撮影会から1週間ほどたち、週末の金曜日を迎えた。
「今日の夜、霧子とご飯するんだけど、いい?」
吉良と一緒に家を出て会社に向かいながら、私は今夜の予定を吉良に伝える。
「…ん?ダメ」
「…え…っと」
夜の予定を伝えると、毎回こんなふうに言われてるなぁ…と思う。
見上げる吉良の顔は半笑いで、またからかわれてるとわかった。
「楽しんできな。帰りはタクシー。霧子ちゃんによろしくな?」
ちょっと前まで、私が夜外出すると、必ずと言っていいほど駅まで迎えに来てた吉良。
でも社会人になって、帰りが遅くなる事が多くなってからは、「タクシーで帰って来る」に変更されるようになった。
その理由は…
待たせちゃいけない…と慌てて降りた駅のホームを走って…転んでケガをしたことがあるから。
「迎えに行くと、かえってモネがケガする」と言って、それ以来吉良は、私の帰りを家で待っているようになった…。
「久しぶり!どう?あれ以来、何の問題もない?」
仕事を終えて、霧子の勤め先に近い場所で落ち合った。
バーカウンターがある黒を基調とした内装のカフェバー。
低くジャズが流れていて、カップルも多い雰囲気あるお店だ。
「うん…まぁまぁ、順調にいってるよ」
本当は、香里奈さんの後に聖也を預かって…いろいろあったあとに、錦之助を巻き込んだし…
金沢さんという、謎の女性のこともあった。
霧子は無意識に下を向く私の様子をしっかり見ていたらしく、ふふ…っと笑ってメニューを広げる。
「まずは何か頼もうよ!お腹すいちゃった…」
霧子は生ビール、私は白ワインソーダで乾杯した。
お料理はミニハンバーグのトマト煮込みとシーザーサラダ、野菜の串焼きと白身魚のアーモンドフライ。
それらをつまみながら感想を言い合い、私は話を切り出すタイミングをはかっていた。
「何があったの?」
「…え?」
「バレバレだよ。モネは隠し事できないんだから!」
「…う。ごめん…」
いろいろあった話をするのを、ついためらってしまうのは…霧子は昔から、イケメンすぎる吉良を信用していなかったから。
付き合い始めの頃やセフレなんじゃないかと悩んでた頃は吉良をよく思ってなかったし、今でこそ信頼は勝ち得たと思うけど…
また、不穏なことを言って吉良を嫌ってほしくなかった。
「吉良さんのことは、もう嫌いにならないよ?」
「え…?」
私の不安をすくい取るみたいなことを、何の脈略もない話の合間に突っ込んでくる霧子。
「悩んでないならいいけどさ、そうじゃないなら話してみなよ。遠慮なくいろいろ言うかもだけど、吉良さんの信用がなくなったり、嫌いになるとかはもうないから」
いつの間にか…私の知らないところで、霧子と吉良には独自の信頼関係ができてるって知って、嬉しくなった。
そこで…あの金沢さんという女性が現れた話をしてみる。
「…元カノじゃん?もしくはそれ以前の…セフレ?」
私が持った感想と同じだ…
「自分の恋人だって言わなかった理由もわかるじゃん。それを謝ってくれたんだし、その後親友たちが嫌な雰囲気を払拭する撮影会してくれるなんて…なかなかないよ?」
「うん。それはホント…もう、何もわだかまりはないんだけどね」
正直に言えば、吉良のスーツにまとわりついてた金沢さんの香水が気にならなくはない。
でも撮影会のあと、あのスーツはいつの間にかなくなっていた。
クリーニングに出した様子もなかったのに、それだけが少し気になっていることだった。
「ところでその撮影会?写真できたら見せてよ…!」
霧子と錦之助だけは知っている。
人気モデルの椎名さんが吉良の親友だということ。
霧子は実は、密かに椎名さんのファンでもあるのだ。
「うん!もちろん…!」
そんな話をしながら2杯目のお酒を頼もうとした時、後ろに錦之助が立っていることに気付いた。
「呼ばれてないけど来てみた」
ヘラリと笑いながら、錦之助は自分の後ろに隠した人を前に押しやる。
「…聖也…!」
いろいろやらかして、錦之助に預けた従兄弟の聖也が、頭に手をやりながら「モネちゃん…お久しぶり」と小さく呟いた。
「…やっぱり似てるね。さすが従兄弟!」
隣に座った聖也と見比べられて、私はそうかな…と顔を横に向ける。
「モネちゃんに似てるなら嬉しい…めっちゃ可愛いもん」
「そんなお世辞はいいよ!…ところで聖也、危ないバイトはもうやってないんだろうね?」
あの後、吉良は詳しくは言わないけど、聖也が女性客とデートするアルバイトをしていたことは何となく勘づいていた。
アパートは決まったと連絡をもらったけど、改めてはそのバイトのことを聞けずにいたからちょうどよかった。
「…やってない!もう、あんなのはやらないから安心して!」
実は…と話しだした聖也。
指名された女性客から、ずいぶんしつこく連絡が来て困ったらしい。
「…だから、大学から少し離れた場所にアパート借りたよ」
今はスーパーマーケットで健全に働きながら、大学にも真面目に行っていると聞いて、私たちは3人で安心してため息を漏らした。
その時、お店のドアがふわりと開いて…外気と一緒に運ばれてきた香りが鼻をかすめた。
反射的にそちらを見たのは…その香りに覚えがあったから。