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5章…第7話

言われた通りに動きながら、カシャカシャ…っというカメラの連写音が響く。



「モネちゃん…ちょいこっち向き…椎名近づきすぎ」


大きなカメラを構える憂さんはさすがプロ…といった感じ。



「モネちゃん、いいね…椎名ちょっと離れろ」


椎名さん…絶対ふざけてるよね…


憂さんに注意されてるのに、さっきからやたらと近づいてくる…!


無意味に近づかれれば、私が後ずさることになって、そうすると全体の構図が合わなくなっちゃうみたい…


「ねぇ…もうちょっとラブな感じで撮ってよ。俺恋愛ドラマのオファー来そうなんだからさぁ…」


協力してよ、と憂さんに口を尖らせて見せる椎名さん。



「…あ!そうなんです!これは、本当のことでして。椎名は今後活躍の場を広げ、ドラマオファーも積極的に受ける…ということが、会議で決定しております…」


椎名さんの無茶振りに、未来さんが後押しするように、カニ歩きで憂さんに近づきながら言う。


すると憂さん、パッとカメラをおろして、未来さんに顔を向けた。



「…じゃあ、未来さん相手役やってみ?」


「…は?私が、ですか?私が…椎名とカメラにおさまると…」


ごちゃごちゃ言う未来さんのヘアメイクを、後ろの方でそっと見学していた美亜さんが担当することになった。



「では、こちらにおいでください…!」


「…い、いえ…私は素人ですので、椎名とはその…」


みるみるうちに赤くなっていく未来さんを見て、こっそり椎名さんを盗み見ると…


驚き…!こちらも頬を染めていた!


昨日皆に未来さんとのことを言われていたのは本当なんだなぁ…と、私まで頬が緩んでしまう。

未来さんの出来上がりと、椎名さんのツーショットは楽しみだな…。


ふと視線の先で吉良を追う。

鬼龍さんと2人で、椎名さんをからかっていた。



「吉良…モネちゃんがモデルから解放されて絶対喜んでるだろ?」


椎名さんが反撃に出ると、すかさず鬼龍さんが言う。



「せっかくだから、俺も綺麗になったモネちゃんと写真撮ってもらお」


「…は?なんでお前が?」


不満そうな吉良を置いて、憂さんに駆け寄る鬼龍さんを見つめながら。


…綺麗にしてもらったこの姿で、吉良と1枚撮って欲しいなぁ…なんて思いながら、皆が見てる前で撮られることが恥ずかしくて言い出せない。


…ふと、窓ガラスに映る自分が目に入って思う。



いつか…今日のワンピースと同じ白いドレスを着てベールをまとって…吉良と並んで、腕を組むのかな。


家族や友達、周りの人たちに祝福を受けて、私はいつか…綾瀬桃音になる…


1人でそんな想像をして、恥ずかしいほど高鳴る胸の鼓動を抱えながら…


じっと、吉良を見つめてしまった。



その瞬間…カシャっと音がして、思わず憂さんを見ると、あらぬ方向から私にカメラを向けているので驚いた…!



「…今の、すごくいい表情だったよ」


「い、いえ…そんな…」


物欲しそうな顔になっていなかったか心配になって、思わず目を伏せると、またカシャカシャと写真に撮られて焦る…


「吉良に恋をするその目が、椎名とじゃ…出てこないんだよな」


憂さんはそう言って、ファインダー越しに私を見つめた。





準備ができて、椎名さんとカメラの前に並んだ未来さん。

自分は裏方だと、頑なに写真を撮られるのを恐縮していたけれど、元々可愛い人だからだろう。

椎名さんと並んでも、「裏方」感はまったく見えなかった。



「椎名さん…本当に申し訳ありません。私が隣に写るとか…役不足もいいところでしょうに…」


「…あ?あぁ…お、お前なんてな…」


未来さんからの謝罪に、椎名さんが心にもないことを言おうとしているのが、私にも伝わってくる。

思わず一歩出て…2人の間に入ろうと思ってしまった。


でも、こんな時でもやっぱり憂さんは心得ていた。



「未来さん?…もしかして、椎名の次の仕事につながる写真が撮れるかもよ?」


未来さんはそう言われて、明らかにハッとしたように憂さんの方を向いた。



「…かっかしこまりました。よろしく…お願いいたします!」


それからは人が変わったかのように撮影に挑み始めた未来さん。


衣装は準備していなかったからか、初めから着ていたパンツスーツだったけど…濡れた感じにセットされたストレートの黒髪と、キツめに見えるようメイクされた表情がとても素敵。


カメラの前で次々とポージングしてみせる2人は、距離感も近くて息がピッタリ…いや…逆に椎名さんが押されてる…!?


照れたように笑う笑顏も、目を見開いて未来さんを見つめる目も、私との撮影ではまったく出なかったものだと思う。


椎名さんの気持ちが溢れてる…


愛おしく思う人を見つめるまなざしは、こんなにも周りにわかってしまうもので、そして幸せな気持ちにさせるものなんだと、改めて思う。


未来さんの方は、椎名さんの今後の仕事ために一生懸命…って感じだけど、時折合わせる視線が、それだけじゃないことを物語ってる。


そして、慣れない様子で椎名さんの肩に手をかけて、赤くなってしまう表情が微笑ましい。


恋をするって…

いろんな気持ちの変化が目まぐるしくて、辛くなる時もあるけど…


さっきの動画を見ながら頬を染めてた美亜さんもそうだったように、やっぱり幸せで、嬉しいこと。


私も吉良を愛して、吉良からも愛されて…こんなに誰かを好きになるって、本当に素晴らしいことなんだな…って、私はこの時、静かに思っていたんだ。



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