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第3話 家族とか夫婦とか親子とか

 お父さんの帰宅後、私たちと先輩の四人で夕食が始まって――


「本当に美味しいですね! 素晴らしいです! この国でこんなに美味しいヤシマ料理が食べられるなんて、僕もう死んでもいいです!」


 先輩はお母さんの料理を大絶賛。

 たしかに美味しいんだけど、そこまでかなあ?

 言われたお母さんはもうホクホク顔で、料理をどんどん勧めてる。


「あ~、先輩が死んだら私を誰が護るの~?」

「あ、そうだった!」


 貴方は何か忘れていませんか? ってホントに忘れてた。

 そんなに美味しかったのかなあ、お母さんの料理。


 と思ったら、お父さんが急に改まって先輩に話しかけたの。

 イヤな予感しかしないぃ……。


「ところでユノス君」

「はい、お父様!」


 料理の美味しさでフニャフニャだった先輩の顔が一瞬でキリっとなった。


「君は一人暮らしだから、明日からウチで朝食と夕食を食べなさい。外食ばかりでは体にも悪い。いいよな、ママ」


 はー!? 一体なにを言い出すの? うちのお父さん!


「ちょ、え? まってまって、お父さん、急にそんなこと」


 そしたらお母さんもノリノリで、

「ええ、もちろんよ。お弁当も二人分用意するわね! 明日はサーモン入りのライスボールよ!」


「ちょっとお母さんまで! なんでそうなるの! ちょっと~よく考えてよ~」


 ちょっと、なに私の頭ごしに餌付けしてるの??

 もう~、うちの両親必死すぎ! これじゃ婿養子直行コースだよ!


 ユノス先輩は目をキラッキラさせて喜んでる。


「本当ですか! ありがとうございます! 助かります! ああ~、ミラとお揃いのお弁当なんて、すばらしすぎます!」


 ああヤバイ、これ絶対にヤバイやつだわ!

 全員で外堀を埋めて、既成事実作ろうとしてるやつよ!

 だってこの人、元ストーカーなのよ!?

 みんなどうかしてるわよ!


「先輩まで、も~~~! ……あれ?」


 先輩、どうしたのかな。

 肩震わせて、両手で顔を覆ってる。


「か、家庭の味というだけでも幸せなのに、毎日ヤシマ料理が食べられるだなんて、僕、僕もう死んでもいいくらい嬉しいです……ぐすっ、うううっ」


 うわあ……。

 先輩、マジ泣きしてる。というか号泣。




 けっきょく、私をゲットして浮かれた彼氏=ユノス・シンクレア先輩は、告白当日からウチに押し掛けてきて両親の公認までゲット。


 それだけじゃないわ。

 お父さんの発案で、先輩が毎日うちでご飯を食べることになっちゃった。

 私を迎えにきたときに朝食。そして私を送ってきたときに夕食。


 お母さんもノリノリで、私のぶんだけじゃなく、彼のお弁当まで用意するって言うもんだから、平日は三食うちで食事を取ることになるわね。

 でもまあ……ボディーガード代と思えば安いのかも?



     ◇



 いろいろと私の頭越しに決まってしまってから数日後の朝。  


 着替えが終わるか終わらないかって時間に彼はやってくる。

 ちょっと早すぎなんだけど……。


「おはようミラ! 迎えに来たよ!」


 玄関先から先輩の元気な声が、二階の私の部屋まで響いてくる。

 私はまだ髪もとかし終わってないのに、困った人。

 っていうか、ご近所迷惑だから大声出さないで~~。


「おはようユノス君。入って~」

「はい、失礼します」


 まだ私の支度が終わってないから、お母さんが対応してる。


 あ~、すっかり婚約者待遇なの、困っちゃうな。

 だってまだ彼のこと『好き』じゃないのに……。



 私が支度を終えて階下に降りると、先輩はもう食卓に着いてグリーンティを飲んでくつろいでいた。


 もう! すっかり自宅にいる雰囲気じゃない!

 なんなのこの人!


 しかも朝日を受けてプラチナブロンドの長髪がきらきらと光ってたり透けてたり。

 あ~~~~~~~っ、くやしいいいいい!

 こんな、こんな綺麗なながーい髪なんかしてえ! 男のくせにいい!

 ちょっとは分けて欲しいわ!

 クリスもユノス先輩も、なんでそんなに髪の毛に恵まれてるのよおお!


 くやしがってる私に気づいた先輩が、私の気持ちも知らず満面の笑みで私に声をかけてくる。


「やあミラ、おはよう。今日も愛らしいね!」

「おはよう、先輩。今日もムダに元気ですね」


 あ~~、朝っぱらから両親の前で恥ずかしいこと言うのやめて~~。

 おまけに恨めしいほどの美形にそんなこと言われると、

 本気でいたたまれないわ……。


 だけどうちの親バカな父親は、

「そうだろう、うちのミラは可愛いに決まってる! 成長すればお母さんのような美人になるだろう!」なんで自慢げに言うし、


 親バカな母親も、

「あらやだ美人だなんて。でもミラが可愛いのは当然よね!」と全力で肯定する。


 そんな両親を見て先輩は、うんうんと頷いている。

 こんなのいつまで続くんだろ。

 朝から疲れるったらないわ……。


 そして朝食後、先輩と一緒に登校するんだけど、出かけるときに家の前で両親が全力で送り出すのがつらい。


「では、行って参ります! お父様、お母様!」

「いってきまーす」


「ユノス君! 娘を頼んだぞ!」

「御意!」

「お弁当の感想あとで聞かせてね~」

「承知しました、お母様!」


 往来でずっと手を振る両親とユノス先輩。

 わたし、出兵する息子じゃあないのよ?

