カイラは自分の手に握られている凶器…包丁の柄部分の感触を確かめる。
そしてその部分から間接的に伝わるもう一つの感触を感じてもいた。
――人間の肉体を刺し貫いた時の感触を…。
カイラにとってそれは初めての経験ではなく、人生で二度目となる凶行となる。
「あ…ええ゛……?」
薄パーカーの男は自分の胸部に目を落とす。そこに刃物が深々と刺さっており、血がぼたぼたと零れ落ちているのを見て、それが自分の身に起こってることを理解するのに時間を少し要した。
「お゛……前、マジ、か……………」
血の気が引いた顔になりながらもカイラに掴みかかろうとするが、カイラが勢いよく包丁を引き抜いたことで口から血の塊を吐いてしまい、動きを鈍らせる。
もはや反撃どころではなくなった薄パーカーの男は、よろよろと後ずさり、そのまま仰向けに倒れた。彼の胸部からは夥しい量の血が止まることなく流れ出ていた。
「は……え、え…?何だよ、これ………」
金髪長髪の男は、刺された仲間を見て目を盛大に泳がせて、思考も完全にストップさせていた。血を流して倒れた薄パーカーの男はさらに吐血して体を痙攣させたのち、やがて動かなくなった。刺さった箇所が重要な臓器だった為、出血多量ショックで心肺を停止させてしまったと思われる。
「う、嘘だろ………こいつ、殺し、やがった………………」
金髪長髪の男はそう呟いて地面にへたり込んでしまう。人の死に慣れていないらしく、腰を抜かしてしまっていた。
「はぁ、はぁ、はぁ………」
一方のカイラも平静を保てておらず、肩で息をするような呼吸を繰り返して、目の前に広がっている現実の把握に努めていた。
「……や、やっちまったんだな…また。これで、ブッ刺して、殺したんだ………俺は。
殺し自体に至っては、これで………三度目」
ブツブツとそう呟くカイラ、へたり込んだまま震えている金髪男、半ば放心状態の女性。三者がそうやって行動出来ずにいる中、強面の男が怒りの形相でカイラを睨みつけてながら近づいてくる。カイラに殴られ倒れた拍子に帽子は脱げ落ちている。
「この畜生が、よくも……!ぶっ殺す!!」
男の手にはポケットに収まるサイズのナイフが握られており、刃も出ている状態だった。
「お、おい!?止めとけって……!?」
「うるせぇ!舐めてんじゃねーぞごらぁ!!」
金髪の制止の呼びかけを強面の男は怒鳴り声で黙らせると、手にしてるナイフをブンブン振りながらカイラに襲い掛かる。それを目にしてようやく我に返ったカイラは回避しようとするが、反応が遅れてしまったせいで右腕を掠めてしまう。
「死ねやおらァ!!」
完全にキレた様子の相手は躊躇うことなくナイフで突き刺しにくる。カイラはボクシングのフットワークでナイフを見切って躱すと、まだ握りしめている包丁を相手のがら空きとなってる脇腹に突き刺した。
「あ………あ゛が……っ」
刺されたことで強面の男は数秒怯むも、反撃に出た。刺さった包丁が引き抜かれる直前、手にしたナイフをカイラの肩に突き刺した。
カイラは苦悶の表情を浮かべるが、相手のナイフを持ってる方の腕を掴んで、背負い投げもどきで相手を投げ転がした。
「………ってぇな。害悪しかまき散らさない腐りきったクズのくせによぉ……!」
怒り心頭のカイラは、倒れている強面の男の顔を何度も踏みつけて、最後に首部分を包丁で刺した。
「死ねよ、害虫が!!」
血が勢いよく噴き出てカイラの顔や服が返り血で汚れてしまう。
強面の男は何度か口をパクパクさせたのち、糸が切れた人形のように力尽きて、それきり動かなくなった。
薄パーカーの男に続いて、強面の男まで殺害してしまったカイラ。誰の目から見ても二人は死んでいるのは明らかだった。
路地裏のこの空間だけ、気温が下がったような気がしたのはカイラだけでなく、プラチナブラウン髪の女性も金髪長髪の男も同じ錯覚に陥っていた。
「……ふぅ」
相手の死亡を確認したカイラは、血や汗を手で拭って深いため息を漏らす。平気そうに見えるが内心動揺している。殺人はこれで三度目となるが、自分の手で人の命を終わらせることに対して何も思わない彼ではない。
たとえ気に入らない・ムカつく人間であろうと、自分で殺人を犯すことは何度やっても重く感じることだった。
「この感覚………あの時と同じかもな。親のパソコンや姉のゲーム機を勝手に使った挙句壊してしまった時の心情。
壊したことの爽快感の後にくる、壊してしまったことの後ろめたさ……。それと何か、似た感じだ」
血がべっとり付着した包丁の柄を握ったまま、カイラはふと子どもの頃に経験した思い出を頭の中に浮かばせる。他人から見たらそれは、殺人という異常な行為をした後にするような思考じゃないと、異常者以外の何ものでもないものだった。
「ひ、ぃ……。や、やりやがった…。殺しやがった………ふ、二人も!
ひぃ、ぇえええああああああ!!」
仲間二人の死体を見た金髪長髪の男はどうにか立ち上がると、カイラという殺人鬼から一秒でも早く、一センチでも遠くへ離れようといった気持ちで、路地裏を抜けて、悲鳴を上げながら逃げ去っていった。
「あ、まだ一人残ってたんだった。くそ、今から捕まえて殺すのは無理か………」
そう言ってからカイラは思わず口をつぐませる。自分は今、何を口走ったのか。逃げたもう一人の男をも殺さないと…と、自然にそう考えてついていたことに、自分がどれだけ異常な考えをしていたか、今自覚する。
「………まあいいか。あいつが警察に通報しようが、この許可証がある限り、俺は逮捕されないんだし」
ズボンのポケットの中にある「殺人許可証」に目を落としてそう独り言を呟くカイラだったが、体中の痛みに襲われる。顔の打撲傷、腕の掠り傷、肩の刺し傷など、おどれも放ってはおけない傷ばかりだった。
早く自宅で治療しないと…と路地裏から出ようとするカイラだったが、途中で足を止めてしまう。
「……ぁ………」
「………………」
男三人に襲われていたプラチナブラウン髪の女性がまだ路地裏に残っていることに気付き、カイラは彼女としばし見つめ合うのだった。