「椎名…お前1人か?」
私が返事をする前に、吉良が驚いたように声をかける。
椎名さんは、憂さん、鬼龍さんと同じく、吉良の親友だ。
今日の椎名さん、光沢のあるグレーが華やかなソフトな素材のセットアップスーツを着ていて、恐ろしいほどよく似合っている。
「マネージャーまいてきちゃった」
ミルクティー色の髪をふわふわさせながら、吉良とは違った甘いイケメン顔を向ける椎名さん。
「マジか?…なんでまた…」
「憂と鬼龍がそこの店で飲んでるんだよ」
指をさす椎名さんを、吉良の脇から見上げると…ちょうど椎名さんの横顔が見える。
わぁ、細くて高い鼻がきれいだ…
「君ら、ここで見つけちゃったら…帰すわけにはいかねぇよ?」
企むような笑顔になる椎名さんに、吉良は意外なほど真面目な顔を向けた。
「お前撮影は?明日の朝、また遅刻とかされると、未来さんから鬼電来るぞ?」
椎名さんの仕事はモデルで、しかもかなり人気で、あちこちに引っ張りだこらしい。
だから吉良が椎名さんの仕事の予定を心配するのはわかる。
何より、顔もけっこう知られてるのに、1人でこんなにぎやかなところに立っていたら身バレしてしまうかもしれない。
少しは自覚しろよ?…と、吉良はお兄ちゃんみたいな心配顔をしてみせる。
「大丈夫だって…!…吉良はうるさいから、モネちゃんだけ貸してくれる?」
そういうとサッと私の肩を抱いて、椎名さんがいたずらっぽく笑いながら歩き出した。
私はちゃんと吉良がついてきてるのか心配で、度々後ろを向いて確認してみる。
「…椎名…お前」
見られてる背中が熱いけど…結局そのままお店の中に連れ込まれた。
「…おぉっ?!椎名サイコー!可愛い女の子の調達…これ必須だった!」
「…でも残念ながら、そばに怖い顔したデカいのついてるよ?」
それぞれグラスを片手に、憂さんと鬼龍さんが仏頂面の吉良を煽る。
お店の中は板張りの素朴な雰囲気ながら、お客さんでごった返す肉バル、といった雰囲気の居酒屋だった。
どこのテーブルにも、こんもりとしたお肉料理が所狭しと並んでいて、鬼龍さんと憂さんが座るテーブルにも、美味しそうなローストビーフやステーキが運ばれている。
「…デカくて悪かったな」
やっと私の肩を離した椎名さんに足でキックをして見せてから、私を座らせ、テーブルにつく吉良。
「で?何の集まり?」
親友たちと顔を合わせると、吉良の表情が途端に緩むのを感じる。
何も乗せないその表情は、時に純粋な子供みたいで、見てて飽きない。
「この前の香里奈の顛末。こんな椎名でも、お前のこと心配してるのよ…!」
「こんな椎名ってなんだよ?なんか俺ばっかし、いつも蚊帳の外だよなぁ」
「拗ねんなって。椎名は顔も知られてるし忙しいし不定期だし、マネージャーの未来さんに目をつけられてるから、どうしても事後報告になるってだけ!」
鬼龍さんの言葉に、ニヤリと笑う憂さん。
「そういや未来さん、最近どうなんだよ?」
「…は?別に、ただのマネージャーだけど?」
椎名さんの表情が急に焦ったようになったのが見ててわかる。
未来さんというマネージャーの話は、初めて聞くのでよくわからない。
でも話しぶりから、椎名さんといい雰囲気の女の人なのかなぁ…
聞いてみようかな…と思った瞬間、椎名さんは焦った様子のまま、テーブルのローストビーフを口に入れた。
「…あ、それ!」
さっき吉良がこっそり、添えられていたワサビをたっぷり塗りつけていたお肉だっ!
それを知らずに、椎名さんが食べてしまった…!
あまりの辛さに、椎名さんがむせて涙目になってる…
「なん…っだコレっ!辛い…ってか鼻に来る…!」
ツーン…と来る辛さに涙しながら顔を赤くさせてる椎名さん。
…人気モデルにこんなことしていいの…?
椎名さんの悶絶ぶりに、3人は手を叩いて爆笑してる…
私は開けてないおしぼりを渡しながら、大丈夫かこっそり様子を見ていた。
まったく…やってることが全員小学生の27歳の男性陣。しょうがない大人たちだと少し呆れながら、なんだか可愛い…とも思っていた。
おしぼりで涙を拭いて、ビールで辛さを流し込んでから、椎名さんは私の向こうにいる吉良を攻撃する。
そんなこんなで…私たちのテーブルは、けっこう盛り上がっていたのかもしれない。
ふとあたりを見ると、近くのテーブルに座ったほとんどの人がこちらを見ていることに気がついた。
「…あの、もう少し、静かにしたほうがよくないですか?」
注目されているということは、うるさい…という非難かと思って、水をささない程度にそう言ってみた。
「あぁ…いつものことだから、大丈夫だよ。モネちゃん」
鬼龍さんはそう言ってグラスを煽り、涼しい顔だ。
吉良はテーブルの下で私の腰に手を回しながら、憂さんと椎名さんと話してて、3人とも何も気にしてないみたい。
周りに注目されることには慣れてる…ってことなのかな。
その時、こちらをチラチラ見ているほとんどが、女性ばかりだと気づいた
私は腰に回った吉良の手に、そっと自分の手を重ねる。
…私も独占欲が強くなったもんだと、1人でちょっと呆れながら。
…その時だ。
通路側に座っていた吉良の斜め後ろに、黒いワンピースを着た女性が立っていることに気づいた。
一番先に気づいたのは私だと思う。
襟のあるテロンとした生地のシャツワンピース。
ノースリーブの肩口から伸びる腕は細くて白い。手首に華奢なデザインの腕時計をしていて、文字盤が薄いピンク色だ。
そのまま首元まで視線を上げたところで、声をあげたのは…鬼龍さん。
「…え?誰」
てっきり隣のテーブルに用があるのかと思った。
でも、鬼龍さんが声をあげたということは、それが不自然に見えたからだろう。
鬼龍さんの言葉を聞いて、全員の視線が一斉に女性に向く。
すると…見てしまった。
真っ赤な口紅が、ニッコリ微笑む瞬間を。
そして、私の腰に回していた吉良の手がなぜか…脱力したように離れてしまったことを。