ファーストフードの店内に響く、私たちの笑い声。
月島くんは控えめな感はあるけれど、それでも楽しそうに見えて。
学校ではあまり見せない笑顔の前に、私も嬉しさを覚えた。
月島くんって、そんな顔もするのね。
ふふっ。
と、私は一人ほくそ笑む。
「ねーえ、月島くーん」
そのとき、ミユが月島くんを見つめた。
「あのねー、お願いがあるんだけどー」
「お願い?」
月島くんは首を傾げる。
ミユのお願い。
彼女が何を言おうとしているのか、私はすぐわかった。
おそらく、ユイも勘付いたはずよ。
「えっとねー、レンレンって呼んでもいーい?」
「え、レンレン!?」
「うんー。月島 蓮くんだからー、レンレン!」
——そう。
彼女は友達の証として、ニックネームで呼びたがる。
私はアイりん、ユイならユイぴょん、金村くんのことはユッたん。
呼ばれて嫌じゃないし、語感もいい。
こういうセンス、私にはないから素直に凄いと思う。
「レンレン……か。今までそんな風に呼ぶ人なんていなかったな」
驚く月島くんだったけれど……。
その顔は、やがて微笑みに変わった。
「いいよ、それくらい」
「やったー! これからもよろしくね、レンレン」
「こちらこそ、よろしく」
そう言って笑い合う。
二人の仲が一気に深まったみたい。
ほんと、ミユは凄いわ。
少し
そのとき、ユイがチーズバーガーをトレイの上に置いた。
真っ直ぐに月島くんを見つめる。
「私は、月島くんのこと……小学校のときと同じように……レンって名前で呼びたい」
絞り出すようなその声。
なんだか、私だけが友達の枠から取り残されてしまったような気がして。
焦りからか心臓の鼓動が早くなっていく。
私も何か言わなくちゃ。
彼の呼び方について——。
「——ユイ、あなた……月島くんと、小学校からの知り合いだったの?」
でも、出てきた言葉は言いたかったものとは違っていて。
だけど、今の私にはこれが精一杯だ。
「私ー、初耳ー!」
「俺も知らなかったわー」
「実は、クラスメートだったみたい。エヘヘ」
ミユと金村くんの言葉に、ユイは照れくさそうに頭を掻いた。
「でもー、なーんで今まで言ってくれなかったのー?」
「や……それは、確証が持てなかったから……」
首を傾げるミユに、ユイはうつむきながら答える。
「なにそれ、どういうこと?」
「俺、中学のときは転校してこっちにいなかったんだよね。で、久しぶりの再会になったんだけど、雰囲気が変わりすぎてお互いに分からなかったんだ」
しどろもどろのユイにかわって、月島くんが口を開く。
ストローを指で摘まみながら優しく笑う姿。
……なぜか目が離せない。
だけど、私は平静を装って。
「……なるほどね。ユイは昔は地味子だったしね。気が付かなくても無理ないか」
そう言葉を返した。
月島くんを前にすると、なぜか自分が自分じゃなくなる気がする。
原因がわからないこの状態。
脈拍は、さっきからずっと早いし……。
やっぱり、私はどこか悪いのかしら?
