朝露がキラキラと輝く11月。
澄んだ空に紅葉の葉が良く
あんなに暑かった夏の陽気は、すっかり影を潜め。
秋の深まりと共に、寒い冬の訪れを予感させる。
そんな朝の昇降口に、私、日野原 結衣は立っていた。
……ううん、立ち尽くしていた。
「……何してるんですか?」
その言葉は、目の前に立ち塞がる彼に向けられている。
私はもう一度、口を開いた。
「通ってもいいですか? ショウ先輩」
真っ直ぐな瞳で私を見つめるショウ先輩。
その顔は、いつになく真剣だ。
「ユイちゃん……俺、女の子たちと全員別れたよ」
「……そうですか」
複数の人とのお付き合いという、恋愛法違反を犯していた先輩。
過去の恋愛のトラウマがそうさせていたわけで、そこに同情の余地はあるけれど……。
でも、私の心はもう完全にレンに向いているから。
何を言われても、心が
だけど、そんなこと気にする様子もない。
サラサラの髪をかきあげた先輩は、ふふっと軽く微笑んだ。
「今度の日曜日、駅前の広場に11時」
「ふぇ?」
突然の言葉に、思わず間抜けな声が漏れた。
予想外の出来事に直面すると、アホの子みたいな声が出るのはなんとかしたいところ。
先輩は私の耳に顔を近付け、そっと
「俺と、デートしてほしい」
「や、私は……!」
反射的に距離を取り、「その気はないと」口にしようとする。
だけど、その言葉は途中までしか出すことができなかった。
なぜなら……。
私の口は、先輩の人差し指で押さえられていたから。
「ダーメ。答えは、そのときまで取っておいて」
先輩はウインクをすると、手を振りながら去っていく。
その言葉、その行動……。
あまりにキザ過ぎて、されたこっちが恥ずかしい。
「ああいうの、サラっとできちゃうところが先輩の凄いところ……」
熱くなる顔。
私は唇に手を当てた。
まだ、かすかに残る先輩の指の感触と温もり。
触れられた部分が、ひときわ熱を持っているような気がした。
……そのとき——。
「ねー、今、見た?」
「見た見た! 朝からすごいわねー」
——耳に聞こえてくるヒソヒソ声。
ふと気付けば、たくさんの人の視線がこちらに向けられていた。
顔が
だー、もうっ!
先輩は、こんな目立つところで声をかけてくるのはやめてほしいっ!
一応、イケメンの部類に入る先輩は、学校内でとても人気がある。
こんなに目立ったら、誰かに嫉妬される可能性だってあるんだから!
実際、校外学習のときはそれで嫌がらせを受けた。
それに……。
「こんなところ、レンに見られたら……」
「俺がどうしたって?」
「わっ!?」
不意にかけられる声。
驚き振り返ると、それはまさにレンだった。
「おはよ」
「お、おはよ……」
レンは私の横をすり抜けると、下駄箱から上履きを取り出す。
私も小走りで入り口をくぐると、隣に並んで上履きに履き替えた。
チラリと横目で彼の様子をうかがう。
だけど、クールなその顔からは何も読み取れない。
私はゴクリとツバを呑むと、恐る恐る口を開いた。
「ね、ねぇ、レン!」
「ん?」
「もしかして……見てた?」
「なにを?」
「や……な、なんでもないけど」
どうやら見られてなかったみたい。
ホッと胸を撫で下ろす。
あんなところ、レンに見られるわけにはいかない。
私にその気はないとしても、勘違いされる可能性はあるわけで。
それだけは絶対に嫌だった。
レンが短く息を吐く。
「まぁ……日野原の気持ちは、わかってるからな」
「えっ……!?」
ドキッ!
不意にそう言われ、心臓が大きく脈打った。
わ、私の気持ちって!?
レンのことが好きって……バレてる!?
こちらに向き直るレン。
私の想いを知った上で、何を言うのだろう?
何を言ってくれるのだろう?
高鳴る胸。
熱くなる顔は、さっきの先輩のとき以上っ!
彼の口が静かに開く。
「もう、先輩に気持ちはないんだろ?」
「それは、もちろん!」
「そっか」
即答する私に、レンは微笑みうなずいた。
その嬉しそうな顔に胸がキュンとする。
……悔しいけれど。
やっぱり、私はこの笑顔に弱い。
赤くなっているだろう自分を見られるのが恥ずかしくて、
……そして、あることに気が付いた。
「……ってゆーか、その言葉! やっぱり、さっきの見てたんじゃんっ!」
「なんのことだよ?」
ジトっとした視線を送る私に、イタズラな表情を浮かべるレン。
「ウソつくなーっ!」
「あはははは!」
カバンを振り上げると、彼は笑いながら逃げていく。
「あ、待て、このーっ!」
その背中を追いかける私。
振り上げたカバンからは、猫のキーホルダーが澄んだ音色を響かせていた。
「おはよー」
「おはよー」
教室に入った私たちは、クラスメートと挨拶を交わしながら自分の席へと向かう。
ミユとユウトくんはすでにいて、二人で楽しそうに話している。
ふふっ、朝から仲の良いこと……。
だけど、ミユの後ろの席にはまだ誰もいなくて、私は首を傾げる。
いつもなら、そこには誰よりも早く登校している
「ねー、ミユ。アイリは?」
「んー、まだ来てないみたーい」
まだ来てないって珍しいな……。
私はスマホを取り出すと、メッセージを作成する。
『アイリ、どうしたの? 学校、まだ来ないの?』
「送信……っと」
トーク画面に現れる文字。
いつもならすぐに既読になるのだけれど……今朝はならなくて。
忙しいのかな?
と、首を捻りながら自分の席に座った。
「水本、まだ来てないのか?」
レンの言葉にうなずく。
「今、メッセージ送ってみた」
「そっか……」
少し前から食欲がなかったアイリ。
それに真っ先に気が付いたのはレンだった。
最近はよく息切れをしているみたいだし、顔色もあまり良いとはいえない。
本人は無自覚かもしれないけれど、たまに胸を押さえる仕草も見せていた。
何もなければいいんだけれど……。
程なくして、校舎内にチャイムの音が響き渡る。
メッセージは……。
まだ、既読にならない。
教室の前の扉が開いてガク先生が入って来る。
私は、慌ててスマホをしまった。
「きりーつ、礼、着席ー!」
日直の声に従って、挨拶をする。
先生も頭を下げ、その後、教室内をぐるっと見回した。
「出席を取る前に、みんなに伝えておくことがある」
普段なら「なになにー?」と騒ぎ立てる子もいるのだけれど……。
その真剣な顔つき。
とてもじゃないけれど、そんな雰囲気ではない。
……嫌な予感がした。
先生は息を吸うと、ゆっくりと口を開いた。
「水本
頭の中が真っ白になった。