「他の子のは絶対吸っちゃだめなんだからね?」
彼のベッドに横たわりながら、クギを刺す私。
その私を、愛しそうに見つめる彼。
「分かってる」
彼はギシ、とベッドを軋ませて私の傍らに体を寄せると、
私の首筋にプツリ、とやさしく牙を突き立てた。
「んッ」
痛い……。
彼は、痛みに耐えている私の手を握り、そして指を絡めたの。
だけど思いのほか痛みは続かなかった。
牙は皮膚を少しだけ突き破ると、その役目を終えたように去っていった。
「ごめんね、痛かったよね……ミラ」
耳元で囁くと、彼は遠慮がちに、ふたたび私の首筋に唇をつける。
そしてチュッと小さく音を立て、少しづつ血を啜りだしたの。
一生懸命横目で彼の顔をのぞき込むと、本当にうれしそうに血を吸っていた。
「初めての私の血、たくさん味わってね。今までずっと我慢してきたんだから」
「ん……」
先輩は私の首筋から口を離さずに、短く返事をした。
◇◇◇
私のふしぎな恋人、ユノスとの最初の出会いは、一か月前の錬金合成の授業の時だったわ。
教授に助手として紹介されて、教室に入ってきた彼の第一印象は、綺麗だけど、どこか険のある人。鋭いというかなんというか……。
でもすぐにヘラヘラ笑って、そんな印象はどこかに消えちゃった。あれって何だったのかな。
いまも教授の横でヘラヘラしている青年こそ、先月から王立ローデア錬金術学院高等部で実験助手をしている師範科の実習生、ユノス・シンクレア、二十四歳。
ちょっとネジが二三本吹っ飛んだ変わり者。
長身痩躯を白衣で包み、腰まである
なにが残念かと言えば、 海藻頭で異邦人で八つも年下(見た目年齢で言えばもっとかな)の私を、人目も憚らずに溺愛するからよ。
もーさいあく……。
そうそう、自分のこと言うの忘れてたわ。
私の名前は、ミラ・ヤマザキ、十六歳。ローデア王国生まれのヤシマ人。
この春、王立ローデア錬金術学院高等部の一年B組に入学したばかり。
私の両親は東方の小国「
この国では、みんなして私の黒髪を『海藻頭』ってバカにするの。だから、いつか髪の色を変えるために、この錬金術学院に入学したのよ。綺麗な金髪になるために。
で、学校の友達といえば、『ゴシップ大好き少女』のクリス只一人。おうちは大きな商社をやっていて、いわゆる富豪ってやつかしら。ご両親も貴族じゃないから遊びに行っても気さくなカンジね。
彼女には、新しいゴシップのネタを仕入れると、誰かに話したくて仕方なくなっちゃう悪いクセがあるの。そのせいで、私はしょっちゅう授業中に頭を叩かれるハメに。そう、こんな風に――。
「またお前達か!」
という中年男性の野太い声を号令に、『バンバンッ!』と分厚い本で何かを連打する音と、続いて女の子の『キャァッ』という悲鳴の
一拍おいて、どっと沸くクラスメート達。笑い声にまざって、『また海藻頭が叩かれてる』って悪口が聞こえてくる。
そう。
教授に頭を叩かれたのは、私と、親友のクリス。
クリスが授業中、いっつも私に話しかけるから、今日も教授に叩かれちゃったんだよね。何度目かしら? これって完全にとばっちりよ!
おまけに、ユノスも、教授の横で必死に笑いをこらえている。ひどいわ!
当のクリスは、怒られたことも気にせず、呑気に金色のふわふわした巻き毛を指先で弄んでいるわ。
クリスが嫌われ者の私と付き合ってるのは、彼女のゴシップに付き合えるのが私くらいのものだから。つまり、ほっといたら両方ともぼっち確定!
