「お久しぶりです。こんなところで会うなんて、ビックリ」
女性は細面のしっとりした和風美人、といった雰囲気だ。
髪は黒いストレートヘアで、前髪がパラパラと眉のあたりでカットされている。
「えっと…ごめんなさい」
女性に向けて返事をしたのは、憂さんだった。
「やだ、憂ちゃん忘れちゃったの?…ひどい」
ニコっと笑った顔は妖艶で、私よりかなり年上だと思った。
…それにしても、なんだろう。
憂さんが緊張しているように見える。
「何年ぶりだろう。私…探したのよ、あれから。急に連絡が取れなくなっちゃって、すごく不安だったんだから…」
てっきり…
憂さんに関係する女性だと思った。
例えばどこかの事務所に所属する女優さんの卵とか。
それともモデルさん…?全体的にほっそりしてるから、椎名さんのモデル関係者なのかな。
なのに…誰も、何も言わない。
鬼龍さんが、その場の空気を変えるように言った。
「あの…もしかしたら俺たちに会ったことあるのかもしれないけど、申し訳ない。誰も覚えてないみたいなので…」
そう言って、やんわり追い払おうとしたんだと思う。
なのに、見てしまった。
ネイルストーンを施した細い指先が、吉良の肩に触れたこと。
そしてそのまま耳元で屈んで、ささやくように言った。
「吉良、私よ。…覚えてないわけ、ないわよね?」
そう言われたのに…吉良は、女性の方を見もしない。
隣にいて、嫌でも目に入る。
吉良の目が不安そうに揺れていること。
私の腰を抱いていた手は、いつの間にか自分の膝の上で固く握りしめられていた。
「…思い出した。あんた、金沢さんだろ」
吉良の代わりに答えるように、憂さんが女性の名前を口にした。
その顔は、初めから知っていた…みたいな表情で、さっきはどうして知らないふりをしたのかな…と思った。
金沢さん…
吉良の口から聞いたことのない名前。
だいたい付き合ってて、吉良から女性の名前を聞いたことがない。
聞いてみたいと思って、何度か女性関係を探ろうとした。
それでも吉良は、知らない女性の名前を、私に聞かせたことはない。
「思い出した?嬉しい!」
吉良の肩に手を置いたまま、女性が少し飛び跳ねる。
見なかったけど、金沢さんという女性が、笑顔になっているのはわかる。
憂さんは、そんな笑顔を一瞬で消し去るような冷たい表情で言った。
「…で、今鬼龍も言ったけど、今俺たち身内で飲んでるんだよ。悪いけど消えてくれないか?」
憂さんも女性に冷たくすることがあるんだ…
意外な感じがして、きっと皆同じことを思っているだろうと、ぐるっと見渡した。
あ…れ。
冷たい表情なのは、憂さんだけじゃない。
鬼龍さんも椎名さんも、早く時が過ぎることを祈るような…難しい顔をしている。
そんな温度が伝わったんだろうか。
金沢さんという女性は、フフっと余裕の笑い声を響かせて、その場で腕組みをした。
…わずかに動いた瞬間、ふわりとオリエンタルな香水が香る。
「いつの間にそんなに冷たくなっちゃったの?…昔は優しくしてくれたのに…」
「昔の話だろ。あれからどれくらいたってると思ってるんだ?…」
「5年?…それとも6年?でも、時間なんて関係ないじゃない?」
憂さんと、緩やかな攻防戦。
この女性はやっぱり、憂さんの昔の知り合い…という線が強くなってきた。
やり取りを聞いていてそう結論づけたのに、金沢さんの一重まぶたが、ふと私に注がれるのを感じる。
「ところで…この子だぁれ?」
すぐ上で聞こえる柔らかいのに尖った声。
私は思わず、その人の顔を見上げてしまった。
目尻に細く長めに入れたアイラインが、少し跳ね上げていて…色っぽくて綺麗…
「え…と、私は…」
答えようとしたところで、椎名さんの声が被さる。
「関係ないだろ?彼女は俺らの仲間、友人。…これ以上説明する必要ある?」
私が誰なのか言っちゃいけない雰囲気。はっきりした椎名さんの言葉がそう教える。
…こんなこと初めて。
吉良はどこにいても誰に会っても、私を自分の恋人だと言ってくれた。
なのに。
…どうしてさっきから、吉良だけはひとことも話さないの?
「皆のお仲間にしては…ずいぶん吉良にくっついてるじゃない?」
…この人、誰なんだろう。
…もしかしたらこの人こそ、吉良の元カノ?
何度カマをかけても、探ろうとしても、決して言わなかった…この人が、吉良の大切だった人?
揺さぶって、聞いてみたくて、思わず吉良の腕に手をかけた。
「へぇ…触らせるんだ」
途端に落ちてくる声に、私はもう一度金沢さんを見上げた。
「私が触ろうとしたら、振りほどいて嫌がったわよね?…最後の方は」
「金沢さん、もうそのくらいにして、俺らのことは放っておいてくれませんか?」
吉良とは逆側の隣に座っていた鬼龍さんが、吉良の腕にかかった私の手をやんわりどかす。
…どうして?
「この女の子が誰なのかくらい、教えてくれたっていいじゃない?」
金沢さんは笑ってるけど、私はきっと睨まれてる。
「ただ知りたいだけよ。…無邪気に吉良の隣にいるなんて、よっぽどの間柄よね?」
吉良の唇が動いたのを見た。
でもそれは…まさかという言葉…
「鬼龍の…恋人だ」
聞いたことがないほど、冷たい声。
それなのに女性は、そう言った吉良の頭を撫でながら笑った。
笑顔なのか、確かめることはできなかった。
それは…ラインストーンが散りばめられた細い指先が、私の眼の前で吉良の髪の間に入って、かきあげるように地肌に触れているのを見ていたから…
「…モネちゃん、ちょっと外へ出ようか」
鬼龍さん…そのタイミングで私を連れ出すってなに?
聞いてみたくて、顔を覗き込んだ。
なのに…力が抜けてしまって、抵抗できずに鬼龍さんに連れ出されてしまったんだ。
…私が座っていた場所に、金沢さんが滑り込むように座ったのを、目の端でとらえながら。