一週間前、魔獣討伐任務に赴いたお兄様。
その時、お兄様は見知らぬ
怪我を負って倒れていたところを騎士団の人が発見したらしいんだけど、どうもお兄様の知り合いみたいで、公爵家で保護する事にしたんだって。
そして今日。
その
でも、彼女は記憶を失っていて、事件性のある状況から護衛が必要だと判断されて……。
——私達が、彼女の護衛に選ばれた。
❖❖❖
正式に上から辞令が下り、護衛任務を受領したシャノンは公爵邸へ戻る馬車の中にいた。
『シャノン、シェリル。イリアを頼む』
——と、
(お兄様は知り合いだと言っていたけれど……)
彼女を見つめる眼差しは、他の
(まるで、お父様がお母様を見つめる時のような——熱の籠った視線だった)
目覚めない彼女を心配して、毎日お見舞いを欠かさなかったし、もしかしたら恋人かもしれない、とシャノンはずっと
(大好きなお兄様の、恋人……。お兄様はいつの間にそんな
昔は婚約者がいた。
シャノンも良く知る相手、
(でも、戦争でカレンお姉様が亡くなって、それ以来お兄様はそう言った話とは無縁だった。
いつか素敵な
あまりにも急な話だ。
シャノンにとっては、大好きな兄が奪われてしまう寂しさの方が大きかった。
今日は朝から気分が良かったというのに、一変して複雑な気分となり、寂しさから涙が込み上げて来る。
「うう……お兄様……」
涙腺が
すると、馬車のキャビンの対面に座ったシェリルがため息をこぼした。
「お姉様、まだそうと決まった訳ではないのだから、そんなに落ち込まなくても」
「シェリルだってわかってるくせに。お兄様のあんな表情、他で見た事ある? ないでしょ?」
「それは、そうだけれど。お兄様から直接聞いた訳でもないでしょう?」
けれど、シャノンの耳には届いてなかった。
(——こうなったら、お兄様を射止めたのがどんな
人の本質は無意識下にこそ
徹底的に
シャノンは屋敷に着くなり馬車を飛び降りて、彼女に与えられた部屋を一直線に目指した。
シェリルや侍女の制止する声が聞こえたが、止まる理由はない。
護衛任務の事など、すっかり頭から抜け落ちていた。
廊下を駆けて部屋に辿り着くと、ノックする間も惜しんで勢い良く扉を開け放った。
「バンッ!」と大きな開閉音が響いく。
だが、いちいち気にしていたら負けだ。
「私はシャノン! シャノン・フォン・グランベル! 貴女を見極めに来たわ!」
「きゃ!?」
名乗りは大事! と、シャノンは声を張り、戦場へ赴くかの如く部屋に飛び込んだのだが——予想外に悲鳴が聞こえて部屋の中を見渡す。
するとそこには、侍女の手を借り身支度を整えてる最中の彼女がいた。
驚いた様子で淡い青色、
そして、一目見て。
シャノンは彼女の容姿に目を奪われた。
(……な……そんな……!)
多分、湯浴みを終えた後なのだろう。
長い銀糸のような髪から雫が
眠っている姿は見た事がある。
その時も綺麗な顔立ちをしているとシャノンは思った。
しかし、実際に瞳を開けて息づく彼女は想像以上に
その威力は計り知れない。
あまりの破壊力に熱が
「シャノンお姉様! 何をやってるんですか!」
シャノンが
小気味よい音が響き渡る。
「痛ったぁ!? 何するのよ!」
「こちらの
シェリルの手がシャノンの頭を捕まえて押さえ、無理やり下げさせられた。
拘束から抜け出そうと
(力……強ッ!)
「申し訳ありません。お姉様が無遠慮に失礼致しました」
「ちょ、シェリル痛いわよ!」
あまりにも力任せに押さえつけてくるから、痛いと訴えると、シェリルの
にこりと口角を上げて笑顔を作っているが、目が笑っていない。
本気で怒っている時の表情である。
その剣幕にシャノンは怯んだ。
「お姉様も謝って下さい」
「う……! ご、ごめんなさい」
謝罪を述べた後、数秒置いて顔を上げると、何が何だかわからないと言った表情でおろおろとしている彼女の姿が見えた。
「お嬢様方、支度が整いましたらお声掛け致します。ひとまず退室してお待ちください」
見かねた侍女——支度の手伝いをしていた侍女ビオラがそのように促し、
「わかりました。また後程、改めてご挨拶致しますね」
と受け答えしたシェリルによって、シャノンは強制的に退出する羽目となった。