夜時間ということもあって、路地裏側へ続く分かれ道の先は真っ暗で何も見えない。カイラがいるところからではそこに何があるのかは全く分からない。
「声、聞こえたな。女の、悲鳴……?」
カイラは路地裏へ続く分かれ道のところで足を止めて、その方に目を向ける。今さっき聞こえた女の悲鳴と思われる声はこの先から発したものと思われる。
「―――。」「~~~!」
続いて男のものと思われる野太い声も聞こえてきた。その声は二種類で、少なくとも三人が路地裏にいると推測される。
「……………」
カイラは数秒押し止まって思考する。現時点で予想出来ることは、何かトラブルが起こっていることくらいだ。当然カイラには関係の無いことである。
「………………」
それでもカイラがそこから立ち去ろうとしないのは、単純に好奇心に突き動かされたからだろう。危険があることも承知で、カイラは路地裏がある方へ曲がり、暗がりの方へ進んで行った。
「――あ…?」
少し進むとすぐに開けた場所に着く。そこにはカイラが予想した通りの光景が広がっていた。
シャツがだらしなくはみ出でて見える薄いパーカー着の男と帽子を被った強面の男、そして金色に染めたやや長い髪の男が、一斉にカイラに目を向ける。
三人の男に注目される中、カイラは彼らの他、もう一人に目を向ける。
「……っ。………!」
プラチナブラウン色のストレートカット髪、肩が少し露出した造りの夏用フリルブラウス(ピンク色)と短めのフリルスカート(灰色)の女性が、廃棄された机に押し倒されている。その目には涙が溜まっていて、顔も絶望した表情となっている。
さらに彼女が着ているブラウスは、ボタンが外されており、その下から白色の下着に覆われた豊かな胸が見えてしまっている。
「……いや、いや……ぁ」
暴れていたのか、顔や服が汗ばんでいて息も上がっている。そんな彼女を、金髪長髪の男が机に押し倒して押さえている。
――どう見ても男三人に襲われている女性…という構図だった。
「やべっ、人が来ちまった」
「くそ、声が漏れたのを聞かれちまってたか。警察とかじゃねーよな」
「俺らとそんなに年変わらない男一人だけだ。どうする?」
男三人はカイラを見て話し合う。プラチナブラウン髪の女性は、絶望した表情のまま嫌がる声を上げようとするが、男の手で押さえられてしまう。
「なぁお前。このこと警察とかにチクらないって約束してくれたら、お前もこの女を犯すパーティーに混ぜてやるぜ?」
「見てみろよこいつを。可愛い顔して可愛い服も着てる上に、脱がすとデカい乳してやがる。どこからどう見ても上玉だ。こんな女とタダでヤレんだぜ、悪い話じゃねーだろ?」
「それとも何か?正義ぶって警察とかにチクるつもりなん?だったら帰すわけにはいかねーけど」
金髪長髪の男が下品な笑みを浮かべながらカイラに共犯を持ち掛け、薄パーカーの男はタバコを吸いながら脅し文句をかける。その男にカイラは不快そうに顔を向けて、苛立ちも露にする。
「消せよ」
「……あ?」
「タバコを消せっつってんだ。俺に煙を吸わせてんじゃねー」
薄パーカー男が手にしているタバコを指差して、カイラは煙を消すよう指図する。そんなカイラの棘がある言動に男は腹を立てる。
「何言ってんだてめぇ?煙を吸わせるな?タバコを消せだ?そんなこと今はどうでもいいだろ。警察にチクるかこの女を犯す共犯になるかを聞いてんだよ」
そう言い返して、男はカイラに向かって煙をフゥーっと吐く。残りの二人もカイラを馬鹿にした様子で下品な笑いを上げる。
(……………)
プラチナブラウン髪の女性は虚ろになりかけてる目でカイラのことを見つめている。彼も自分を襲っている男三人の仲間に入る下劣な男となるのかと絶望しかけたその時、
「………!」
カイラが何の前触れも無しに薄パーカーの男に向かって走り出し、その勢いのまま相手の顔面を殴り飛ばした。予想外の行動に彼女は目を見開いて驚き、残りの男二人は揃って呆けた顔になる。
ガシャンと廃材の溜まり場に倒れた薄パーカーの男の体に、カイラは踏みつけで追撃する。加減無しの踵踏みが相手の腹や背中、胸に降って襲いかかる。
「お前ら喫煙者のほとんどは、そうやって人前で有害な煙をまき散らしてるよな!モラルが丸々欠如していて、他人への配慮なんか微塵も考えない…自分のことしか考えてないクソったれな自己中ばかりだ!このヤニカスが!指定された喫煙所で吸えよ、ゴミカスが!!」
マウントを取られてるのと変わらない態勢から反撃出来るはずもなく、薄パーカーの男は完全にやられるがままとなっていた。見かねた残りの二人が、カイラに掴みかかるもしくは殴り倒そうと襲いにかかる。解放されたプラチナブラウン髪の女性は、隙を見て分かれ道の出入口側の方へ避難する。
「何してくれてんだてめえ!?」
「っざけんなこの野郎!」
二人一斉に接近するのを見て、カイラは臆することなくボクシングの構えを取り、帽子を被った強面の顔に高速のジャブを放つ。顔を打たれて怯ませたところに、腹部にストレート打ちを決めて悶絶させる。
「調子に乗んなてめっ」
その隙にもう一人の金髪長髪の男がカイラに掴みかかり、押し倒そうとする。そのせいでバランスを崩して倒れる中、カイラは咄嗟に相手の両目に二本指を突き刺した。
「ぐう゛あ゛あ゛……っ」
目潰しによる激痛のあまりに両目を手で押さえて拘束を解いてしまう相手をどうにか押し退けるカイラだったが、起き上がった薄パーカーの男に顔を蹴られてしまう。
「……!」
「こ、の……!いきなりぶん殴りやがって………許さねぇ!こいつぶっ殺してやろうぜ!」
「っう………ああそうだな。ふざけた真似しやがって。こいつを痛めつけるのを先にするぞ!」
怒り心頭といった様子でカイラを再起不能にすることを提案する二人だが、カイラは彼ら以上にブチ切れていた。
「ヤニカスどもの分際で……何逆切れしてんだよ?顔まで蹴りやがって………殺す」
そう言ってカイラは、持参してきているリュックの中から包丁を取り出した。
「な………こいつ、刃物取り出したぞ!?」
「慌てんなよ。どうせ脅しに使うだけだろ。そうだ、後でこいつを銃刀法違反か何かで警察に突き出そうぜ。俺らは正当防衛でこいつをボコボコにしたってことで、無罪になるから大丈夫だ」
そう言い合って二人はカイラが刃物を手にしているのを軽視する。彼が本当に刃物をぶん回すとは思わないだろうと思い込んで、隙を見せてしまう。
その隙を、カイラは容赦無く突いた。
「………え?」
数秒後、プラチナブラウン髪の女性はまたも目を見開き、硬直してしまう。彼女の目に映る光景が、あまりにも非日常のものだったから。
――カイラが包丁で薄パーカーの男の胸部分を深々と突き刺してるのを見て、彼女は半ば放心状態となってしまった。