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第3章 取り巻く人々

3-1.遥の問題

 色々あった四月も終わりに近づき、連休に向けて世間がソワソワし始める頃。

 俺はいつものようにバス停に行き、遥と一緒のバスに乗る。魔法少女のことか、他の他愛もない話をする朝の光景。


 だけど今日の遥はいつになく深刻な表情を見せていて。


「問題が起きました」

「どうした」

「テストがやばいです」


 そう言った。


「そうか。頑張れ」

「いやいやいや! もっと心配してよ!」

「そうは言われても」


 テストとは、連休の前に構える中間テストのこと。

 去年もこの時期に受けたし、今年もちゃんと受ける。


 点数が悪かったら補習を受けるか、落第してもう一回二年生やり直しだ。実際には落第なんか滅多にないことだけど。


「勉強、わからないのか?」

「ぜんっぜんわからない! 先生が何言ってるかまったく理解できないの! 悠馬助けて!」

「具体的には?」

「カンニング手伝って」

「おとなしく落第しろ」

「やだー!」


 そこはせめて、勉強教えてだろう。いきなり不正行為で乗り越えようとするな。


「まあカンニングは最後の手段として、なんとかできないかな」

「真面目に勉強するしかないだろ」

「うー。あー。にゃー。にゃんにゃん」

「いきなり猫になるな」

「わたし、猫だから勉強わからないにゃー」


 駄目だ。試験が嫌すぎて遥が壊れた。普段はもう少し冷静な奴なんだけどな。


「にゃー。悠馬が勉強教えてくれたら、なんとかなるにゃー。お願いにゃー」

「最初からそう頼めよ」

「なんか恥を晒すみたいで、恥ずかしかったにゃー」

「既に晒しまくってるから諦めろ。あと、その言い方むかつくからやめろ」

「ふぁーい。それで悠馬、勉強教えてくれる?」

「俺にできる範囲なら」

「やったー!」


 早速、放課後俺の家まで遥が来た。一旦自分の家に帰って、必要な教科書やノートを持ってきて。

 ちなみに学校帰りのつむぎも来ていて。


「ねえラフィオー。お休みになったら模布湖ウサギさんランド行こー」

「断る。お前の前に出されるウサギがかわいそうだからな」

「やったー! 約束だよ! 絶対に行こうね!」

「なあ。お前は本当に僕と会話しているのか? 僕の言うことちゃんと通じているのか?」


 ラフィオと仲良くじゃれ合っていた。


「小学生はいいよねー。テストの心配なくて」

「小学校でもテストはあっただろ。成績悪かったら注意されるだろ」

「んー。そうだっけ。忘れました!」


 忘れるな。


「それで。一年の時の期末試験は持ってきたか?」

「ううん。捨てたから、ないです」

「おい」


 まずは現状把握からというわけで、遥には過去の定期テストを持って来るように言っておいた。

 その時点で遥は期待しないようにという様子だったけど、まさか捨てていたとは。


「だって。思い出したくない過去じゃん。そりゃ捨てるでしょ? てか答案用紙なんか大事に持ってる方がおかしいよ!」

「まあ、大事にしたいものじゃないけどな。一応持っておくものだろ」

「えー。誰に見せるわけでもないのに?」

「お前は親に見せろ」

「やだー!」


 俺の場合は保護者が愛奈だし、学校の成績なんか特に気にしてないのが実情。いい大学入って養えとは言ってるけど、その過程には頓着しないらしい。

 けど遥のご両親は、ちゃんと娘の成績を把握しておくべきだ。放任主義の家庭なのかもしれないけど。


 なんで家族より俺が遥の成績を気にしないといけないんだ。


「それより、なんでわたしのテストなんか見たいの?」

「遥の成績がどれくらいのものかを知りたかった。なんの教科のどこが苦手なのかを知れば、どう勉強すればいいか見えてくる」

「なるほど! 悠馬頭いいね! そんな悠馬にお願いした、わたしも偉い!」


 おい。なにも解決してないのに得意げな顔をするな。親指を立てるな。


「そうだ。通知表は持ってきたよ!」


 各教科を五段階評価した紙にどれだけ意味があるのかわからないけど、一応見ておく。

 散々な評価だった。同じ入試を受けて高校に入ったとは思えないな。


 身体的な問題を加味してもらっているらしい体育の教科以外は低い点数が並んでいる。


「いやー。体育は得意なんだけどねー。こんな足になっちゃう前は、運動は得意でした」

「それは知ってる」


 体育の中でも得意なのは実技だけ。座学の分野、いわゆる保健体育の点数はあまりにも低い。


「あー。それはさ、なんというか……わたしは純情なの。えっちな科目は得意じゃないんです!」

「エロいだけが保健体育じゃないからな」


 運動に関する科学的な見地や、心身の健康のための知識なんかを学ぶのが保健体育だ。

 脳筋にしか思えない体育教師がちゃんと教師している瞬間を見せてくれる教科なんだよ。真面目に受けてあげろ。


「なかなか難しいよねー。まあいいじゃないですか。わたしは過去を振り返らない。未来に生きる女なのです!」


 前向きな馬鹿も、ここまで振り切ってるのは問題だ。


「過去に駄目だった単元からの復習だ」

「えー」


 不満げな顔をするな。勉強ってのは積み重ねなんだよ。

 今学んでる所の前の分野を理解してなかったら、今回のテストの範囲も理解しきれていないはずだ。


「むー。悠馬の意地悪。そういう悠馬はどうなのかな!? 人に教えられるほど頭いいのかな!?」

「お前が教えろって言ったんだろ。ちょっと待ってろ」


 そう言われると思って、遥と同じ試験を受けた時の答案用紙を見せた。

 遥は絶句していた。


「あああああ!」


 それから、不意に奇声を上げながら突っ伏した。

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