりに思い出させてくれた月島くん。

 懐かしい気持ちにさせてくれて、ありがとう。


「それでー、ユイぴょんの提案だけどー」


 ——っと、そうだったわ。

 思い出にひたってる場合じゃない。


 ミユの言葉に、私は人知れず頭を振った。

 ……だけど。

 月島くんを名前で呼びたいと言った当の本人も、なぜかほうけていて。


「ちょっとユイ、聞いてる?」

「んはっ!? ご、ごめんごめん!」


 私の声に、ユイはビクッと体を震わせた。


「ったくもう……」


 私は短くため息をつくと、続いて月島くんに目を向ける。


「で、肝心の月島くんはどう思ってるの?」

「あー……えーと、なんだ……」


 みんなの視線が集中する。

 それから逃れるように、月島くんは明後日の方向を向いた。

 だけど、チラリとユイを見て……。


「まぁ……いいんじゃねーの?」


 そう答えた。

 ユイの顔に笑顔が浮かぶ。


「ユイぴょん、良かったねー!」

「うん、ありがとう!」


 嬉しそうに手を取り合うユイとミユ。

 そんな二人を前に、私の顔にも笑みが浮かぶ。

 友情に厚い彼女にとって、幼馴染を昔と同じように呼べるのはとても嬉しいことだろう。

 良かったわね、ユイ。


「なぁなぁ、せっかくだから俺たちも呼び方を考えね?」

「わぁー! ユッたんいいこと言うー! さーすがー♪」


 無邪気に手を叩くミユに、鼻高々の金村くん。

 この二人、なんだかとっても仲が良いわね。


「じゃ、言い出しっぺの俺から言わせてもらうわ」


 立ち上がった金村くんは、コホンと咳払いをした。


「えーと……。今、みんなのことを名字で呼んでるけど……俺も、名前で呼びたいです!」

「はーい! 私ー、賛成でーす!」

「……まぁ、それくらいならいいんじゃない」


 笑顔のミユに私も賛同する。


「ありがとう! 逆に俺のこと金村って呼んでる人は、ユウトって呼んでくれていいよ」

「わかった」


 その言葉にユイと月島くんがうなずく。

 だけど私は、それには首を横に振った。


「……ごめん、私は男子を下の名前で呼ぶのって、慣れてないから」


 そう言って、私は頭を下げる。


 みんなの期待を裏切ってしまったかもしれない。

 ノリが悪いと思われたかもしれない。


 でも、それには理由があって。

 いつか好きな人ができたときに、下の名前で呼びたいという想いがあったから。

 だから……それまでは名前で呼ぶのはレイくんだけでいい。


「なんだよー、真面目かよー! そんなの謝る事じゃないって!」


 暗くなりそうな雰囲気を察したのか、金村くんが明るい声を出す。


「なぁ?」


 そう言って、月島くんに同意を求めた。

 だけど……。


「悪ぃ、俺も。名前は……呼びづらいっていうか」


 え……?

 月島くんも、そうなんだ……。


 偶然なのだろうけれど。

 でも、想いが伝わった気がして、嬉しさが心の中に広がっていく。

 彼の横顔を前に、この胸は高鳴りを隠せない。


「ふーん……お前ら、なんか似てんな」


 金村くんは、私と月島くんの顔を交互に見ながら腰を下ろした。

 その顔が不意にイタズラに笑う。


「お前ら、付き合っちゃえば?」

「はあ!?」


 店内に私と月島くん、そしてなぜかユイの声も響き渡った。


 私が……。

 月島くんと……。

 付き合う……!?!?!?


 チラリと彼を見る。

 その瞬間、顔が燃えるように熱くなる。

 胸は、際限なく高鳴りを続けて……。

 こ、これって、もしかして……。


 ——私、月島くんに恋してる!?


 初めてレイくんを見たときのような……。

 ……いいえ、それ以上のドキドキに私は戸惑いを隠せなかった。

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