名残惜しそうな先輩を残して、私はクリスの家に向かったの。
じつは今日の午後、クリスと一緒にお買い物をする約束をしていたのよね。
まあ、その前に先輩のお部屋に突撃して、あんなことになったのだけど……。
普段待ち合わせをしているあの交差点から、学院とは逆の方向に歩いていくと、大きいお屋敷が増えていくの。先輩のアパルトメントがある辺りとは正反対ね。
数軒のお屋敷(一軒でもすっごい大きいんだけど)を通過して、ようやくクリスの家に到着。最近は見慣れたけど、やっぱり立派なお屋敷ね~。お庭もよく手入れされていて、羨ましいなあ。
門で呼び鈴を鳴らすと、お屋敷の方から執事さんがやって来たの。
門とお屋敷の間はけっこう距離があるから、いつも悪いな~って思いながら執事さんが門に到着するのを待ってるのよね。
大きな金属の門を開けてもらうと、私は執事さんと一緒にお屋敷まで歩くのだけど、お嬢様は学院でいかがですか? っていっつも聞かれるのよ。やっぱり小さい頃からクリスを見ているから、孫みたいに思っているのかしらね。
クリスの家のメイドさんに食堂へ通された私は、大きなテーブルの端っこに座っているクリスを見つけたの。他に食事をしている人はいないみたい。
「クリス~、迎えにきたわよ」
「まだごはんだから待ってて~」
私が到着すると、クリスったら、ま~だのんびりお昼ご飯を食べていたのよ。
その時、
――ぐううううっ。
盛大に私のおなかが鳴いちゃったの。もう恥ずかしい……。
「ミラ、おなかすいてるの? 一緒にごはん食べようよ」
「うう……、そうさせてもらえると助かるわ」
先輩に血を吸われたせいか、とってもおなかがすいてしまったの。
こんなことなら、彼を追い返す前にランチくらいご馳走になってから来ればよかったわ。
私はメイドさんが持って来てくれた、しぼりたてのフルーツジュースを飲みながら、ランチが出てくるのを待っていたの。
「ん~、さいこ~。生ジュースが飲める家ってめったにないわよ、クリス」
「ほっほっほ。うちの親類の商社が仕入れている南国産のフルーツよ。ぞんぶんに堪能するがいいわ」
「ありがとう~」
持つべきものは富豪の友達ね! なーんて。
こんな調子で、しょっちゅうクリスの家でお昼をご馳走になってるのよ。クリスも彼女のご家族も喜んでくれるから、WIN-WINね。
「ところでそのスカーフ、どうしたの? 似合ってるわよ」
「ありがとう。さっき先輩に買ってもらったの」
「え? どういうこと?」
大きな縦ロールを揺らして、クリスが小首を傾げたの。
「じつは今日、お休みの日の先輩が見てみたくて、朝から押しかけちゃったの」
「ほほ~。ミラさんにしては、ずいぶんと大胆ですな~。それからそれから?」
情報魔のクリスが、耳をおっきくしながら私に先を促すの。
「寝起きだったみたいで、ヨレヨレパジャマで髪もぐちゃぐちゃ、声もガラガラで、普段とイメージぜんぜん違ったの」
「ほうほう。それは普段、ずいぶんとムリしてるってことね。でも、そんなみっともない素の自分を、愛しいミラさんに見られたくはなかったんじゃない?」
「まあ……。だから、ちょっと悪いことしちゃったなあって……」
なんて話していると、私の前に食事が並べられ始めたの。
「とはいえ、一緒に暮らすようになれば、そんな姿を普段から見るわけだし、いちいち幻滅してる場合じゃないでしょう」
「うん。それはわかってるし、だいじょうぶ。うん。むしろ素の彼を見ることが出来て、結果的には良かったかな」
クリスがニヤニヤしながら、
「ふうん……。といいますと?」
「りょ、両想い、になったというか……。うん。まあ、そうなの」
クリスは満面の笑みで拍手をすると、
「おめでとう、ミラ! あ~、これでシンクレア助手が報われるのね! 結婚式はいつかしら!」
「さすがにそれは気が早いって……」
「だってあなたのご両親も彼に婿入りしてもらうつもりなんでしょ?」
「知らない知らない。餌付けしてるだけだもん」
「それってそういうことじゃない。家族扱いしてるんだから」
「うう~~。でも学院は卒業しないと。入ったばっかだし……」
「そのくらいは待っててくれるでしょ」
「うん……たぶん」
錬金術学院のことを思い出した私は、あることに気が付いた。
もし私の髪が黒くなくなっちゃったら。
そしたら、彼は、私のこと、嫌いになっちゃうのかな……。
どうしよう……。
◇
ランチのあと、私たちは予定どおり買い物に出かけたの。
だけど、先輩のことが気になってしまって、クリスとのおしゃべりも、ずっと上の空になっちゃってた。
「どうしたの、ミラ? ずっとぼーっとして」
「ごめん。ちょっと考え事してた」
「シンクレア氏のこと? まあ戸惑うことも多いだろうけど、なんとかなるわよ」
「そ、そうだよね。うん。せっかくのお休みなのに、ごめんね」
「問題なしなし! さ、楽しみましょう!」
「うん!」
とは言ったけど、やっぱり気になる。
髪のこと、彼に話した方がいいのかな……。
そんなかんじで、ぼーっとしながら街での買い物や散歩を楽しんだあと、夕方には家に帰ったの。
クリスには悪いけど、やっぱり今日のお買い物はあんまり楽しめなかったな。
あした、彼女に謝ろう。
でも私は、翌日クリスに謝ることは出来なかったの。
なぜなら――