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4章…第8話

「ただい…」

ま、を声に出さなかったのは、部屋の明かりがすべて消えてたから。


あれ…吉良も遅いのかな。

残業、それとも飲み会?


慌てて携帯を確認すると、吉良からのメッセージは一言「わかった」だけ。


…ということは、帰ってるのかな。


もしかしたら脅かそうとして隠れてる…?なんて呑気に思いながら、足音を忍ばせてリビングに入ってみたけど、すべて明かりが消されてるし吉良の気配もしない。


…お風呂にもトイレにもいない。


ということは寝てるのか…

だとしても、ずいぶん早い就寝だな。

いつもならソファに寝そべって、日付けが変わる頃まで動画見たりしてるのに。


もう寝てるなんて…具合が悪いんじゃないかと心配になった。


そっと寝室のドアを開けて様子を見ると…

こちらに背中を向けてベッドに横になった吉良の姿を確認できた。


きっと疲れて、早々に寝ちゃったんだ

…とりあえず姿があって安心して、起こさないようにそっとドアを閉めた。





お風呂に入りながら、今日1日を振り返る。


佐川さんからの電話を受けた時は血の気が引いた。

でも、添島先輩がいてくれたから、本当に助かった。


初めて任された取引先でミスをして…初めは悔しさでいっぱいだったけど、今は先輩のおかげで取引先への迷惑が、最小限ですんでよかったと思う。


今後はもっと気を引き締めて仕事に取り組もうと思えたのも、添島先輩のおかげだ…。


反省と感謝が終わる頃には、ちょうどよく疲労もお湯に溶けていった。

さてあがろうと思ってバスタオルを手に取った時…気がついた。



「パジャマと下着、寝室だ…」


さっき吉良の様子を見ただけで満足して、うっかりなにも持ってこなかった。

また寝室に入って着替えを持ってくるなんて…せっかく気持ちよく寝てるのを起こしちゃうかも…


他になにか着るものはなかったかと、あちこちの棚を開けてみた。


「あった―…っ」


吉良のT シャツ…それから、思い出した。


吉良の下着は遅くに帰宅することもあるからって、脱衣室のここにも少し置いてある。


…借りちゃおっかな…。


まさかTシャツ1枚で吉良の隣に潜り込む勇気はない…見つかったら「誘ってる」とか思われちゃう。


「そ、それで、はしたない…なんて思われたらショックで立ち直れない…!」


そんなこと思われるくらいなら、吉良のパンツはいちゃう!

黒で統一されたボクサーパンツを1枚取って、身に付けてみた。


ウエストも足が出るところもブカブカで…結構変な格好だけど、もうそんなこと言ってられない!


無理矢理納得して、私は寝室へと急いだ。




さっきと変わらず、吉良は背中を向けてる。


ベッドに入ったら起きちゃうかも…と思いながら、実はちょっと目覚めてこちらを向いてくれないかな…なんて思ってる。


でも吉良は全然起きなくて、向こうを向いたまま。

私は隣に仰向けになって、吉良がかけてるタオルケットの余りを、遠慮がちにお腹にかけて…目を閉じた。



いつの間にか、季節は夏になっている。暑いけど、ちゃんとクーラーがかかってるから…いつも抱きしめてくれる吉良…


いつの間にか、吉良のぬくもりがないと安眠できない自分になってる。

目を閉じたのに眠くならないから、私はそっと横向きになって、その大きな背中に両手をくっつけた。


「吉良ただいま…おやすみなさい」と小さくささやいて、やっと安心した…と思ったのに。


急に大きな背中が動いて吉良がこっちを向いたので、驚いて小さく叫んでしまった…!


「ずいぶん遅いな…」


至近距離で聞こえる声に怒りが混ざってるのを感じる…

え、なんで?そんなに遅かったかな?心配かけちゃったのかな…


「あの、今日はミスしちゃって、残業で…その」


「駅から歩いて帰ったの?」


「いえ…あの、添島先輩が…」


「添島…」


吉良は私の上に体を乗り上げて、顔の横に両手をついた。

仰向けにされて、上から見下ろす目が、確実に怒ってる…


「最近添島さんのことばっかりだな」


「そ、そんなこと、ない」


「あの人のことばっか頭にあるんだろ…?」


「ちが…そんなわけな…」


急に顔が近づいてきて、食べられてしまうみたいなキスが降ってきた。


はじまり…みたいなキスに焦る。


いつの間にか熱い舌に捕まって、逃がさないと言われてるみたいに追いかけてきた。

だけどそこには、怒りと誤解があるみたいで、私はキスの合間に必死に訴えようとした。


「いいから俺を感じてろ…」


吉良は全然話を聞いてくれない。

激しいキスと熱い手で、私を執拗に攻め立てた。


いつもよりずっと早く進む成り行きに、追いかけてくるような、切迫した吉良の思いを感じる。


「…どうしたの?…吉良?」


「好きって言って…」



「…好き…吉良が好き…」


こんなに余裕のない吉良は初めてで…

うわごとみたいに繰り返し名前を呼んでしまう。

私の心はいつも吉良でいっぱいで…そこに一点の曇りもないことを、少しでもわかってほしかったから。



やがて…私の上に倒れてきた吉良。

しっとり汗を浮かべた体に、私は強く抱きついた。


「…ごめん」


優しくしなかったことを言ってるんだと思う。


「いいよ。私こそごめん」


嫉妬なんだ。…今の吉良の激しさは嫉妬だって伝わってきた。


「俺、ホント…ぜんぜん余裕ない…」


「え…?」


「好きすぎて、モネのこと。隣に座ったり肩を叩かれてたり頭撫でられてたり…すっごい嫌だった」


「…え?」


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