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3章…第10話 Side.モネ

柔らかなベッドで、後ろから伸びる大きな手に起こされた。


あ…っと思った時はもう遅い。

胸元を楽しそうに這う手に、思いがけない声があがる。


「あ…の、朝イチで行くんでしょ?シャワー…浴びないと」


「ん…昨日浴びた」


なんでもないことのように言うのはいい。でも…また再燃を予感させる背後の熱は、なに?



…昨夜のことを、あまり覚えていない。ただ吉良の吐息と、低い声と、ぶつかる体の音。


「…ん…っ…やんっ!」


思わず出た悲鳴のような変な声に吹き出す後ろの人…でも動きはとまらず、ふふ…って妖艶な声だけ聞こえる…




「モネはゆっくりバスタブに入りな。お湯は張っておいたから」


ベッドで伸びてる私の横で、着々と支度をしていく吉良。


しなやかな筋肉に覆われた綺麗な体が、焦げ茶色のスーツに隠されていく。


少しの間洗面室に消えたと思ったら、髪を整えて出てきた。


「大丈夫か…?…ん?」


まだ起き上がれない私に、ちょっとだけ下げた眉が、昨夜のことを反省していると知らせてる。


反省してください。やりすぎです…


「…寂しい」


こんなときは思い切り甘いことを言っても許されるよね…


スーツの吉良は殺人的にカッコいい。そして情事の後だからか、色気もすごい。その色気に一役買ったなんて…嬉し…!


「マジでやめて。出張行けなくなる…」


覆い被さって深い深いキスを落とされて…「やっぱもう1回…」って言われた時は、さすがに無理して起き上がった。


嫌だったわけじゃないけど、遅刻させちゃいけないから…!



…ドアが閉まるギリギリまで笑顔を見せてくれた吉良。

パタン…と閉まってから、慌てて窓辺に寄ったのは、ホテルから出てきた吉良を上から見つけられるかなって思ったから。


…ムリムリ。

エントランス側じゃないし、はるか下でうごめく人たちは、思ったより小さい。


でも…あの小さく見える人たちの中に吉良が混ざるのかと思うと、ついついジッと見て、探してしまうんだ。


行ってらっしゃい…無事に帰ってきてね、と…心の中で祈りながら。



………


言われた通りホテルのお風呂を満喫して、吉良の着てた服をバッグに詰め、マンションに帰ってきた。


皆…いるのかな。


昨日はすぐに連れ出されたおかげで、皆の今日の予定を聞いてない。



「ただ…いま…です」


控えめに声をかけると、意外に大きな声に出迎えられた。


「おー帰りー!」


キッチンから顔を覗かせたのは、憂さんと鬼龍さんだ。


「聖也くんは錦之助が付き合って、物件探し行ったよ」


鬼龍さんがフライパンを振りながら教えてくれた。


「もうすぐできるから座ってて!鬼龍の特製チャーハン!」


そういえばいい匂いがする…!




「聖也くんって、やっぱちょっとモネちゃんに似てるね?」


3人でチャーハンを食べながら、鬼龍さんが言う。


「そう、ですね。私も聖也も母親似なのか、従兄弟の中でも特に似てるほうです」


だから変な心配はいらないのに…

思った途端、憂さんが口を開いた。


「吉良の心配は普通よ?…知ってる?従兄弟って結婚できるって」


「…え、そうなんですか?」


「日本の法律で禁止されてる近親者の結婚は3等親まで。従兄弟は4等親に当たるから、問題ないわけ」


鬼龍さんの言葉に頷きながら、そんなこと意識したことがなかったので、初めて知ったと告げる。


「だから、当然まちがいだって起きて不思議はないの。それに聖也くんって、しっかり大人だもんね?」


「…え?」


どういうことか分からずポカンとすると、憂さんの肩を、鬼龍さんが強めに叩いた。




「それよりさ、モネちゃん知ってる?…この憂に、恋人らしき女の子ができたの」


「…えぇっ…?!」


憂さんと鬼龍さんと、今回は来ていない椎名さん。

その3人が吉良の幼なじみで悪友で親友。


椎名さんはモデルという仕事柄なのか、華やかで捉えどころのない印象。


鬼龍さんはいい意味で普通っぽいけど、椎名さんや憂さんと仲良しなんだから、きっと一筋縄ではいかない人なんだろう。


そんな中でも憂さんは一番遊び人っぽい雰囲気。

夜の怪しいムードに溶け込めちゃうって、私でもわかる。


そんな憂さんに恋人…?



「なになに…?そんなに意外?俺だって吉良みたいに、何も見えなくなるほど夢中になる女の子に出会いたかったわけよ…!」


「で…出会ったと?」


いつの間にかチャーハンを口に運ぶのを忘れ、スプーンを握りしめてた。


遊び人の憂さんが幸せになるとこ…見たい!


「まぁ…まだ片思いじゃないの?なぁ、憂」


ふふ…っと鼻で笑って確認を取る鬼龍さん。

ほんの少しのため息が、らしくない真剣な思いを垣間見せた。


「お嬢さますぎてな。…皆目見当もつきません…」


テーブルに突っ伏した憂さんを鬼龍さんが笑うので、私もつられて笑いながら口を開いた。


「いつか私にも会わせてくださいね!楽しみにしてます」


それは真剣な恋を実らせて欲しい、私からのエール。


ランチの時間は、思いがけず楽しく過ぎていった。




遅いな…と思っていたら、夜になってようやく帰ってきた錦之助と聖也。


「…ったく、こいつ信じらんねー」


珍しく錦之助が吠えてる。

聖也が何かしたのかと、心配になって2人を交互に見つめた。


「いや、だから…あれは仕方なかったんっすよ…」


劣勢の聖也を見つめ、何があったのか問い詰めると、聖也ではなく錦之助が話しはじめる。



「ウサギゴリラ…っていう雑貨屋に付き合ってくれって言われて一緒に行ったんだけど…」


錦之助の話によると、そこでキミちゃんに会った聖也は、相当叱られたらしい。


「理由は、オーナーさんの妹に告白されて、気持ちもないのに体だけいいようにしちゃったから…らしい」


「…え?聖也、ユミちゃんとそんなことになってたの?!」


私が詰め寄ると、聖也は知らない人みたいな顔になって、こんなことを言った。


「あーあ…キミちゃんに謝りに行けば、いろいろ内緒にしておくって言ってたのに…吉良さん嘘ばっか」


「なに…言ってるの…?」


言葉が続かない私に代わって、錦之助が続ける。


「オーナーさんに叱られまくって、こいついきなり吉良先輩の名前出して…あの人にやっちゃえってそそのかされたって言ったんだよ」


そんなわけない。

吉良とはここで会ったのが初対面だ。


「まぁオーナーさんは信じなかったけどね?…そしたらこいつ、一目散に逃げ出してさ」


反省もクソもないわ…と、錦之助は呆れ顔になった。




「…なるほどねー…」


「こりゃお仕置きしないとなー…」


黙って話を聞いていた憂さんと鬼龍さんは、悪そうな微笑を浮かべ、両側から聖也の肩を抱いた。


「…な、なんっすか?」


「いいから、行こっか」


「トイレだけ済ませといて。しばらく身動き取れなくなるから」


「…えぇっ?」


何をする気だろうと不安になったけど…吉良を巻き込もうとした聖也には、私も腹が立った。


だからすべて、2人に任せることにしたのだ。


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