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3章…第6話

帰宅してみると、聖也はリビングのソファに寝そべってスマホをいじっていた。


早速「ウサギゴリラ」のキミちゃんの話をするモネ。


「覚えてるでしょ?キミちゃん!聖也が小学生のとき、一緒に夏祭りに連れっててくれたお姉さんだよ!」


「うん…覚えてるよぉ」


「聖也に会いたがってた…って言うか、もしかしてキミちゃんに迷惑かけてない?…改めて会いたいって言ってたけど…」


「え?なにそれ…会いたいって俺に?」


やり取りをずっと眺めながらコーヒーを落としていたが、そのひとことを言った聖也に、若干の違和感を抱いた。


目尻も眉も下げて、モネに甘い顔しか見せなかった聖也が、別人みたいに険しい顔になったからだ。


「…うん。だから、連絡しなよ?…っていうか、今度ここに遊びに来てもらおうかな」


「…ダメだよっ!」


突然大きな声をあげるので、モネが驚いて身を引いている。


2人の前にドリップしたコーヒーを置き、モネの隣に座った。



「なんかやらかしたのか?聖也くん」


「…は?」


モネが選んだスモーキーブルーのカップから、立ち上るコーヒーの香り。

俺はゆっくりひとくち飲んでから続ける。



「会いたくないみたいだから。キミちゃんに」


モネは俺と聖也を交互に見つめ、聖也の次の言葉を待っている。



「あ…イタタ…」


突然お腹を押さえる聖也。

モネは何ごとかと急にうずくまる聖也の肩に手をかけた。


「…なに?聖也、どうしたの?」


「急に…お腹痛い…今日はもう…寝るね…」


…そういう逃げ方か。

俺は初めて年齢相応の聖也を見た気がして、つい口角を上げてしまうが…モネは明らかにうろたえている。



「…お腹?何か悪いもの食べたのかな…それとも食べすぎ?…お腹の風邪?」


立ち上がる聖也に肩をかそうとするので、俺は素早くそれを代わった。


…脇腹のあたりを抱えてやると、細いウエストには、まだ成長の兆しがあると感じる。


「す…すいません、吉良さん…」


「いいよ」


ウエストだけじゃない。

全体的に成長しきっていない危うい体。いや、心だってそうだろう。


部屋の前まで聖也を連れていきながら、体の側面で感じる聖也が、当時の自分自身と重なった。


18歳、高校を卒業したばかりの俺も、足元があやふやな場所に立っていた。


そこには、ちゃんとバランスを取れるようにと願う、モネみたいな優しいお姉さんはいなかったし…深い闇しか見えていなかったと思う。


…………


「…大丈夫かな。おかゆとか…作ってあげようかな…」


心配そうに眉を下げて、モネは聖也が眠る部屋を何度も見ていた。


「お腹の不調なら、かえって食べさせない方がいい。胃腸を休ませる意味でな」


「…あ、そういうものか」


それなら水分だけでも…と、白湯を沸かし始めるモネ。


…本当に、聖也は恵まれている。


実家にいる時、体調を崩した俺を気遣う人はいなかった。

俺も具合が悪いことを隠して学校に行ったし、気付かれないようにしていたせいもあるが、モネのように心配してくれる身内がいたら少しは変わっていたかもしれない。



…白湯を届けて、モネは少し安心したらしい。


2人で夕食の準備をしようと誘いかけると、可愛らしい笑顔でうなずいた。



「今日は簡単に、ハンバーグとサラダ、それから…」


冷蔵庫の中身を一緒に覗き込むモネを見たのは、もう一品が思いつかなかったから。


「おにぎり…?」


玉子を指さして言うモネに思わず笑ってしまう。

おにぎりが定番なのはわかる。

でもまさか…ゆで卵を具にする気ではないだろうな…!


「冗談…!サラダは、たまごサラダを作ろう」


「いいよ…!」


たまごサラダとは…なんと可愛いタイトルだろう。

どんなサラダになるのか楽しみだ。


きっと近いうち、味付けゆで卵がおにぎりの中身として出てくる日も近いと、俺は確信を持った。



危なっかしい手つきのモネに注意しながら、玉ねぎをみじん切りにすると、横にいるモネが泣き出す。


「なんで吉良は平気なの?」


「…なんでだろうな?」


「吉良ばっかり強すぎ…」


抱き寄せたのは、洗いたてのエプロンの胸元で涙をぬぐってやるため。


赤くなった顔を見ながら、ハンバーグのタネをこねた。


思いついてハート型に形成する。

教えないで焼いてみれば、モネの瞳もハートになった。


香ばしいハンバーグの匂いにつられて、聖也が部屋から出てくるんじゃないかと、俺は思っていた。



「たまごサラダもできた!」


テーブルに出されたのは、ひとくちサイズにカットした野菜たちの上にこんもりと乗る、みじんに刻まれたゆで卵…


これ…食べにくいぞ。w


「上手くできたな。…マヨネーズをかけるとさらにいいかも」


俺のアドバイスに、モネは素直にマヨネーズをかけた。




「聖也、キミちゃんに何か迷惑かけたのかな…」


食べながら、モネはふう…っとため息をついた。


「キミちゃんって、兄弟いるの?」


「うん。聖也と同い年の妹。…そういえば妹、どうしてるかな」


情報を聞き出し、もしかしたらその妹が関係しているかもしれないと思ったが、まだモネには言わない。




匂いにつられてリビングに来るかと思っていた聖也は、結局来なかった。


少なめだが、聖也の分を作っておいたのはモネのたまごサラダも同じ。


…まさか本当に具合が悪いんじゃないだろうな…


本気で心配になったのは、後片付けを終えてから。


モネを先に風呂に入れて、ちょっと部屋を覗いてみようと思う。

その様子では、キミちゃんとの間に何があったのか、聞いてみてもいいと思っていたのだが…




…カチャン、という音が聞こえた。


モネが風呂に入ったので、ちょうどテレビを消した直後だった。


聞き慣れたその音は、玄関が閉まる音だと、俺の耳は簡単に判別する。


まさかと思いながら、聖也の眠る部屋を覗いてみると…


ベッドは空になっていた。


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