そして意外なことに、彼女ってばろくに授業を聞いてないクセに成績がいいのよ。 勉強も出来て金髪だなんて、世の中なんだか不公平だわ。あーあ、クリスの髪、綺麗でいいなぁ~。
こほん。
話を戻すわね。
忘れもしない、彼が一番さいしょに私たちの授業に登場した日のことよ。
錬金合成の実習中、彼は各班のテーブルを回って、生徒たちにアドバイスをしたり、実際にやってみせたりしてた。
そして私たちの班にやってきたとき、急に彼がおかしくなっちゃったの。まるでお化けでも見たときみたく、その場で固まっちゃって……。
彼が私の顔を見るなり、へんなことを呟きはじめたの。
「き、君は……、いやまさか」
「あの、どうかされましたか? 助手さん」
彼は真っ青な顔をして、
「ヤ、ヤヤヤシマ・ドールがしゃべった……」
「は? 両親はヤシマ人ですが……、れっきとした人間です!」
ふつう怒るよね? こんなこと言われたら。
しかも初対面の人にだよ?
「も、ももも申し訳ない! どうか忘れてください。はわわわ……」
そう言って彼は、私に何度も頭を下げてくれた。
ヘンな人だなあと思いつつ、まあいっかって。授業中だし。
だけどその日以降、彼はストーカーになってしまったの!
隠れ方が上手なのか、他の人に話しても誰も信じてくれなくて……。
正直、怖かった。
一週間くらい彼につけ回されて、本気で困って怖くなってきた頃――。
「ミラさん、ぼ、僕とお付き合いして下さいませんか!」
「ええええええええええ~~~!!」
なんと彼が、学食でランチ中の私に告白してきたの!
片膝ついて花束とか差し出してるし!
恥ずかしいしこわいし!
みんな見てるし!
ももも、もう最悪!
こんなの絶対断ろうって思ってたのに、
「僕のこの身が朽ちるとも、必ず君を護ります」
って、真剣な顔で言われちゃった。
普段あんなにフニャフニャした顔してるのに、こんな時だけズルい!
「え、あ、ううう……」
「ミラ、付き合っちゃえばいいじゃん。最近物騒だし」
とかクリスが無責任なこと言ってくる。
「でもお……」
「ミラさん! お願いします! クリスさんも言うとおり、最近この街も物騒です。でも僕なら君を護れる。だから、どうか君の一番近くで護らせて欲しいんです! お願いします!」
彼はさらに頭まで下げて、大声出すし。
本気で困っちゃった。
「ミラは徒歩通学だし、護衛してもらったらご両親も安心でしょ?」
ってクリスも、何故か彼をオススメしてくる。
「どうしよう……」
でも、確かにこの街で、凶悪な犯罪が多発してるのは事実なの。
それも、女性ばかりが狙われて……。
彼に護衛してもらうのって、悪くないかも……?
「う~~~ん……。じゃあ、とりあえずはボディガードってことで……」
「ありがとう!! 今日からよろしく、ミラ!!」
「は、はあ……よろしくお願いします」
彼は嬉しさが爆発しちゃったのか、私を抱いてぐるぐる回り始めちゃった。
ああもう、恥ずかしくて死にそうだった……。
途中でクリスが止めてくれなかったら、目が回って倒れちゃうとこだったわ。
彼のこんな羞恥プレイのおかげで、私たちは一瞬で全校生徒の噂になってしまった。私も私で、自分の安全と天秤にかけた結果、気付いたら
彼、私みたいな小さい子と付き合ってるからって、ロリコンって陰口叩かれてるのよ。当人は気にしてないようだけど、こっちが気になるわよ。
こないだの夕方に彼と歩いていて、おまわりさんに職質されそうになった時には、さすがに慌てたわ。なんと彼が人さらいだと思われちゃったのよ。
だけど、彼が身分証みたいのを見せたら、おまわりさんは急にペコペコしてすぐにいなくなった。も~、あやうく事件になるところだったわ。
やっぱり不釣り合い、なのかな。
私だって、すこし前までは、こんな年上の人に告白されるなんて思ってなかったもん……。
あとになって気づいたんだけど、告白された時、なんで彼が凶悪犯と勝てるって信じちゃったんだろう?
彼はどちらかというとスリムで、強そうには見えないのよね。
なんだか騙されたような気もしたけど、彼がいれば犯人から逃げる時間が稼げるかも? ってちょっと思った。
かわいそうだけど、女しか相手にしない犯人だから、彼ならきっと大丈夫よね。
だって自分から、私を護るって言いだしたんだから。