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番外編 お兄様の大切な人 ≪前編≫

 一週間前、魔獣討伐任務に赴いたお兄様。

 その時、お兄様は見知らぬ女性ひとを屋敷に連れ帰った。


 怪我を負って倒れていたところを騎士団の人が発見したらしいんだけど、どうもお兄様の知り合いみたいで、公爵家で保護する事にしたんだって。


 そして今日。

 その女性ひとは目覚めたという。


 でも、彼女は記憶を失っていて、事件性のある状況から護衛が必要だと判断されて……。


 ——私達が、彼女の護衛に選ばれた。



❖❖❖



 正式に上から辞令が下り、護衛任務を受領したシャノンは公爵邸へ戻る馬車の中にいた。



『シャノン、シェリル。イリアを頼む』



 ——と、いつくしみをびた表情の兄が、自分達に彼女の事を託した姿が、シャノンの脳裏に思い起こされる。



(お兄様は知り合いだと言っていたけれど……)



 彼女を見つめる眼差しは、他の女性ひとに向けるものとは違っていた。



(まるで、お父様がお母様を見つめる時のような——熱の籠った視線だった)



 目覚めない彼女を心配して、毎日お見舞いを欠かさなかったし、もしかしたら恋人かもしれない、とシャノンはずっとうたがっていた。



(大好きなお兄様の、恋人……。お兄様はいつの間にそんな女性ひとを見つけたの?)



 昔は婚約者がいた。

 シャノンも良く知る相手、従姉妹いとこのカレンだ。



(でも、戦争でカレンお姉様が亡くなって、それ以来お兄様はそう言った話とは無縁だった。

 いつか素敵な女性ひとが現れればいいな、と思っていたけれど……)



 あまりにも急な話だ。

 シャノンにとっては、大好きな兄が奪われてしまう寂しさの方が大きかった。


 今日は朝から気分が良かったというのに、一変して複雑な気分となり、寂しさから涙が込み上げて来る。



「うう……お兄様……」



 涙腺がゆるんで、ついでに鼻も湿っぽくなって、流れ出そうになる液体をシャノンはすすった。


 すると、馬車のキャビンの対面に座ったシェリルがため息をこぼした。



「お姉様、まだそうと決まった訳ではないのだから、そんなに落ち込まなくても」


「シェリルだってわかってるくせに。お兄様のあんな表情、他で見た事ある? ないでしょ?」


「それは、そうだけれど。お兄様から直接聞いた訳でもないでしょう?」



 憶測おくそくで語るのは良くないとシェリル語る。

 けれど、シャノンの耳には届いてなかった。



(——こうなったら、お兄様を射止めたのがどんな女性ひとなのか徹底的に見極めてやる!

 記憶喪失きおくそうしつ? 関係ないわ。

 人の本質は無意識下にこそあらわれるものよ。

 徹底的にあばいてやるわ!)



 シャノンは屋敷に着くなり馬車を飛び降りて、彼女に与えられた部屋を一直線に目指した。


 シェリルや侍女の制止する声が聞こえたが、止まる理由はない。

 護衛任務の事など、すっかり頭から抜け落ちていた。


 廊下を駆けて部屋に辿り着くと、ノックする間も惜しんで勢い良く扉を開け放った。

 「バンッ!」と大きな開閉音が響いく。

 だが、いちいち気にしていたら負けだ。



「私はシャノン! シャノン・フォン・グランベル! 貴女を見極めに来たわ!」


「きゃ!?」



 名乗りは大事! と、シャノンは声を張り、戦場へ赴くかの如く部屋に飛び込んだのだが——予想外に悲鳴が聞こえて部屋の中を見渡す。


 するとそこには、侍女の手を借り身支度を整えてる最中の彼女がいた。

 驚いた様子で淡い青色、勿忘草わすれなぐさ色の瞳を丸くしている。


 そして、一目見て。

 シャノンは彼女の容姿に目を奪われた。



(……な……そんな……!)



 多分、湯浴みを終えた後なのだろう。


 長い銀糸のような髪から雫がしたたり、血色の良い肌はほんのり紅く色付いて、清楚せいそな白のルームウェアに身を包んだ彼女は、妙につやっぽい色香をただよわせていた。


 眠っている姿は見た事がある。

 その時も綺麗な顔立ちをしているとシャノンは思った。


 しかし、実際に瞳を開けて息づく彼女は想像以上に可憐かれんで美しく——そんでもってお風呂上がりのオプション付き。


 その威力は計り知れない。

 あまりの破壊力に熱がのぼり、自分の頬が紅潮こうちょうしていくのがシャノンはわかった。



「シャノンお姉様! 何をやってるんですか!」



 シャノンがほうけていると、後からやって来シェリルに頭を叩かれた。

 小気味よい音が響き渡る。



「痛ったぁ!? 何するのよ!」


「こちらの台詞セリフです! ノックもなしにお邪魔するなんて、失礼にも程があります!」



 シェリルの手がシャノンの頭を捕まえて押さえ、無理やり下げさせられた。

 拘束から抜け出そうと足掻あがくが、動かない。



(力……強ッ!)


「申し訳ありません。お姉様が無遠慮に失礼致しました」


「ちょ、シェリル痛いわよ!」



 あまりにも力任せに押さえつけてくるから、痛いと訴えると、シェリルのするどあかい眼光に射抜かれた。


 にこりと口角を上げて笑顔を作っているが、目が笑っていない。

 本気で怒っている時の表情である。

 その剣幕にシャノンは怯んだ。



「お姉様も謝って下さい」


「う……! ご、ごめんなさい」



 謝罪を述べた後、数秒置いて顔を上げると、何が何だかわからないと言った表情でおろおろとしている彼女の姿が見えた。



「お嬢様方、支度が整いましたらお声掛け致します。ひとまず退室してお待ちください」



 見かねた侍女——支度の手伝いをしていた侍女ビオラがそのように促し、



「わかりました。また後程、改めてご挨拶致しますね」



 と受け答えしたシェリルによって、シャノンは強制的に退出する羽目となった。

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