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3章…第4話

「まず、セキュリティがしっかりしてること。それから…築浅でバス・トイレは別。1LDKのフローリングで駅から徒歩5分」


モネが聖也と2人で出かけることが面白くなくて、突然有休を取った俺は、ダメ元で大学近くの不動産屋に行くという2人に同行した。


とりあえず本人の希望を担当者に伝えたところで、モネがソワソワし始める。


「ねぇねぇ…大学のそばなら、駅チカじゃなくていいんじゃない?」


「えー…そうかなぁ」


「それにセキュリティだって…男の子なんだから、何かあったら戦いなさいよ!」


「んー…」


母親みたいに口出しを始めたモネ。

聖也は反論はしないものの困惑気味だ。


弟みたいに思ってる、と言っていたが、その通りのかまい方に笑みがもれる。



「…とりあえず、現実見せたら?」


聞いていた限りでは、今聖也が言った条件に合致する物件など0件だ。


少し声のトーンを落として言う俺を、モネは眉を下げて見上げる。



「うん…でも、早くアパート決めないと、吉良に迷惑かけちゃうよ…」


俺の心配か…?

そんなこといいのに…と思いながら、端々に嫉妬がバレてるのかと、少し落ち着かなくなった。



「そんなのいいよ。聖也くんにとっては、これもいい経験なんだから」



大学入学を期に、俺も一人暮らしを始めたことを思い出す。

俺の場合、物件探しに付き合ってくれたのは鬼龍だったっけ。


真面目に担当者と話す俺の横で、適当なことばっかり言ってふざけられて…その後契約した部屋が、あいつらとのたまり場になったのは言うまでもない。


そういえばあのアパートは、今どうなっているのか。


そう思ったところで、ひとつ思い出が蘇って…俺は今考えたことに蓋をした。



「そういえば、1回だけ行ったことあったなぁ…」


「…ん?」


「うちの近くに引っ越してくる前に住んでた吉良のアパート…」



見ていれば…少しずつ頬が染まるのがわかる。


「…赤いな」


「やめて…!」


両手で自分の頬を挟んで、下を向いたモネが思い出しているのは、多分あのこと。


俺だって、モネとのあの日を忘れたわけじゃない。


初めて互いの体に触れ、繋がった日。どこもかしこも白くて柔らかい体に、俺の手も唇も熱くなって…やけどしそうだった。


恥ずかしがる姿に、信じられないほど昂って…夢中になった。

溺れるほどの快感に、全身がしびれた。


繋がった喜びと愛おしさは人生で初めて感じるもので、俺はモネを一生大切にすると誓ったんだ。


それなのに今は、どうしてあんなところでモネとの初めての夜を過ごしたのか…と、自分を呪いたくなる。


その理由を…頬を染めるモネは、まだ知らない。




「…やっぱ全部の条件を叶えるのは無理みた〜い」


数枚の紙を持ってヒラヒラしながら、こちらにやってくる聖也。


「でも何軒か、大学近くの物件で空いてるとこあるから、見に行くことになったんだぁ」


聖也の手にあるヒラヒラ舞うそれを、俺は無意識に手に取った。


まさか…あの時のアパートが紛れてるんじゃないかと…若干の不安を抱えて。




「あ…吉良、ここ」


俺の手元を覗き込むモネが閃いたように言う。


「あぁ…」


常盤コーポ…と書かれた築30年の古びたアパート…

俺が住んでいたアパートの隣に建つ、ファミリー向けの物件だ。


じわりと...背中から冷たい汗が伝う。



「あっここには行かないよ!広いけど古いし…畳の部屋があるとか絶対無理!」


畳の部屋…俺が住んでいたアパートも、和室とキッチンの1Kだった。


聖也の希望と違いすぎるから、そこへ案内されることはないとわかってホッとする。



「…吉良、顔色悪いみたいだけど、大丈夫…?」


モネが俺の変化に気づいて、無意識に手を握ってきた。


さっきから指先がどんどん冷たくなっているから、触れたらその温度がバレる…。


「大丈夫…。ちょっと…薄着したかな」




そこへ担当者が、車の準備ができたから…と、俺たちを案内してくれた。


車に乗り込んで連れて行かれたのは、どれも古びたアパートばかりで、聖也のテンションはダダ下がりだろう…




「うーん、条件を取るか、近さを選ぶか…」


悩んで出した答えは、条件だったらしい。


そこで、大学の最寄り駅から5つ先のターミナル駅に降り立ち、そこで改めて物件探しをすることになった。


…………


次の不動産屋に行く前に、とりあえず食事を取ることにする。


地方から出てきたばかりの聖也に、食べたいものを聞いてみたが、意外にも最近オープンしたばかりのお洒落なカフェに入っていくので、モネと顔を見合わせた。



「ねぇ…聖也って、東京によく遊びに来てたの?」


モネが不思議そうな顔で聖也に尋ねると、かじったハンバーガーから垂れた白いソースを舐め取りながら笑った。



「まぁ…少しはね」


笑う聖也の顔が、妙に大人っぽく見える。

モネはそんな顔には気付かないらしく、少し悔しそうに言った。


「こんな流行りのお店、私1人じゃまだ気後れして入れないのに、聖也はちゃんと知ってるし…なんか慣れてるんだね」


自分が守ってあげるはずの聖也が、意外と都会慣れしていると知って、ショックを受けているのか…?


「情報は地方でも入るだろうし、知っててもおかしくないだろ」


別にかばうつもりはないが、聖也はただニヤニヤしているだけなので、俺が少しフォローしてやる。


「そうだけど…そうだよね…うん、そうだ」


モネの言い方に笑ったのは、俺の前に座った聖也も同時だった。


「素直だなぁ…モモちゃんって、悪い男に騙されたことない?」


「…大学で?やだ!あるわけない」


「モネは1年生の終わりには、俺と付き合ってたからな」


だから変な男に引っかかるはずはない。…騙されるわけないと言いたかった。


「…じゃあ…悪い男だった吉良さんを調教しちゃった感じか…」



あまりにも自然にそんなことを言うから、俺は心臓が止まりそうになる…


「こんなに純粋で素直だったら、どんなに悪くても、改心するよね?」


頬杖をつく裕也の、右手の指先が遊んでいるのを、俺は微動だにせず…眺めていた。


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