目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

5章…第1話

「お久しぶりです。こんなところで会うなんて、ビックリ」


女性は細面のしっとりした和風美人、といった雰囲気だ。

髪は黒いストレートヘアで、前髪がパラパラと眉のあたりでカットされている。


「えっと…ごめんなさい」


女性に向けて返事をしたのは、憂さんだった。



「やだ、憂ちゃん忘れちゃったの?…ひどい」


ニコっと笑った顔は妖艶で、私よりかなり年上だと思った。


…それにしても、なんだろう。

憂さんが緊張しているように見える。



「何年ぶりだろう。私…探したのよ、あれから。急に連絡が取れなくなっちゃって、すごく不安だったんだから…」


てっきり…

憂さんに関係する女性だと思った。


例えばどこかの事務所に所属する女優さんの卵とか。

それともモデルさん…?全体的にほっそりしてるから、椎名さんのモデル関係者なのかな。


なのに…誰も、何も言わない。


鬼龍さんが、その場の空気を変えるように言った。


「あの…もしかしたら俺たちに会ったことあるのかもしれないけど、申し訳ない。誰も覚えてないみたいなので…」


そう言って、やんわり追い払おうとしたんだと思う。


なのに、見てしまった。

ネイルストーンを施した細い指先が、吉良の肩に触れたこと。


そしてそのまま耳元で屈んで、ささやくように言った。



「吉良、私よ。…覚えてないわけ、ないわよね?」


そう言われたのに…吉良は、女性の方を見もしない。


隣にいて、嫌でも目に入る。

吉良の目が不安そうに揺れていること。

私の腰を抱いていた手は、いつの間にか自分の膝の上で固く握りしめられていた。



「…思い出した。あんた、金沢さんだろ」


吉良の代わりに答えるように、憂さんが女性の名前を口にした。


その顔は、初めから知っていた…みたいな表情で、さっきはどうして知らないふりをしたのかな…と思った。


金沢さん…

吉良の口から聞いたことのない名前。

だいたい付き合ってて、吉良から女性の名前を聞いたことがない。


聞いてみたいと思って、何度か女性関係を探ろうとした。

それでも吉良は、知らない女性の名前を、私に聞かせたことはない。



「思い出した?嬉しい!」


吉良の肩に手を置いたまま、女性が少し飛び跳ねる。


見なかったけど、金沢さんという女性が、笑顔になっているのはわかる。

憂さんは、そんな笑顔を一瞬で消し去るような冷たい表情で言った。



「…で、今鬼龍も言ったけど、今俺たち身内で飲んでるんだよ。悪いけど消えてくれないか?」


憂さんも女性に冷たくすることがあるんだ…

意外な感じがして、きっと皆同じことを思っているだろうと、ぐるっと見渡した。


あ…れ。

冷たい表情なのは、憂さんだけじゃない。


鬼龍さんも椎名さんも、早く時が過ぎることを祈るような…難しい顔をしている。


そんな温度が伝わったんだろうか。

金沢さんという女性は、フフっと余裕の笑い声を響かせて、その場で腕組みをした。


…わずかに動いた瞬間、ふわりとオリエンタルな香水が香る。



「いつの間にそんなに冷たくなっちゃったの?…昔は優しくしてくれたのに…」


「昔の話だろ。あれからどれくらいたってると思ってるんだ?…」


「5年?…それとも6年?でも、時間なんて関係ないじゃない?」


憂さんと、緩やかな攻防戦。

この女性はやっぱり、憂さんの昔の知り合い…という線が強くなってきた。


やり取りを聞いていてそう結論づけたのに、金沢さんの一重まぶたが、ふと私に注がれるのを感じる。



「ところで…この子だぁれ?」


すぐ上で聞こえる柔らかいのに尖った声。

私は思わず、その人の顔を見上げてしまった。


目尻に細く長めに入れたアイラインが、少し跳ね上げていて…色っぽくて綺麗…



「え…と、私は…」


答えようとしたところで、椎名さんの声が被さる。



「関係ないだろ?彼女は俺らの仲間、友人。…これ以上説明する必要ある?」


私が誰なのか言っちゃいけない雰囲気。はっきりした椎名さんの言葉がそう教える。


…こんなこと初めて。


吉良はどこにいても誰に会っても、私を自分の恋人だと言ってくれた。


なのに。



…どうしてさっきから、吉良だけはひとことも話さないの?



「皆のお仲間にしては…ずいぶん吉良にくっついてるじゃない?」


…この人、誰なんだろう。

…もしかしたらこの人こそ、吉良の元カノ?


何度カマをかけても、探ろうとしても、決して言わなかった…この人が、吉良の大切だった人?


揺さぶって、聞いてみたくて、思わず吉良の腕に手をかけた。



「へぇ…触らせるんだ」



途端に落ちてくる声に、私はもう一度金沢さんを見上げた。



「私が触ろうとしたら、振りほどいて嫌がったわよね?…最後の方は」


「金沢さん、もうそのくらいにして、俺らのことは放っておいてくれませんか?」


吉良とは逆側の隣に座っていた鬼龍さんが、吉良の腕にかかった私の手をやんわりどかす。



…どうして?



「この女の子が誰なのかくらい、教えてくれたっていいじゃない?」


金沢さんは笑ってるけど、私はきっと睨まれてる。



「ただ知りたいだけよ。…無邪気に吉良の隣にいるなんて、よっぽどの間柄よね?」



吉良の唇が動いたのを見た。

でもそれは…まさかという言葉…



「鬼龍の…恋人だ」



聞いたことがないほど、冷たい声。


それなのに女性は、そう言った吉良の頭を撫でながら笑った。


笑顔なのか、確かめることはできなかった。


それは…ラインストーンが散りばめられた細い指先が、私の眼の前で吉良の髪の間に入って、かきあげるように地肌に触れているのを見ていたから…



「…モネちゃん、ちょっと外へ出ようか」


鬼龍さん…そのタイミングで私を連れ出すってなに?


聞いてみたくて、顔を覗き込んだ。

なのに…力が抜けてしまって、抵抗できずに鬼龍さんに連れ出されてしまったんだ。




…私が座っていた場所に、金沢さんが滑り込むように座ったのを、目の端でとらえながら。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?