アイリが入院したことを聞いてから、私はずっと心ここにあらずな状態だった。
ううん、私だけじゃない。
ミユも、ユウトくんも、そしてレンも、アイリのことが気になっているようだった。
その日の放課後。
クラスメートが帰ったり部活に行くのを眺めながら、私たちは席に座っていた。
「アイリちゃん、大丈夫かな……?」
ユウトくんが
だけど、それに答える人はいない。
誰にも状況がわからないから。
アイリに送ったメッセージは、いまだに既読にならない。
スマホが手元にないのか、読んでいる暇がないのか……。
それとも、読める状態ではないのか。
ただただ不安だけが大きくなっていく——。
「くうっ!」
——ガタッ!
プレッシャーに耐えられなくなった私は、椅子から立ち上がった。
静かになった教室で、大きな音が響きわたる。
「私、先生に状況を聞いてくる!」
先生だって、詳しいことはわからないと思う。
でも、何か行動せずにはいられなかったから。
私は職員室の前に立っていた。
隣にはミユがいる。
みんなで押しかけても迷惑がかかるので、私たちが代表で聞きにいくことにしたのだ。
私たちは無言でうなずき合うと、コンコンとノックをして扉を開く。
「失礼しまーす」
たくさんの先生がいる中で、ガク先生の姿はすぐに見つけられた。
「先生、あの……」
「うん。ここじゃなんだから、相談室の方に行こうか」
そう言って、職員室の隣の小部屋に案内される。
まるで、私たちが来ることを分かっていたみたい。
通されたのは、明るい雰囲気の相談室。
部屋の真ん中に椅子とテーブルがある。
先生は奥の椅子に座り、私たちは手前の椅子を
腰を下ろすと、先生は静かに口を開く。
「水本の件……だよね?」
私たちは、うなずく。
「すまないけれど、先生も詳しいことはわからないんだ。ただ……」
「ただ?」
「うん、
思わず言葉を失った。
——心臓。
血液を全身に循環させる重要な臓器。
それが病気になるというのは非常に危険な状態で。
そんなことは、医学の知識がない私にだってわかることだった。
「失礼します……」
相談室で話を聞いたあと、私とミユは教室に向かう。
お互い言葉はない。
何を話せば良いかわからなかった。
教室に戻ると、レンとユウトくんが駆け寄ってきた。
「ガク先生、なんて言ってた?」
ユウトくんの言葉に、ミユの瞳に涙が浮かぶ。
「ユッたん、アイりんが、アイりんがー!」
胸の中に飛び込んでくる彼女を、ユウトくんは慌てたように抱きとめた。
ミユは、その腕の中で泣きじゃくる。
「日野原、水本は……?」
レンの問に、私はうつむく。
「……アイリ、心臓が悪いんだって」
「心臓?」
「うん……運ばれたとき意識がなくて、今もまだ戻らないみたい」
「そうなのか」
「だから、入院は長引くかもしれないって。面会ができるようになったら、学校のことも含めてアイリのサポートをお願いしたいって言われた」
こうして話してると、私も涙が溢れそうになる。
だけど、奥歯をグッと噛んでそれを
私が涙を見せるのは、アイリに失礼な気がしたから。
しばらくの間、教室にいた私たちだったけれど。
「そろそろ帰るか」
レンの言葉で、私たちはカバンを手に取った。
昇降口へと向かう途中、ミユはずっと泣いていて。
寄り添うユウトくんも、とても辛そうで。
そんな中、レンだけは普通に見えた。
表情一つ変わらないその顔は、何を考えているのかわからない。
下駄箱から革靴を取り出したところで、レンが口を開いた。
「俺、教室に忘れ物したわ」
そして、私たちにくるりと背を向ける。
「わりぃ、先帰ってて」
そう言って、レンは廊下を戻っていく。
「待ってるよ!」
言葉を投げかけるけれど……。
あっという間に小さくなる背中に、届いたかどうかはわからない。
ユウトくんが小さくため息をついた。
「アイツ……リコさんのこともあったし、もっと動揺するかと思ったけど……。意外とサバサバしてんな」
中学時代、レンに告白したリコさん。
だけど、彼女はその数日後に病気でこの世を去っている。
「やっぱり、一度経験してると免疫がつくのかな……」
ユウトくんが呟いた瞬間、ミユがガバッと顔を上げた。
「アイりんは……アイリんは、まだ死んでないもん~!!!」
彼を睨むその瞳から、大粒の涙が滝のように流れ出す。
「ユッたんのバカぁ〜〜!」
「ご、ごめん、ミユ! そういうつもりで言ったんじゃなくて!!」
「うわ————ん!!!!」
慌てて弁解するも時すでに遅し。
ミユは号泣してしまった。
ユウトくんは
でも、ミユの涙は止まらなくて。
昇降口にいた生徒たちの視線が集まってくるのを肌で感じた。
「ユイちゃん、ごめん! 俺たち、先に帰るから!」
そう言って、ミユを連れて逃げるように去っていく。
私は思わず息を吐いた。
二人が校舎から出ていくのを見届けたあと、私はふと気が付いた。
ユウトくんたちがいなくなった今……。
生徒たちの視線は……私に向けられている!?
「あ……どーも、どーも。お、お騒がせしました」
私は愛想笑いを浮かべ、ぺこぺこと頭を下げると、慌ててレンの後を追いかけた。
朝の先輩との一件もあるし、これ以上ここで目立つのは避けたかった。
廊下を歩きながらスマホを取り出す。
アイリに送ったメッセージは……まだ既読にならない。
「アイリ、大丈夫だよね……?」
呟く私の瞳に、2年2組の教室が見えてきた。
中を覗くと、レンは窓際に立っていた。
忘れ物と言っていたのに、窓の外をじっと眺めている。
「ちょっと、レン! 私、ずっと待ってるんだけど!」
そう言おうと口を開いた瞬間——。
——ドンッ!
不意に大きな音が響き渡る。
拳を振り上げたレンが、壁を力いっぱい叩いたのだ。
「……くそっ! リコの次は水本かよ!」
再び壁を叩く。
「運命ってやつは、また俺から仲間を奪っていこうとする! やっぱり俺は、誰かと一緒にいちゃいけないのか!」
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
響き続ける音。
壁を叩くその音には、レンの深い悲しみと苦しみ、そして
……そうだよ。
リコさんを失って誰よりも苦しんだのはレンなんだ。
慣れたとか、免疫があるとか、そんなことあるわけがない!
壁を叩き続けるレンを前に、スマホを握る手に力がこもった。
そのとき——。
——~~♪
スマホからメッセージの受信を告げるメロディが流れた。
私は、スマホの通知音の設定を人によって変えている。
レンならこの曲、ミユならこの曲、ユウトくんならこの曲といった形で。
大好きなバンド、
「アイリ!!!」
私は慌ててスマホのメッセージを開いた。