継母がペンロド公爵夫人の邸宅に向かってから、十日が過ぎた。
ペンロド公爵夫人は王都に住まわれている。レドモンド領からは馬車で片道四日ほどかかる。当然だけど、お茶会は王都の邸宅で行われるし、めったなことで夫人がレドモンド領を訪れることはない。
流行が生まれる華やかな王都へ、意気揚々と向かった継母が、遊ばないで帰ってくるなんてことはないだろう。毎回、少なくても五日は滞在している。
その間はレドモンドの屋敷は穏やかで、笑顔が絶えない。私の仕事も
「ただねぇ……」
帳簿を前にして、頭が痛くなった。
この睨めっこは今日に限ったことではないし、頭痛だっていつものこと。とはいえ、改めて数字を見るとどこから補填をするか悩ましくも思うわけだ。
それに、継母に十分なお金を持たせたつもりでも、毎回、それ以上に使い込んでくるのよ。それを考えたら胃まで痛くなる。
王都まで出向くと必ずといっていいほど、お金が足りないといって借金をこさえてくる。どんなに執事が止めても聞く耳をもたないし、贅沢三昧は義務だといわんばかりの振る舞いをする。
きらびやかな格好で高笑いする継母の姿を思い浮かべ、気が重くなった。
「……ペンロド公爵夫人も、よく飽きずに、あの人を何度も呼び寄せるわ」
あんな品のない人、どこがそんなに気に入ったのだろう。有力貴族の出自って訳でもないのに。
継母は、西の外れにあったヘクター子爵三男様の末娘らしい。遠い昔に爵位をはく奪され、一家散り散りになったらしいけど、あの人は魔法の才を見出され、中央で名を馳せた──という話を、亡きお父様から幼い時に聞いたことがある。
あの人が魔法を使ったところなんて一度も見たことないけど。
どんなに執事が止めても、持ち合わせが足らなくても、次から次にドレスや宝飾品を買ってくるのは、ある意味、才能だと思う。魔法とは全く関係ないけどね。
『お前は金勘定をするくらいしか出来ないのだから』
帳簿を見ながら、激高した継母の言葉を思い出し、たまらず深い息を吐いた。
その金勘定あっての贅沢だということを、あの人は微塵も分かっていないのよね。お父様がご存命の時は、もう少し大人しかったのに。
「……本性を隠していたのね」
ぽつり呟きつつ、ふと違和感を覚えて首を傾げた。
お父様は仮にも、国の北東部を預かる魔術師団、第五師団の団長だった人よ。そのお父様が見抜けなかったなんてこと、あるのかしら。
顔を上げ、壁にかかる亡きお父様の肖像画を見つめる。にこりとも笑って下さらない姿は、当然だけど何も語ってくれない。でも「お前には真実が見えていないのか」といっているようにも見える。
お父様は、いつだって厳しかったから、生きていたとしても、自分でどうにか道を切り開けとしかいわなそうだわ。
悶々としながら、幼いころ訪れたことのある第五師団の砦を思い出した。
決して、嫌な空気はなかった。むしろ、活気があって楽しそうに見えたのよね。
お父様は師団で慕われていると、亡きお母様から聞いたこともあるし、皆がお父様を見る目は優しかったのも覚えている。あの頃は幼ないながら、父を誇りに思ったものよ。
男の人が多かったかしら。でも、女性もいたわ。
師団の皆さんは本当に優しい方ばかりで、幼い私にもよくしてくださった。魔法が使えないことを悩んでいた私に「時が来れば使えるようになりますよ」と声をかけてくださった方もいた。その時、お父様も、そうだと言って微笑んでくださって──
あれ? お父様が、微笑んでいた?
遠い記憶を呼び起こしながら、再び、妙な違和感を得た。
商売や領地のことは亡きお母様に任せきりで、娘の私にはいつむ冷たい態度だったお父様。
本当に、冷たかった?
セドリックが生まれた頃は、もっと、こう──
小骨が喉に突っかかったようなもどかしさに小さく唸っていると、表が騒がしくなった。
馬車の停まる音が聞こえたけど、今日、来客の予定なんてあったかしら。
不思議に思って立ち上がり、窓に近づいたその時、ノックもなしにドアが開け放たれた。
「ヴェルヘルミーナ様、大変です! ケリーアデル様が、お戻りになりました!」