「ねー、レンレンもイメチェンしたのー?」
「んー。まぁ、そんなとこかな」
苦笑する月島くん。
その顔が不意に真顔に変わった。
「……俺は、変わらなくちゃいけなかったんだ」
「ん? 何か言ったか?」
「いや……なんでもねーよ」
金村くんの問に彼は再び笑う。
だけど、その
聞こえてしまった。
思わず漏れてしまったような悲しい声は、私の心に深く刻まれた。
普段はクールなのに、ときどき優しい彼。
でも、その瞳の奥には深い悲しみが見えていて……。
それが気になって仕方ない。
彼を想うと、息苦しいほどに脈打つ鼓動。
……そうか、わかった。
月島くんは似てるんだ。
私の初恋の人に……。
私の初恋、それは小学4年のとき。
相手はテレビの中の人。
魔法少女シリーズ5作品目のヒーロー、レイくん。
魔法の国から1人この世界にやって来た彼は、クールだけど優しくて。
孤独に戦い続ける姿に、私の胸は大きくときめいた。
将来は、レイくんみたいな人と結婚したいとまで思った。
グッズで溢れかえっていた自室。
でも、その気持ちは大人になるにつれて封印されて。
密かに心の奥底に仕舞い込まれ、今日まで忘れていた。
それを、久しぶりに思い出させてくれた月島くん。
懐かしい気持ちにさせてくれて、ありがとう。
「それでー、ユイぴょんの提案だけどー」
——っと、そうだったわ。
思い出に
ミユの言葉に、私は人知れず頭を振った。
……だけど。
月島くんを名前で呼びたいと言った当の本人も、なぜか
「ちょっとユイ、聞いてる?」
「んはっ!? ご、ごめんごめん!」
私の声に、ユイはビクッと体を震わせた。
「ったくもう……」
私は短くため息をつくと、続いて月島くんに目を向ける。
「で、肝心の月島くんはどう思ってるの?」
「あー……えーと、なんだ……」
みんなの視線が集中する。
それから逃れるように、月島くんは明後日の方向を向いた。
だけど、チラリとユイを見て……。
「まぁ……いいんじゃねーの?」
そう答えた。
ユイの顔に笑顔が浮かぶ。
「ユイぴょん、良かったねー!」
「うん、ありがとう!」
嬉しそうに手を取り合うユイとミユ。
そんな二人を前に、私の顔にも笑みが浮かぶ。
友情に厚い彼女にとって、幼馴染を昔と同じように呼べるのはとても嬉しいことだろう。
良かったわね、ユイ。
「なぁなぁ、せっかくだから俺たちも呼び方を考えね?」
「わぁー! ユッたんいいこと言うー! さーすがー♪」
無邪気に手を叩くミユに、鼻高々の金村くん。
この二人、なんだかとっても仲が良いわね。
「じゃ、言い出しっぺの俺から言わせてもらうわ」
立ち上がった金村くんは、コホンと咳払いをした。
「えーと……。今、みんなのことを名字で呼んでるけど……俺も、名前で呼びたいです!」
「はーい! 私ー、賛成でーす!」
「……まぁ、それくらいならいいんじゃない」
笑顔のミユに私も賛同する。
「ありがとう! 逆に俺のこと金村って呼んでる人は、ユウトって呼んでくれていいよ」
「わかった」
その言葉にユイと月島くんがうなずく。
だけど私は、それには首を横に振った。
「……ごめん、私は男子を下の名前で呼ぶのって、慣れてないから」
そう言って、私は頭を下げる。
みんなの期待を裏切ってしまったかもしれない。
ノリが悪いと思われたかもしれない。
でも、それには理由があって。
いつか好きな人ができたときに、下の名前で呼びたいという想いがあったから。
だから……それまでは名前で呼ぶのはレイくんだけでいい。
「なんだよー、真面目かよー! そんなの謝る事じゃないって!」
暗くなりそうな雰囲気を察したのか、金村くんが明るい声を出す。
「なぁ?」
そう言って、月島くんに同意を求めた。
だけど……。
「悪ぃ、俺も。名前は……呼びづらいっていうか」
え……?
月島くんも、そうなんだ……。
偶然なのだろうけれど。
でも、想いが伝わった気がして、嬉しさが心の中に広がっていく。
彼の横顔を前に、この胸は高鳴りを隠せない。
「ふーん……お前ら、なんか似てんな」
金村くんは、私と月島くんの顔を交互に見ながら腰を下ろした。
その顔が不意にイタズラに笑う。
「お前ら、付き合っちゃえば?」
「はあ!?」
店内に私と月島くん、そしてなぜかユイの声も響き渡った。
私が……。
月島くんと……。
付き合う……!?!?!?
チラリと彼を見る。
その瞬間、顔が燃えるように熱くなる。
胸は、際限なく高鳴りを続けて……。
こ、これって、もしかして……。
——私、月島くんに恋してる!?
初めてレイくんを見たときのような……。
……いいえ、それ以上のドキドキに私は戸惑いを隠せなかった。