「悠馬なんでこんなに成績がいいの? テストとかなんで高い点取れるの?」
「授業を聞いてれば普通だろ」
「えー……授業って真面目に聞かないのが普通でしょ?」
「勉強始めるぞ」
「待って! 話を聞いてください!」
まともに聞いていたら、いつまで経っても始まらないからな。
「とりあえず、遥の比較的得意そうな科目からやるぞ」
「はい! 国語はなんかできちゃうんだよね! 現代文だけは! 古典は苦手だけど。あれはもう異世界の言葉だよね!」
「ラフィオー! モフモフさせて!」
「あああああ! やめろ! おいこら! 夕飯の支度しなきゃいけないんだよ!」
異世界から来たモフモフの妖精が普通に日本語を話しているのが、キッチンから聞こえてきた。
「なんとなく解けてしまうのを脱却する所からだな。国語も突き詰めれば理屈なんだよ」
「えー。なんか難しそう」
「いいから。やるぞ」
「ふぇーい。あ、でもこの感じ、なんか青春っぽいね! 家で勉強会なんて!」
「そうだな」
そんな感じで、遥の勉強に付き合うことになった。
それ自体は構わないんだよな。俺も試験対策は必要だし、人に教えることで理解が深まることはある。
「ただいまー。む、今日も遥ちゃんとつむぎちゃん来てるのねー」
「はい! お邪魔してます!」
愛奈の帰ってくる音と声が聞こえた。
遥はそれを聞いた途端、松葉杖を器用に駆使して立ち上がった。片足が無いとは思えないような機敏な動きだ。
「お姉さん! つかぬことをお尋ねしますけど、お姉さんは高校の定期テストをどう切り抜けたんですか!?」
「おおっと!? とりあえずお姉さん言うな。……定期テスト? そんなの、授業をちゃんと聞いてたら大して勉強しなくても点数は取れるでしょ」
「ええっ!? お姉さん定期テストの点数良かったんですか!? 馬鹿なのに!?」
「なんか、すごいストレートに見下されてるわね」
「姉ちゃんはこれでも、国公立大学に余裕で合格したんだぞ」
「ええー。嘘だー。ちなみに学部は?」
「工学部」
「理系!? 嘘だー」
「嘘じゃないわよ。材料工学専行よ」
その知識は今、ドリルを売りつける仕事に役に立っている。
「ううっ。お姉さんより学力で負けるなんて」
「遥ちゃん、わたしのこと馬鹿にしてるでしょ」
「してました。けど、もうできません……つむぎちゃん!」
「なんですか?」
「つむぎちゃんは学校のテストとか得意?」
「テストですか? 前も百点取りました!」
「負けたー!」
小学生と張り合おうとするな。
「小学校のテストなんか満点取って当たり前だろ」
「普通じゃないの! わたしは滅多に取ったことないの!」
その時から馬鹿だったか。
「で、でも! つむぎちゃんは因数分解とか三角関数とかわかんないよね!」
「いんすう……?」
「はい勝ちー! わたしの方が賢い! 因数分解知ってるし! よくわかんないけど言葉は知ってるし!」
「小学生と張り合うな」
こいつは。実際に問題を解けと言われてもわからないだろうに。
「よし! 自信がつきました!」
「勉強やる気になったか?」
「つむぎちゃんと比べたら賢いことがわかったから安心したなー。今日はもう勉強いいかなって」
「やるぞ」
「うわー!?」
こいつは駄目だ。本格的になんとかしないと。
ラフィオが夕飯を作るまでの間、みっちりと勉強させることになった。
そして明日からも、放課後は遥に付き合うことに。
「ううっ。青春してる感じは嬉しいけど。もっと楽しい感じがいいな……」
「しゃべるな。手を動かせ」
「はい、先生……」
翌日も約束通り、教室から逃げ出そうとした遥の車椅子を掴んで図書室まで連行する。
ここなら、周りの雰囲気もあって、遥もうるさくせず真面目に勉強するだろう。
テストが近いこともあって、他にも勉強中の生徒は多いし。
「悠馬」
「なんだ」
「落ち着かない」
「なんでだ」
「わたし、静かな場所が苦手なんだと思うの」
お前が苦手なのは勉強だ。
と言いたいところだけど、遥はさっきからソワソワしていて本当に落ち着かない様子ではある。
基本的に元気な子だからな。
「寝ちゃいそうです」
「静かにしろ」
対面に座る遥の口元にペンを縦に当てて口を塞ぐ。
遥も、人差し指を立てるジェスチャーの代わりだと把握したのか無言で数回頷いた。
まずは静かな環境に慣れるところからだ。それはしばらく勉強してれば、なんとなると思うけど。
「やあ。君たち青春してるね」
なのに邪魔が入った。
知っている顔が俺たちを眺めてニヤニヤ笑っていた。しゃがんで顎を机に乗せてこちらを見上げている状態。俺たちに見られると、彼女はすっと立ち上がった。
女子にしては高い背と、制服姿でもかなり目立つ巨乳。普段見るのは陸上部のユニフォーム姿だけど、制服でも十分スタイルの良さがわかる。
陸上部部長、早坂文香さんだ。
「部長、どうしてここに?」
「テスト前で部活が休みだからね。暇なんだ」
いや、あんたも試験だろ勉強しろよ。とは相手が先輩だから口には出さない。
「なんとなく図書室に行けば、見知った顔がいるじゃないか。いやはや、ふたりとも真面目だね」
「そうですね。真面目に勉強してるんです」
「勉強してるのは悠馬だけですけどね! わたしは机に向かっているだけで、勉強なんかしてません! 全然関係ないこと考えてます!」
「いや、そこはしてるって言えよ。いやなにも言うな」
図書室で少し声を大きくした遥の口に、またペンを立てる。
今言ったことは聞き捨てならないし、あとでじっくり話しを聞くべきだけど。