 ご近所さんにもジロジロ見られるし、これって罰ゲームなのかな?



「本当は馬車で送迎したいところだけど、さすがに僕のお財布では毎日は厳しいからね、申し訳ない」

 しばらく歩いたところで、先輩が残念そうに言う。


「馬車とか期待してないから! 落ち込まなくていいから!」

「だから君の安全は、僕が命をかけて護るよ。安心してね」

「最初からそういう話だったでしょう。いつから馬車の話になったのよ……」


 先輩は、ちらと行き交う馬車に目をやると、

「ほら、君と同じくらいの子が乗ってるでしょう。安全を考えたら、馬車での送迎が一番なのは間違いないから」


「いやいや、歩いていける距離なんだから馬車なんて要らないでしょ?」


「朝ならいいだろう。でも夕方は……日が落ちたら犯罪者が沸いてくるかもしれない。君の盾は僕一枚、複数で来られたら万一ってこともある。その時は僕を見捨てて逃げるんだ。いいね?」


 普段のヘラヘラ顔じゃなく、初めて会った時の厳しい顔で、先輩は言った。

 本当に、本当に心から心配してる、っていうのが分かる。


「うん。逃げる。でも、できるだけ一緒に逃げてね、先輩」

「ああ、出来るだけね」


 そう言った彼の顔は、なぜか暗かった。



     ◇



 私は学院に着くちょっと手前で、いつもクリスと合流してるの。


 それは先輩と一緒に登校するようになってからも変わらずに続いてる。だから、学院に着くときは三人で門をくぐってるの。


 クリスの家の方から続いてる通りと、学院に向かう通りが交差するこの場所は、交通の要所でもあって、いつも多くの馬車が行き交っているわ。


 私たちは、この交差点にある新聞屋さんの前で待ち合わせをしているの。クリスはいつもこの新聞屋さんで情報を仕入れていて、ときどき新聞を読みながら私を待っていることもあるわ。

 おじさんみたいだからやめた方がいいと思うんだけど。


「おはよう、ミラ、シンクレアさん」

「おはよークリス」

「おはよう、クリス」


 クリスは今朝の新聞を読み終えたのか、おじさんみたいにカバンからはみ出させているわね。クリスの中身って、もしかしておじさんなのかも?


「クリス、今日は私来るの遅かった?」

「ううん。朝から親が夫婦喧嘩してたから早く出てきただけよ」

「うわあ……」

「それは……なんというか、お気の毒に」


 先輩が神妙な顔をして言うから、思わず吹いちゃった。


「何がおかしいんだい? ミラ。親御さんの仲が悪いなんて子どもに悪影響しかないのだから心配だよ」

「そんなに深刻じゃないと思うよ、先輩」

「そうなのかい? ミラ」

「大丈夫よシンクレアさん。理由は朝食のこととかつまらない事ばっかりだから、すぐ収まるのよ。夜になれば普通に戻ってるし」

「なら、いいんだが……」


 たしか先輩のお母様は小さいうちに亡くなったと言っていたから、夫婦仲について神経質なのかもしれないわね。



 待ち合わせ場所から歩いて5分くらいで学院に到着するんだけど、私たちが揃って登校しはじめた頃は、みんながジロジロ見るから恥ずかしくて下ばっかり見て歩いていたわ。

 最初のうちは他の生徒や教授たちが不思議そうに見てたけれど、今では、いつもの珍獣三人組だな程度に思われてるみたい。

 それはそれでどうなんだろうと思うけど、一人で奇異の目に晒されていた頃を思えば、気分はかなり楽になったかな。

 そう、海藻頭って陰口叩かれていた頃に比べれば……。



「それじゃあね、先輩」

 教室棟と教員棟の分かれ道に来た私は、先輩にバイバイをする。

 でも……。


「ミラ……寂しいよ」

「すぐ会えるでしょ?」

「でも~」

「ほら、助手が遅刻すると教授に怒られるわよ。早く行って先輩」

「やだ~~、離れたくないよ~~」

「行かないと一緒にお昼食べてあげないから」

「それはダメ。しょうがない、じゃあまた後でね、ミラ」

「はいはい」


 生徒や教授が行き交う場所で、毎朝この茶番をやってるの。

 そろそろスムーズに教室に行かせて欲しいなあ……。


 始業後は、毎度の休み時間に教員室からダッシュでわたしの教室までやってきて、しっかりと私を愛でてるし、お昼休みも一緒にお揃いのお弁当を食べてご満悦。

 恥ずかしいのは慣れたけど、いいかげん落ち着いてくれなくちゃ彼の将来が心配よ。この調子じゃあ師範になるどころか、助手だってクビになりかねないんだから……。


 師範科って本当は忙しいはずなのに、放課後はカフェで一緒に時間をつぶしたりしてるし、かと思えば夕方一緒に帰ってきて、夕食までの間、お父さんの書斎で書きものをしていたり。

 それって多分、仕事を持ち帰ってるんだわ……。


 どうしてそこまでして私と一緒にいるんだろう。

 あの人、謎だらけだわ!

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