私が落ち着くのを待って、ヴァルキリエさんは去っていった。
相変わらずのイケメンムーブだ。
入れ違いに、カナリア君が執務室から出てきた。
陛下とのお話が終わったのだろう。
「お姉ちゃん」
カナリア君が駆け寄ってきて、力いっぱい抱きついてきた。
「中で話そっか」
気を利かせてくれたのか、いつも私の背後で護衛しているはずのクゥン君が、部屋に入ってこなかった。
執務室でふたりきり、私とカナリア君が向かい合う。
私はしゃがんで、彼に視線を合わせた。
「ね、カナリア君。私のこと、好き?」
「好きだよ」
カナリア君が私を見つめてくる。
曇りのない瞳だった。
私は、この子の曇りない意思を、政治の道具にしようとしている。
陛下は『恋も愛も後からついて来る』と言ってくださったが……。
「ありがとう。私も、好きだよ」
「うん」
「それで、あのね」
私はカナリア君を抱きしめる。
「私と、結婚してくれませんか? 私、カナリア君のこと、絶対に幸せにするって誓います」
それから、急に気恥ずかしくなって、
「あ、あはは……とは言っても、まずは婚約からなんだけどね。実際に結婚するのは10年後のことなんだけど」
カナリア君は、
カナリア君は――
「ダメーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
カナリア君は私から体を引き剥がし、絶叫した。
「えっ!? えええっ!?」
ふ、フラれた!?
まさか!?
この流れで!?
ええっ!?
「プロポーズの言葉は、ボクから言うの!」
「あ、あぁ、そういう」
あーーーーーーーーっ、びっくりした!!
もーっ、驚かせないでよ。
心臓止まったかと思ったよ。
けど、ふふっ、こういうところはちゃんと男の子なんだねぇ。
「お姉ちゃん――ううん、エクセルシア」
カナリア君が、いつになく真剣な声で私を呼ぶ。
その眼差しは、熱い。
5歳児とあなどってはいけない。
この子は天才的な頭脳を持ち、ちゃんとした判断力と、自由意志と、喜怒哀楽と、そして恐らくは恋愛感情を持ち合わせているひとりの生きた人間なのだ。
彼はひざまずき、
私の右手を取り、
手の甲にそっと口づけした。
それから、私を見上げた。
強い、強い瞳だ。
「エクセルシア、ボクと結婚してくれますか?」
私がしゃがんだままなので、なんだかちょっと不格好な形にはなってしまったが……それでも、それはひとりの男性・カナリア君による精一杯のプロポーズだった。
「はいっ」
私は精一杯の笑顔で、カナリア君に応えた。
――第2部、完