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5章…第9話

「これ…」


モネが霧子ちゃんと飲み会だと言った日の夜、俺は憂に呼び出されて指定された居酒屋に行った。

そこで差し出された何枚かの写真を見せられて、俺は言葉を失う…



「めちゃくちゃ綺麗に撮れたろ?」


写真に映るのはモネの横顔。

その視線の先に、淡く映るのは自分だとわかる。



「モネに…見られてたのか」


「そういうこと。…しかもこんな切なそうな顔で…たまらんな」


俺の手から写真を奪い、しげしげと見つめられると、写真とはいえモネが汚される気がして腹が立つ。



「やらしー目で見るな」


「そりゃ無理。可愛いんだもん」


憂はそのまま写真をしまおうとするので、俺は慌てて写真を引っ張ろうとしたが…



「この写真、コンテストに出すから。そのつもりでいてくれ」


「は?…んなの、聞いてねぇぞ?」


「ごめん、初めて言った。ホントは椎名の宣材写真を撮るつもりで、モネちゃん誘ったんだけどさー…」


「…宣材写真ってのも初耳だぞ?」


あんな姿のモネが世間に広く公開されるところだったってことか?

そんなの、絶対許してなかった…



「てっきり身内の撮影会だと思ってたよ…」


「はじめはそのつもりだったし、モネちゃんを使うにしても、後ろ姿だけとか、個人を特定しないように撮るつもりだったよ?」


…でもさ、と言いながら、もう一度さっき見せた写真を取り出して、じっくり見つめながら憂は口を開く。



「お前のことを離れたところから見つめるモネちゃんの目が愛に溢れてて…なんかこう…訴えかけてくるわけよ」


そこまで言われると…悪い気はしない。



「…で、そのコンテストってのは、入賞でもしたら被写体にインタビューとか、お前と揃って授賞式とか、あるんじゃないだろうな?」


睨みを効かせてみると、憂は消え入りそうな声で答える。



「万が一そんな幸運に恵まれても…モネちゃんを担ぎ出すようなことは、一切いたしません…」


深く頭を下げる憂をみて、俺は大きくため息をつきながら、ソファにゆったり座り直した。



「じゃあしょうがねぇな。その代わり…」


「なになになに?吉良の代替案、恐怖しかないんだけど」


「入賞逃したら、モネの写真とネガは、俺にぜんっっっぶ寄こせ」


「あー…かしこまりましたぁ」


やっと話がついて、俺も安心してビールを口に運ぶ。



「ところで、あの後は大丈夫だったか?」


その表情から、あの日居酒屋で声をかけてきた金沢さんのことだとわかる。



「あぁ。用心して帰ったし、つけられることなく家に帰れた。憂の方こそ…」


「何度か着信は来た。だから全部ブロックしたよ、メッセージアプリも電話も」


「そっか、悪かったな、身代わりになってもらって…」


なんとも言えないムードが流れるのは、俺も憂もあの頃とは大きく変わったからだと思う。



「で?憂の思い人には、いつ会わせてくれるわけ?」


重たいムードを払拭するように、俺はわざと180度違う話題を振ってみた。



「ふふん…まだもう少しな。いきなりみんなに会わせて、警戒されても困る」


憂らしくない。

思い人、と言われて、素直にそんな話に乗ってくれるなんて。


憂も金沢さんの話を長引かせたくないのだろう。

彼女は俺たちの黒歴史の象徴。

そして俺の…



「…憂さん!」


そこへ、居酒屋の扉を開けながら、声を張り上げる女性が入ってきた。


そして俺たちの方に顔を向けると、嬉しそうな笑顔で近づいてくる。



「…え?嘘だろ」


丸襟のまっ白なワンピースを着た…今時めずらしいお嬢さま、と言った雰囲気の人。


もしかして、彼女が今話した憂の思い人…?



「はじめまして…私は天音美羽と申します」


美しい所作で頭を下げられ、思わず椅子から立ち上がって挨拶をしようとした。



「…吉良、いいから」


憂がめずらしく、弱りきった顔になっている。



「吉良さん?あなたが吉良さんとおっしゃるんですの?」


「は…はい、綾瀬吉良と申します」


「嬉しいですわ…!昔、憂さんと2人で、とても悪いことをしていた友人がいるって…あなたがそうでしたのね?!」


天音美羽という女性に両手を取られ、振り回されるように握手をかわした。


それにしても、そんなにハッキリ『悪いこと』って言われると…気付けば近くの席に座る人が、俺らを遠巻きに見てニヤついている。



「美羽ちゃん?こんな夜にお屋敷を抜け出したんですか?…またお父様に叱られてベソをかくのですから…」


憂がらしくない言葉選びをしていて、聞いていて笑ってしまう。



「いいえ!私はもう泣きませんことよ。だって、もう…大人の女性になるんですもの…」


いつの間にか俺の手を振りほどき、憂の目の前に立ってモジモジしている彼女。



「あ、その…まぁ、アレだ…アレだから、そんな顔を人前で見せないでほしいんですよ!」


初めて見る憂の焦った赤い顔…

ヤバイな、この女の子…

憂の本気の思い人ってことか。



「…ところで、何を召し上がってらっしゃるの?」


憂の赤い顔に赤い顔を返しながら、急にツンっとして、美羽という子は憂の隣に座った。



「焼き鳥に、もろキューに、冷やしトマトに…」


面白くなって、ひとつひとつ指をさしながら教えてやる。



「ひとついただいてもいいかしら?」


どうぞどうぞと皿を押し出すと、憂が慌ててそれを止める。



「…ダメダメ!こんな真っ白いドレスみたいな服で焼き鳥とか…シミだらけになっちゃうでしょ?」


「じゃあ今度は、憂さんに買ってもらったタンクトップとショートパンツをはいてきますわ」


「…絶対ダメです」


憂はそう言うと、美羽の手を握り、席を立った。


まぁそうなるだろうと思っていたが…「まだ鬼龍と椎名には秘密にしてくれ」というので、快くうなずいてやった。


そうか…いつの間にか、憂にあんな顔を見せる女の子が現れていたのか。


俺はなんだか嬉しくなって、生ビールをもう一杯頼みながら…


さっきのモネの切ない表情の写真を思い出していた。


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