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第92話『久しぶり』

 12月も3分の1が過ぎようとしていたある日。

 アイリから、1通のメッセージが届いた。

 いつものように自室のベッドに横になりながら画面を開いて……。

 そして、私は飛び起きた。


「アイリ、退院できるんだ!!」


 久しぶりに学校でアイリに会える!

 また笑ったり、じゃれ合ったりできるかな?

 前みたいに、帰りにファーストフード店へ寄ったりできるかな?

 そして……。

 私がレンを好きということを伝えても、今と同じ関係でいられるかな……。


 ベッドから下りると、部屋の片隅にある姿見の前に立った。

 そこに映っている自分は、とても不安そうな顔をしている。


「くーっ!」


 レンとの関係を進めるには、アイリから逃げちゃいけないんだ!


 私は激しく頭を振ると、指で口角を押し上げた。

 鏡に映った顔は、ぎこちないけれど、なんとか笑うことができた。




 * * *




 翌朝、私は日直のため、普段より早く登校した。

 教室の扉に手をかける。

 いつもなら、この時間帯はまだ誰もいない。

 だけど……。


 そっと開いた扉の向こう、私の二つ隣の席。

 昨日までは、そこに誰も座っていなかった。

 だけど、今日は……!


「おはよう、ユイ」


 そこにはアイリがいた。


「久しぶりの学校だから、嬉しくて早く来すぎちゃったわ」


 そう言って笑う親友は、本当に嬉しそうだ。


 病院に何度もお見舞いには行ってたけれど。

 でも、こうして教室で話すのが懐かしくて。

 笑顔の彼女がまぶしく感じて。

 何より、アイリとこうしてまた一緒にいられることが嬉しくて。

 不意に、瞳に熱いものが込み上げてきた。


 レンが好きって伝えなきゃいけなくて、泣いてる場合じゃないのかもしれないけれど。

 でも、今だけはこの状況を素直に喜びたかった。


 そんな私に、アイリが苦笑いを浮かべてため息をつく。


「もう。なんで泣いてるのよ」

「だって、だって……」

「もう、バカね」


 アイリは席から立ち上がると、私を抱き締めた。


「ユイが泣いてたら、私まで泣けてきちゃうじゃない」


 その体の感触に。

 その体の温もりに。

 今、確かにここにいることを感じて。

 私たちはしばらくの間、抱き合って泣いていた。


「おっはよー!」

「おはよー!」


 そこに聞こえてくる足音と元気な声。

 開いた扉から入ってくるのはミユとユウトくんだ。

 私たちは慌てて離れると、さりげなく涙を拭いた。


「あー、アイリんー!」

「アイリちゃん、久しぶり!」


 駆け寄ってくる二人。

 ミユがアイリの手を取ってぶんぶんと振る。

 こういうとき、無邪気に喜べる姿がちょっと羨ましい。


 なんて思っていると……。

 ユウトくんが、ジッと私の顔を見つめてきた。


「な……なに?」

「いや、ユイちゃん。今、アイリちゃんと抱き合ってたよね?」

「えっ!? や、それは……」


 変なところを見られてしまった!

 泣き虫な私は、知られたくなかったのに!


「あー、大丈夫!」


 ユウトくんは、ずいっと私の前に手の平を突き出した。


「心配しないで! 俺、ガールズラブ系にも寛大な方だから」


 そ、そっち!?

 くぅ……。

 驚きのあまり言葉が出てこない。


 そんな私の気も知らず、ユウトくんはニコッと微笑んだ。


「二人、付き合っちゃえば?」

「なっ!?」

「はっ!?」


 私とアイリの驚きの声がかぶる。

 ミユがユウトくんの袖を引っ張った。


「あのねー、ユッたん。こーゆーときは、そういう冗談言わない方がいいよー?」

「え!? いや、冗談じゃなくて……」


 ユウトくんはハッとして私とアイリの顔を交互に見る。


「ご、ごめん! 俺、勘違いした!? べ、別に、悪気があったワケじゃないんだ!」

「悪気がない方が問題だと思うわ……」


 謝罪するユウトくんに、アイリはため息をつく。

 いつもの空気感が戻って来たようで、私はお腹を抱えて笑ってしまった。



 そのあとは、続々と登校してくるクラスメートたちにアイリは取り囲まれていた。


「水本さん!」

「学校来られるようになったんだー!」

「良かったねー!」


 みんな、久しぶりのアイリが嬉しそう。

 我関われかんせずを地で行くアイリは、クラスのみんなとの間に距離があった。

 でも、体育祭の紅薔薇姫と白い騎士のメイクの一件から、一気に頼れる存在に変わった。


 あれ以降、アイリもクラスのみんなとよく話すようになって。

 だから今もこうして、あっという間に人だかりができる。

 みんなと笑い合っているアイリを見ると、本当に嬉しく思う。


「悪い、ちょっと通して」


 その人混みを掻き分け、隣の席に座る人。

 ホントに空気の読めない彼、それは……。


「……よ」

「つ、月島くん!」


 そう、それはレンだ。


「また、学校来られて良かったな」

「う、うん。ありがと……」


 レンの言葉に頬を染めるアイリは、本当に嬉しそうだった。




 放課後、私たちは駅前通りのファーストフード店にいた。

 私たちというのは、私、レン、ミユ、ユウトくん、そしてアイリの5人だ。


「なんだか、ここも懐かしいわ」


 アイリはそう言って微笑む。

 目に映るものすべてが新鮮で、それでいてどこか懐かしいといった表情。


「でも、体は大丈夫なの?」

「退院したばかりなんだしー、無理はしちゃダメだよー?」


 私とミユの声。

 レンもユウトくんも口には出していないけれど、やっぱり心配そう。

 だけど、アイリは軽く笑った。


「あはは、大丈夫だって。ミサキ先生もね、普通の生活をしていいって言ってたから。もちろん、体育とかはまだ見学になっちゃうけれど」


 アイリの病気は冠攣縮性狭心症かんれんしゅくせいきょうしんしょう

 冠動脈が痙攣することで一時的に血管が狭くなり、心臓への血流が悪くなる病気だ。

 症状は締め付けられるような、または焼けるような胸の痛みと圧迫感。

 きちんと治療を受けなければ、突然死を引き起こす可能性があると聞いた。


 それでもこうして笑っていられるのは、アイリが強いからなのかな……。


「ガク先生がね、これ以上休む場合は出席日数のこともあるから、オンライン授業をしようかって言ってくれていたのよ」

「へー! オンライン授業!!」


 ユウトくんが驚きの声を上げる。

 あ、レンも目を輝かせている。

 そういうハイテクが好きなとこ、なんか〝男の子〟ーって感じ。


「でもー、ちゃーんと退院出来てー、ほーんと良かったよねー!」

「そうね……」


 アイリはぐるっと店内を見回した。


「世間はこんなにクリスマスしているのに、一人、病院で過ごすのはやっぱり寂しかったから」


 店内はクリスマスツリーや飾り付けがされ、更には定番の歌も流れて12月を盛り上げている。

 それは街も一緒で、あらゆる場所がクリスマス一色に染まっていた。


 もし、まだ退院できていなかったら……。

 私なら世間から取り残されたような気がして、勝手に疎外感そがいかんを覚えていたかもしれない。

 たぶん、病気を恨んで、世間を妬んで一人でいじけていたと思う。


 なら……!


 私は、パンッ! と手を叩いた。


「ねぇっ! アイリの退院祝いも兼ねて、今度の日曜日にクリスマスパーティやらない?」

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