「神の、ような……」
カイラの説明を、彩菜は半ば呆然とした様子で聞いていた。カイラは「殺人許可証」を神のような物だと持ち上げて紹介したが、所有者以外の人間たちにとっては、悪魔のような物にしかなり得ない。
「……。路地裏で殺した下劣な男二人の件も、例外に漏れず無罪が通るということに、なるんですね」
「その通り。だから俺はあの時、絶対に捕まらないって断言したんだ。けど捕まらないとは言ったけど、警察がここに来ないとは言ってない。今日か明日にでも捜査をして、俺が犯人だという事実に辿り着けば、ここを訪ねてくると思う。そこにこれを見せてやれば、あいつらは俺を捕まえることが出来ずにすごすご帰っていく…ていう流れになる」
「す、凄い…そんなことが、現実に起こるなんて……。あ…でも、桐山さんは大丈夫でも、私は……きっと警察に………」
「ああ、そうか。事情聴取させられそうだな。けどあんたは誰も殺してなんかいない。だったら無事に済むだろ。何なら俺が証人になっていい」
「はい、そうなると思います。今日のことをまた話すのは、凄く嫌ですけど、桐山がいるなら安心出来ます………」
彩菜は嬉しそうに微笑んだ。
「ちなみに今回のは初めての殺人じゃねーんだわ。これで三回目の殺人。先月くらいに二回人を殺してる。合わせると三人殺した」
「そ、そうだったんですね……」
目の前にいる男が連続殺人犯であることに、彩菜はまたも驚いてしまう。
「一度目の殺人は……。
そして二度目は………」
さらにカイラは一度目と二度目の殺人の一部始終も話した。彩菜はそれらのことの顛末にまた驚いてしまった。
しかし驚くだけで、彩菜は特に何か言ったりカイラを異常者として見ることはしなかった。
それから会話は途切れてしまい、沈黙がしばらく流れた。座布団に座ったままそわそわし始める彩菜を見て、カイラも話の続行に困ってしまう。
(あれ…?結局この女が今の話についてどう思ったのか、まだはっきりしてねーじゃん。聞いてみるか?俺から聞くのもなぁ)
話を切り出すかどうするか迷いながら、カイラは飲み物のおかわりを汲みにキッチンへ移動する。彩菜にお茶を出したところで、これでは彼女とまだ話がしたいということになってることに気付いてしまい、仕方なしと話を振る。
「あのさ、あんたは今の話を聞いて、どう思ってんの?」
そう尋ねられた彩菜はしばらく沈黙していたが、やがてつぐんでいた桜色の唇を開いて答えはじめる。
「……素直に凄いと思いました。今でも驚いています。世の中にそんな非科学的で非現実的過ぎる効力を持ったカードが存在してることに」
「え…まあ、確かにそう思うんだろうけど。俺が聞きたいのはこのカードに対してどう思ったのかとかじゃなくて、このカードを嬉々として行使している俺…人を殺しまくってる俺のことをどう思ってんだ?」
「桐山さんの、こと……」
「軽蔑したか?怖くなったか?狂った奴だと思ったか?そう思ったんなら、すぐにここから出てってくれていい。二度と俺に関わらないようにすればいい」
カイラは彩菜の答えがマイナスなものばかりだと予想していた。さっきカイラに危険は無い人と答えた彼女だが、今のやり取りでその考えは変わったのではと思わずにはいられないカイラだった。
ところが彩菜の答えは、カイラの予想しないものとなった。
「桐山さんのこと、怖いとか最低とか思ったりしません。殺人の動機はどれも変わったものだなぁって思ったけど、別にあなたから今すぐ逃げようだなって思いません」
「マジで?自分で言うのもなんだけど、俺相当ヤバい殺人鬼として見られてると思ったんだけど」
「でも、あなたは私を悪漢たちから助けてくれましたよね?」
「いやそれも意図して助けたわけじゃなくて、俺に煙を吹きかけてきたヤニカスどもに腹を立てたからぶん殴りに走っただけなんだけど…。あの時は頭に血が上り過ぎてて、あんたを助けることとかに気が回らなかったし」
「それでも……桐山さんがあの時あの下劣な男たちに暴力を振るって行ったことで私が助かったという事実に、変わりありません。あなたは私の恩人なんです…!」
「………」
カイラはまたも困ってしまう。どれだけ言葉を交わそうと、彩菜の中でのカイラは美化されているようだった。自分の身にかかろうとしていた危機から救ってくれた恩人であると。自分の恩人である以上、その人が殺人鬼であってもそれは些末なことと捉えているようだった。
(俺が言うのも何だろうけど、自分のこと棚上げにしてるのは重々承知なんだけど、それでも思わずにはいられない……。
この子、どこかおかしい……!)
目が合うとポーっとした表情でカイラに微笑みかけてくる彩菜に、カイラはやや引きつった笑顔で応えつつ内心そう思った。
同時に少々浮かれた気分にもなっていた。カイラにとって同年代の異性と直に会話するのは随分久しぶりのことだからだ。
それこそ大学のゼミ生の頃以来のことで、働きに出ていた頃は周りのほとんどが同性の男、それも中年ばかりだったから、こうやって年が近い異性と会話するだけでも、カイラは心をときめかせていた。
加えて真部彩菜は一般的な視点からでも可愛い女子に部類される見た目をしている。プラチナブラウン色の髪が伸びた頭、形の良い二重目と薄紫色の瞳、整ってる鼻梁、実年齢よりもあどけなさを感じさせる顔。
首から下も出るところが出ている体つきをしていて、痩せている割には胸がたわわに実っている。
一つ気になる点があるとするなら、彼女が着てる服が全体的にロリっぽい衣装なことくらいだ。
(いや、まぁ……今まで会ってきた女の子の中で、彼女はトップクラスと言っていいレベルだ。よくよく見れば凄く可愛い子だな。服装と感性はだいぶ変わってるけど)
カイラが相手の可愛さを改めて実感していると、彩菜は彼にさらに興味を示す素振りを見せてきた。
「あの……よければなんですけど、桐山さんのこと教えてくれませんか?あなたのことが知りたくなりました」