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3章…第3話

「今日はね、早速不動産屋さんに行ってみようと思って…」


3人で食卓を囲みながら、モネがフルーツヨーグルトを手に、俺に向かって言った。


「大学のそばにアパートを借りるつもり?」


つられて俺もフルーツヨーグルトに手を伸ばしながら、モネと聖也を交互に見た。


「俺はぜひともそうしたい!やっぱほら…大学といえばコンパじゃん?飲み会明けの朝も、ダルさなく大学行けるのは…やっぱ近場っしょ?」


「…」


…甘いな。甘すぎる。

気づかれないように、そっとため息をもらした。


聖也もそうだが…ヨーグルトも甘すぎる。


モネ…ハチミツを入れすぎただろ。



「甘くて美味しいね!」


俺もヨーグルトを口に運んだのを見て、モネは満面の笑顔をこぼすから、俺だってつられる。


「うん、すごくうまい」


スプーンですくったカットフルーツが、ちゃんと切れていなくたって…それがモネのやらかしなら可愛い。


朝から甘すぎるのは、ヨーグルトでも聖也の発言でもなく…俺が1番だな。



「あれ?…なんの話だっけ?」


モネはすべての甘さに気づいていないらしい。

ヨーグルトも俺も、聖也の甘さにも?



「正直、3月のこの時期、大学そばのマンションに空きはないと思う」


「…え〜…」


不満そうにつぶやきながら、聖也もヨーグルトを食べる。


思わず「あまっ…!」と、顔をしかめないかと反応を待ってしまった。


それなのに…


「もぅ…!モモちゃん?フルーツがちゃんと切れてないよぉ?…まったく…やること可愛すぎるぅ!」


聖也がテーブルの向こうから人差し指を伸ばして、モネの鼻をチョンっと弾いた。


横目でそれを見る自分の目が険しくなるのがわかる。


「あ…れ?ごめん…ちょっと慌てて切ったからかなぁ…」


いや。

モネが食材を切れば、9割ちゃんと切れていない。


でもその不格好な食材たちが可愛くて愛しくて、文句なんて出るはずはなく、心の中だけで愛でていたのに。



「このぉ…!」


立ち上がってモネに手を伸ばした聖也が、何をしようとしているのかわかった。


鼻をつまもうとしてるんだろ。

この小作りで可憐な鼻を。


瞬間的にモネの座る椅子を後ろに引く俺。聖也は急に距離感がバグり、伸ばした手は何も掴めずバランスを崩してテーブルに着いた。


「俺も行こうかな」


同時に、そう言った自分の言葉に自分で驚いた。



………


「とりあえず、進められるところまでやっといて。報告は明日受ける。どうしても迷ったら、プラベの携帯に連絡な?」


『わかりました…けど、綾瀬マネージャー、急に有休取るって、大丈夫ですか?』


「あぁ…体調が悪いとかじゃないから、大丈夫だよ。それより、歩が今日のリーダーだからな?頼むぞ」


『アイアイサーです!では1日、ごゆっくりお過ごしください!』


「ありがとう」


寝室でスーツを脱ぎながら、部下の歩と、ハンズフリーの通話を終えた。


ふと気配を感じてドアを開けると、すぐそこにモネがいる。


複雑な表情。いったいどうした?


「なに…?入ってくればいいじゃん」


「仕事の…電話みたいだったから」


「うん。有休取るって部下に連絡してたの。聞こえたろ?」


うん…と言いながら、まだ表情が晴れない。


「…聖也、支度できたって」


話を変えて離れようとするモネを、俺が離すわけないだろ。


ベッドの脇に腰掛けて、膝にモネを乗せて正面から見つめる。



「電話で話してたのが女性だったから、嫌だった?」


「違う…!さすがに仕事だってわかってるもん」


下を向くモネの長いまつ毛がバラ色の頬に影を作っている。


見つめたままモネを呼ぶと、ゆっくりまつ毛が動いて、黒目がちの大きな目が俺をとらえた。


本当に可愛いと思う。


…この4年、よく誰にもとられなかったものだ。

実際、知らないところで狙われてはいただろうが、モネは相手にしなかった。

…というか、男たちの下心に気づかなかったというのが正しいかもしれない。


一途で健気で、ちょっと抜けてるけど純粋で、穢れを知らない女神…

なんて思ってることがバレたら、さすがに引かれるかもな。



「アユミって、呼んでたから」



じっと見つめて(見惚れて)いたら、素直に話す気になったようだ。


「アユミ?…あぁ…歩ね。あいつは俺の直属の部下で、仕事に厳しくてチャラチャラしてないめずらしいタイプの女子社員で…」


「…なんで、下の名前で呼ぶんですか?」


「…ん?」


珍しく、黒目がちの大きな瞳に小さな怒りが宿って見える。

緊張したり、ちょっと大きく感情が揺れると、モネはいまだに敬語になるんだよな。



「…だって苗字がすごいんだもん」


「苗字がすごいって、そんなの…」


「郷田之森。電話で話してた女子社員の名前は、郷田之森歩」


「ごうだのもり、あゆみ…?」


「初めて漢字で名前を見たときは、どこまで苗字でどこから名前かわからなかったわ」


クスッと笑顔がこぼれるモネ。

おでこをくっつけて、説明をたしてやる。


「いちいち『ごうだのもり』って呼ぶのもめんどくさいだろ?『ごう』とか『ごうだ』って勝手に短くするのもなんだし、結果、歩って名前呼びに落ち着いたわけだ」


「そ…そっか。変なヤキモチ妬いてごめんなさい…」


「全然。くっそ可愛いと思うだけだ…」


可愛いと思えば当然…ふっくらした唇に、たまらなく口づけたくなる。


チュッと触れた瞬間、俺の胸に甘い何かが落ちてきて…もっと深く繋がリたくなって、顔を傾けた。


次の瞬間、寝室のドアがバーンっと開いて「2人だけで甘くなるのやだぁ!僕も混ぜてよぉ」と鼻にかかった聖也の声がすべてをぶち壊した。


…そうだった、ここには聖也もいるんだった。



「あぁ…すぐに行くから、靴履いててくれる?」


「えぇ〜…?吉良さんスケベだから時間かかりそうだなぁ?!」


…かかんねぇよ。

とりあえずモネがトロンとした目で赤い顔をしてるから、それを見せたくないだけだ。クソガキが…!


「大丈夫。すぐ行くよ」


内心で毒づいたことは隠して、聖也を追い払うことに成功した。


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