「あー………」
「ひ……っ」
カイラが何か声をかけようとした途端、女性は引きつった声を出して、距離をとった。肩をぷるぷると震わせてカイラに対する恐怖心を露にして、警戒心をむき出してもいる。ついさっき二人もの命を奪った殺人鬼が相手なのだから当然の反応である。死んだ二人が自分を強姦しようとした悪漢だったことでも、殺人は殺人である。
「………ぅ」
男三人に襲われていた恐怖からか、目の前で殺人が起きたことに対するショックからか、プラチナブラウン髪の女性は上手く声が出せない様子でいた。明らかに自分を怖がってることが分かったカイラは、彼女の扱いに困ってしまう。
このまま干渉せずに、無言のまま立ち去るべきか。怪我は無いか…など一応の身を案じる言葉をかけておくべきか。口封じとして彼女も殺しておくか……といった考えはすぐに破棄するカイラだった。
(「殺人許可証」がある以上、仮にあの女が俺の殺人を通報しようが問題にならない。無駄な殺しは必要無い。なんか俺のこと怖がってるみたいだし、声もかけずに立ち去る方が良いか……)
そう思い不干渉を決め込んで路地裏から出て行こうとしたカイラだったが、ナイフで刺された右肩の痛みで体がよろけてしまう。
「あ………」
肩を押さえて苦しそうにするカイラを見て、プラチナブラウン髪の女性はどこか心配そうに見つめる。止血が終わっていないことで傷口から流れ落ちてくる血を不快に思うカイラは、痛みにも堪えながら立ち上がって帰宅を急ぐことにする。
(ここまでいくとさすがに病院か?それだと金がかかるしなぁ……)
治療費がかかることを嫌ってやっぱり自分で手当てすることを考えていると、
「だ……大丈夫、ですか…?」
後ろからか細い声がかかった。思い当たる声の主は一人しかいない。カイラが振り向くとプラチナブラウン髪の女性が少しずつ近づいてきていた。彼女の服は乱暴に押し倒されたり手にかけられたりしたことで少し汚れているが、破れた箇所は特に見当たらなかった。
「それ、肩から血が………」
「ああ、まあ……さっきナイフでグサって刺されてたから……」
躊躇いがちに右肩を指差して話しかけてくる相手に、カイラは自嘲気味に返事して大したことないアピールをしようとするが、痛みが走ったことで顔を歪めてしまう。
「あの……肩を貸しましょうか?」
「いや、何とか一人で歩ける。それより、俺に近づいて平気なのか?俺がどんな奴かは分かってると思うが?さっきも、声かけたら怯えてたじゃねーか」
「あ……その、ごめんなさい」
「いいよ別に。あれが殺人犯に対する普通の反応だろうし。それと、あんたも早くここから去った方が良いんじゃねーか?このまま俺と一緒にいると殺しの共犯って疑われるぞ」
「それは、そうですけど………」
プラチナブラウン髪の女性は伏し目がちながらもカイラから目を離そうともしない。彼との距離をさらに詰めようともしている。
「あなたのこと、放っておけないって思って……。せめて病院に行く手伝いくらいは………いえ、それよりもまず、警察にバレないよう証拠の隠蔽を――」
「いやいや、何もしなくていいよ。俺が捕まることは絶対に無いから。というか俺なんかに関わろうとしてるけど、本当に平気なのか?」
さらに近づいて、体に触れられるところまで距離を詰めてきた彼女に、カイラは自分のことを棚に上げて不審げな視線を向ける。
「わ、私のこと…助けてくれたから。こ、殺しちゃったけど、あなたはあの下劣な男たちから、私を助けてくれました…。一緒に私を犯さないかってあいつらに誘われた時も、あなたは微塵もその誘いに乗る素振りを見せませんでしたし……」
「いやだってそりゃさ、あいつら俺の前でタバコ吹かしてたカスだったし、敵にしかならねーよあんなゴミクズども」
カイラが不機嫌そうにそう答えると、彼女はきょとんとする。
「た、タバコですか……」
「この世のヤニカスは全員苦しんで死ねばいい。何なら連帯責任として喫煙者も全員死ねばいい。副流煙は人体に害だ。ガチのスポーツ選手を止めた俺だけど、その考えは今も変わってない。俺の体に有害物質が入るのは許されねー」
「あなたは、スポーツ選手だったんですね……」
「まあな………って、どうして身の内をこんなところで話してしまってるんだ…」
いつの間にか自分のことを少し話してしまってることに気付いたカイラがぼやいていると、彼女は小さく笑った。
「とにかく、早く帰らないと。ここジメジメしてて暑いし」
「そうですよね……足を止めさせてしまってごめんなさい。それと、私も付いて行って良いですか?病院への付き添いとかも……」
「え?というか病院には行けないんだよなー。金が全然無いから」
「それなら、私が治療費を出します。助けてくれたお礼として……」
殺人を犯したカイラから逃げるどころか肩を貸してくれるプラチナブラウン髪の女性に、カイラは戸惑いつつも肩を借りることにした。
病院の診察時間にギリギリ間に合い、負傷した右肩や腕、蹴られて腫らした顔の治療をしてもらったカイラは、プラチナブラウン髪の女性に治療費を支払ってもらった。
これで二人は別れて終わり…かと思いきや、彼女はカイラから離れようとはしなかった。
「なぁ、治療費の肩代わりをしてくれたことに対する礼はもう言ったし、お互いもう用は無いと思うんだけど……」
「あの、家……あなたの家に行って、良いですか!?」
突拍子にそんなことを言われて、カイラは益々混乱する。
「はぁ?どうしてそうなるんだよ……」
「あの、私……
上目遣い…やや潤んだ瞳でそうたずねてくる彼女…彩菜は、カイラから見ても美女として映っている。今のところは自分を病院まで連れてくれて治療費まで肩代わりしてくれた善人でもある。
そんな彼女を邪険に出来ないということで、カイラは彼女を自分の部屋に上げることにした。