「色々なことがあったわね……」
夜の自室に響く声。
机の上に開かれた日記帳を眺めながら、私は微笑んだ。
心の中に記していた月島くん調査ノートは、恋に気付いた日をきっかけに実際の日記帳に
日記の内容は、日常の出来事をはじめ、校外学習や体育祭、つい2週間前に行われた文化祭など。
でも、そのほとんどが月島くんとのことで。
見返すと、恥ずかしくて思わず笑ってしまう。
今の暦は11月。
5月から書き始めた日記帳は、ちょうど半年を迎えた。
毎日記すうちに、今ではすっかり日課となっている。
書かれた文字を指でそっとなぞってみると……。
そのときの思い出が蘇り、胸の中が温かくなっていく。
ユイ、ミユ、金村くん、そして月島くん。
みんながいなかったら、私の日々はただ平坦に流れるだけだっただろう。
私の指は、ふと学校でお弁当を食べたときのページで止まった。
あのときは、月島くんに〝あーん〟してもらったユイが
「……そんなキャラじゃないのにね」
思わず苦笑が漏れる。
でも、結局は恥ずかしくなって、冗談と言って誤魔化してしまったのだけれど……。
食欲がないと話したときは、月島くんにすごく心配された。
病院に行けって、何度も言われた。
あのときは、そんなに私のこと気にかけてくれるんだと嬉しく思ったものだけれど……。
今ならわかる。
きっと、リコさんの姿を私に重ねていたのよね。
リコさん……。
病気で亡くなってしまった、月島くんの中学の同級生。
月島くんを好きになって——。
告白して——。
そして散って——。
でも、勇気を振り絞った彼女は、きっと誇らしい気持ちだっただろう。
恋も趣味も隠して、クールという仮面をかぶり続ける私とは違う。
とても純粋で
あのときは月島くんもリコさんも必死で。
誰が悪いなんてことは、何一つなかった。
なのに……。
それを、同級生のタクヤは一方的に月島くんのせいにして。
私が頑張って浴衣を着てきた夏祭り。
だけど、月島くんはタクヤのせいで途中で帰ってしまった。
月島くんを悪く言う彼は許せない。
今度なにか言ってきたら、私が月島くんを守るから!
「……なーんて。月島くんには、逆にこの体のことを心配されちゃうかな?」
少し疲れてしまった。
私は日記を閉じると、部屋の隅にあるベッドに目を向けた。
あまり飾り気のないシングルベッド。
本当は魔法少女グッズを置いてみたいのだけれど……。
そうすると、ユイたちを部屋に呼ぶことができなくなってしまうから。
ユイもミユも、きっと気にしないと思うけれど……。
でも、やっぱり恥ずかしい。
シンプルな部屋のシンプルなベッド。
寝心地はとても良い。
私は椅子から立ち上がると、ベッドに横になった。
ここ最近、本当に疲れやすくなったと思う。
原因はわからない。
「まぁ……この胸のドキドキは、誰かのせいだと思うけれど」
私は枕を手に取ると、ギューッと強く抱き締めて——。
そして、ハッとする。
自分が、こんな女の子みたいな行動をしているなんて!
驚きと恥ずかしさを覚えて、ぼふっと枕を顔の上に置いた。
彼を想うと熱くなるこの顔を隠したかったから。
体調は相変わらず良くはない。
食欲不振は続いているし、ときどき胸の痛みや圧迫感なんかもあった。
その度に近所のクリニックにかかってみたけれど……。
結果はいつも同じ、原因不明。
おそらく、環境の変化等による心因的なものでしょうとのこと。
一時的なもので、思春期には多いみたい。
ちゃんと調べるならそれなりの医療機関に行かないとダメみたいで、大学病院への紹介状を書いてもらった。
今週の金曜日に診てもらう予定だ。
何もないとは思うけれど、それで月島くんが安心してくれるなら価値はあるだろう。
私は大丈夫、心配しないで。
と、彼に笑顔を見せることができるのなら……。
「そうだ、明日の準備をしなくちゃ」
私はベッドから起き上がる。
明日は、どんな一日になるだろう。
机に向かって踏み出した一歩。
だけど、その瞬間——。
——ドクン!
心臓の鼓動がひと際大きくなったかと思うと、胸に痛みが走った。
それは、明らかにいつもとは違う。
まるで、心臓を握り潰されるようなその痛みと苦しみ。
全身から冷たい汗が吹き出して、頬を伝って流れ落ち、カーペットの上に黒い染みを作っていく。
脈はどんどん速くなり、それと共に焼けるような痛みまで襲って来た。
私は立っていることができず、胸を押さえて膝から崩れ落ちる。
なに!?
なにが起きているの!?
息が上手く吸えない!
まるで、陸で溺れているみたい!
床に額を付けた私は体を丸くする。
少しでも、楽になる体勢を見つけたかった。
「お姉ちゃん……凄い音がしたけど……?」
そのとき、部屋の扉が開いて弟のイツキが顔を出した。
小学4年生の弟はもう寝ていたのだろう。
寝ぼけ
「イ……ツキ……」
私は顔を上げると無理やりに笑顔を作った。
ごめんね、起こしちゃったね。
そう言いたかったのに、私の口からはヒューヒューという音が漏れるだけ。
イツキの瞳が、驚きに見開かれる。
「お、お姉ちゃん!! どうしたの!? 大丈夫!?」
駆け寄ってきたイツキが、私の手を掴んだ。
驚かせてしまった。
その瞳から、大粒の涙が溢れ出している。
小さい頃は泣き虫だったけれど、いつしか人前では泣かなくなった弟。
こんなに泣いている顔は、いつぶりだろう?
「お父さん、お母さん!!! 早く来て!!! お姉ちゃんが、お姉ちゃんが——!!!!」
泣き叫ぶ弟の頬をそっと撫でる。
大丈夫、私は大丈夫だから……。
——月島くん。
どうか私を心配しないで……。
私にリコさんを重ねないで……。
お願い……。
そう願いながら、私は意識を手放した。