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4章…第7話

社会人生活も3ヶ月目に入ったというのに、いつまでもオタオタしている私に、ある日エムズファイナンスから連絡が入った。



「…えっ?!」


『約束は昨日だよ?…確か、途中報告をしてくれるんじゃなかった?』


電話を受け取り、担当の佐川さんの怒った声を聞いて、私は思わずその場に立ち上がってしまった。



「か…確認いたしまして、すぐに折り返し…」


『いいよもう。添島さんと代わって』


そう言われたら仕方ない。

様子を察してこちらに来てくれた添島先輩に対応を代わってもらった。



納期は確か、まだ先のはず。

途中報告…そんな話、あったっけ…


添島先輩に渡された資料を探ってみると…確かに昨日の日にちを記した箇所が見つかった。


私の、見落としだ…。




「申し訳ありませんでした…!」


対応を終えた添島先輩にすぐに頭を下げ、その後どうなったか聞いた。


「俺ももっと声をかけるべきだった」と言いながら、エムズファイナンスの担当は添島先輩に戻る事になりそうだと伝えられた。


せっかくはじめて担当した取引先だったのに…自分の不甲斐なさに涙が出そうになって唇を噛む。

でも、ここで涙を見せちゃダメだって、なんとなくわかる。


「これからは、精一杯サポートにまわります。こ、これに懲りず…またご指導よろしくお願いします」


本当に申し訳ありませんでした…と繰り返して頭をあげると、意外なほど優しい表情の添島先輩と出会う。


「健気…っていうかなんというか」


小さい声だったけど、私の耳は拾ってしまった。


「私は、しっかり社会人として、1人前になりたいと思ってます」


そう言ったのは、健気…と言われた反論だったのかもしれない。

女だからって、容赦されたくない。許されちゃいけないことには、ちゃんと罰を受けたい。


「それじゃ早速、エムズさんの件、進捗見せて。今日中に完成させて課長にOKもらおうか」


「あ…はい!」


落ち込んでなんていられない。

こちらの仕事を待っている人がいる。その人たちの時間を無駄にしないように…私は、やるしかない。




時間は瞬く間に過ぎていき、そろそろ終業時刻になった。


「…桜木さん残業とか、平気?」


「大丈夫です。最後までやりきりたいので!」


「それなら一応、連絡しといたら?ご家族とか」


「あ…」



忘れてた…

結局お昼もパソコンから離れない私に、添島先輩がコンビニでパンとおにぎりを買ってきてくれて、それで済ませてしまった。


…いつもだいたいお昼時には、吉良とメッセージのやり取りをしてるのに…



慌てて携帯を確認すると、新しいメッセージが来ていることを知らせていた。


確認してみると、今日のランチに食べたらしいざるそばと天ぷらの盛り合わせの写真が添付されている。

吉良とのやり取りは、だいたい私がランチの写真を送るから、吉良も教えてくれるようになった。


ランチの写真…パンとおにぎりは、食べてしまった…

今日は携帯を送る余裕がなくて、未読のままだ。


『ランチ美味しそう。私は今日はコンビニのパンだったの。いろいろあって、今日は残業するね。遅いかもしれないから先に寝てて』


…と送って、私は携帯をバッグの奥へしまった。




「本当に…何から何まで、今日は本当にすみません」


なんとかエムズファイナンスの件を形にして、明日の朝イチで課長に確認を取る予定。

とりあえずできるところまではやった、ということで帰ることになった。


「夕飯食べて行こうよ。時間的に居酒屋系になっちゃうけど」


「あ…はい」



手近な居酒屋に入って席につく。


「とりあえず生2つと、焼き鳥盛り合わせ」


手慣れた感じで注文した添島先輩を見て、そういえば…と思った。


男の人と2人だけでお酒を飲むのは、吉良以外はじめてだ。

きっと添島先輩もお腹がすいただろうからと、ついて来ちゃったけど…吉良は嫌がるかな。


そんな心配は、添島先輩が明るく吹き飛ばしてくれた。


生ビールを一杯飲んだだけで、あとは食べる方に集中してたし、私にもお酒を勧めるようなことはしなかったから。


小一時間でお店を出て、駅に向かった。

携帯が気になったけど、添島先輩が一緒だから、確認できないまま電車に乗る。


「そういえば、添島先輩のお住まいはどちらなんですか?」


聞いてみて驚いた。

なんと今乗っている電車とは、真逆の方向にある駅の名前を言うから。


「大丈夫。ちゃんと桜木さんを家まで送ってからのんびり帰るから」


「いえ…それじゃあ申し訳ないです。ここまでで、本当に大丈夫なので!」


添島先輩は私の必死の訴えを笑顔でくるんで勝手に歩き出してしまう。


「あ…そっちじゃないです…」


こんなことなら吉良に迎えに来てもらえば良かったかな…って、もう22時過ぎてるし、疲れてる吉良にそんなこと頼めない…


残業する羽目になったのは、自分のミスだし…。


結局、勝手に歩き出す添島先輩を誘導するうち、マンションに到着してしまった…


「ほ、本当に、何から何まで…」


「それはさっき聞いたからいいよ!」


頭を下げようとする私を手で制して、先輩は「おやすみ!」と言って来た道を帰っていった。


ふぅ~…っと深いため息をついたのは、添島先輩があっさり帰ってくれたからに他ならない。


さすがの私だって知ってる。

送り狼という言葉。


まぁ…もし家に上がられても、そこには吉良がいるんだから、何があるわけじゃないんだけど。


それにしても。


添島先輩って、本当に見た目通りの爽やかな人なんだな。

一緒に残業して居酒屋に行って送ってもらったけど、邪な気持ちは微塵も感じなかった。


ちゃんと信頼できる先輩で良かったと、私は少し嬉しく思いながら、玄関のドアを開けた。


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