「ははっ。遥は相変わらずだね。大丈夫。勉強なんかしなくても人生なんとかなるもの痛たた。サキ、やめてくれ」
「後輩に絡んでおかしなこと吹き込まないでくださいな」
早坂先輩の隣にいつの間にか来ていた別の女子生徒が、彼女の耳を引っ張った。
制服のリボンの色から、先輩だとわかる。というか、彼女の名前は誰もが知っている。
生徒会長、佐竹三咲。生徒の信頼と注目をそれなりに集めている人だ。
切れ長の目と長いストレートの髪が彼女の美貌を際立たせている。その容姿の良さという意味でも生徒からの支持は厚い。
早坂先輩が親しげに呼んでいるあたり、ふたりは普段から仲がいいのは推測できたのだけど。
「行きますよ、フミ。あなたも頑張らないと落第の危機でしょう?」
「わかった。わかったから耳を離してくれ」
「ではおふたりさん、ごきげんよう。勉強、頑張ってくださいな」
ふたりは揃って俺たちから離れていった。
「なあ。部長さんって成績悪いのか?」
「あー。うん。良くはないね。いつも落第ギリギリだって。それ意外は頼りになる、すごい先輩なんだけどね。面倒見もいいし後輩みんなに慕われてるし、部活の成績はいい」
そういう人間って大抵、勉強も普通にこなしてることが多いと思ってたのだけど、そう単純ではないらしい。
「ひどいよね。他は完璧な人なのに、ちょっと勉強ができないだけで馬鹿にされるなんて」
「高校生の本分は勉強だからな」
あの人が尊敬されるべき人間なのは確かだろう。それに憧れている遥も同じ方向に行くのは問題だ。
既に手遅れかもしれないけど。
「それより遥。さっき言ってた、勉強せずに別のこと考えてるって?」
「え? な、なんのことかなー? わたしそんなこと言ったかなー?」
「言った」
「ううっ。だって。集中力が続かなくて。もっと楽しいことって考えちゃって」
こいつは本当に。
「一旦出るぞ」
図書室で会話を続けるのも周りに迷惑だ。
また、俺の家に移動することになるかな。
「ちなみに、楽しいことってなに考えてたんだ?」
「連休入ったら悠馬とデートしたいなーとか」
「ちゃんと連休入れるようにしろよ。補講と課題で潰れないようにな」
「ううっ。頑張る。頑張ったらデートしてくれる?」
「……いいぞ」
返答にはだいぶ迷ったけど、遥のモチベーションになるならと受け入れた。
「よし! 今度は愛奈さんたちに邪魔されないようにしないとね!」
「あれ、邪魔はされてないからな」
尾行されてただけ。たしかにそれだけで大問題ではあるけど。あと、俺たちが一線を越えかけたら邪魔しそうだったけど。
「わかったら俺の家でちゃんと勉強だぞ」
「なあ悠馬。とても言いにくいんだけど」
ラフィオが鞄から顔を出して、とても申し訳なさそうに言う。
「フィアイーターが出た」
「よしっ! 行くよ悠馬! グズグズしてられないよね! わたしは樋口さんに連絡するから、悠馬は愛奈さんとつむぎちゃんね!」
樋口に連絡するのは車椅子を預かってもらうため。
それはいいんだけど、ものすごい喜びようだ。
勉強から離れられるのが嬉しいのはわかるけど。
「なんか、喜んでる時の遥って姉ちゃんに似てるな。テンションの高さとかが」
「んなっ!?」
笑顔が固まった。
「ほら、ふたりとも目立たない場所に移動しろ。行くぞ」
ラフィオが鞄から身を乗り出して俺の腕をバシバシたたく。わかったから。
学校近くの細い路地の電柱の陰に車椅子を隠してから、その上に通学鞄を置く。一緒に隠しておく方が身軽でいいよな。俺も自分の鞄を隣に置かせてもらった。
そして遥は制服のポケットから黄色い宝石を取り出し、手のひらに収まるような大きさのそれを握りしめて、声をあげた。
「ダッシュ! シャイニーライナー!」
何度か見てきた遥の変身は今日も頼りがいがあって。
「闇を蹴散らす疾き弾丸! 魔法少女シャイニーライナー」
俺とラフィオしか見ていない中で高らかに名乗りを上げるライナー。
いつものようにタオルを顔に巻いた俺もラフィオに乗って行こうとしたのだけど、その俺の手をライナーがつかんだ。
「せっかくだから、今日はわたしが悠馬のこと運んであげる!」
「いや、なんでだ」
この前と同じくお姫様抱っこの形にされた俺は、わけがわからないとライナーの顔を見上げる。
「ご機嫌取りだよー! 戦いが終わったあと、できるだけ怒られないようにするため!」
「そういうこと言うから怒られるんだぞ」
「あー! あー! 聞こえない!」
テンション上がりすぎて変になってるライナーが俺を抱えたまま跳躍。現場まで走っていく。
この運び方、なんとかならないか。恥ずかしいんだけど。
「待て! 悠馬を運ぶなら僕も一緒に運べ!」
俺の鞄から出たラフィオが巨大化したのは、俺のため。
その必要がなくなったことに抗議しながら、ラフィオが追いかけていく。
フィアイーターが暴れているというのは、数駅離れたところにあるオフィス街。夕方の、そろそろ帰宅しようかと考えていた会社員が往来している時間帯。
そこに、赤い三角コーンから手足を生やした怪物が暴れていた。
近くのビルの入り口を殴り、ガラスで出来た戸を破壊して中に侵入する。それだけではなく。
「フィー!」
「フィー!」
フィアイーターに付随して、取り巻きのようななにかが一緒にビルに入っていった。
成人した男くらいの体格をしたそれは、真っ黒なボディスーツとかタイツを着ているような格好。
それが二十体ほど、フィアイーターの周りにいる。
あれがなんなのか、すぐにわかる。俺だって小さい頃は仮面シリーズを見ていたのだから。
「戦闘員?」
「そう。正解よ」
ライナーに降ろされて地面に立った俺の言葉に反応したのは、フィアイーターの蛮行を見ていたキエラだった。