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6章…第7話 Side.吉良

…モネの様子がおかしい。


距離がある。確実にある。


突然夕飯を食べてくると連絡が入ったあの日から、俺たちを纏う空気が変わった。


例えるなら…ピンクからブルーに。

いや、それは言い過ぎか。

ピンクから…白、もしくは透明に…


どちらにしろ、はじめはピンクの空気を纏っていたんだ。

それは付き合いはじめた4年前からずっと…


それなのに…こんな雰囲気は、多分付き合って初めてだ。


…モネに、何があった…?




昼休み、俺は1人でランチに出て軽く食事をしてから、会社近くのカフェに入った。

ここは近すぎて、逆に社内の人に会わない穴場のカフェ。

…考え事をしたい時、ちょうどいい。


郷田之森とは、一緒にランチに出ることはなくなった。

それは以前、誘われるままランチに行って、添島さん達と一緒に来ていたモネに会ったことがあるからだ。


あの時のモネも、少し様子が変だったことを思い出す。

でもそれは、メニューを決めたり俺の腕に遠慮なく触れる郷田之森を不審に思ったからだろう。


…ちなみに、郷田之森を名前で呼ぶのもやめにした。

理由はいろいろあるが…郷田之森は郷田之森と呼ぶことにする。

長い名字がなんちゃら言った気もするが、モネの表情が曇るようなことはしたくない。



と、まぁ…いつの間にかモネの顔色を伺うのが得意になった訳だが…今回の微秒な変化の理由が何なのか、俺はわからずにいた。



「あれぇ…?綾瀬さんじゃありませんか?」



顔を上げると、コーヒーカップを手にした添島さんが立っていた。


「…どうも!いつも桃音がお世話になっております」


少々ふざけてそう言うと、屈託のない添島さんの笑顔が返ってくる。



「いやいや、こちらこそ!ここのところ、毎日のように残業させちゃって、すいません」


「いえ、モネはいつも、早く1人前になりたいと言って頑張っていますから」


俺の言葉に、なぜか添島さんが豪快に笑う。


「…本当にそうなんですよ。私としては、少し元気がないようだから、早く家に帰って綾瀬さんに甘えたら?って言ってるんですけどね?」


その言葉に、わずかな違和感を抱く。

残業は、上司に言われてやっていることなんじゃないのか?


「…もしかして、残業はモネから申し出てやっているんですか?」


「…ええ、そうです。だから桜木さんは見た目と違って、すごくガッツがあるんだと思ってたんです」


そこまで言って、ふと添島さんがバツの悪い表情になった。


「もしかして、知らなかったとか…?」


そう聞かれて、すぐに答えられなかった。


ここのところ確かにモネは残業続きだった。

毎日帰りが遅いので心配していたが、モネは課長命令だから仕方ない…と、ふんわり笑いながら言っていたのに。


「あの…綾瀬さん?」


呆然とする俺を、添島さんが心配そうに見上げてくる。


「…あ、すいません」


腕時計を確認すれば、そろそろ昼休みは終わりの時間だ。

俺は添島さんを促して、カフェの出口へと向かった。


「…何か、あったんですか?」


会社へ戻る道を歩きながら、添島さんがさりげなく聞いてくる。


彼が下世話な好奇心でそんなことを聞く人ではないとわかっているが…なにせ短い距離だ。


俺は笑顔を作って添島さんに言った。


「いえ、たいしたことじゃないんですよ。…2人の距離が近くなれば、まぁいろいろと」


それとなく言葉をぼかす俺に、添島さんは大げさに安堵のため息を吐いた。


「…なら良かった!桜木さん、気になる人ができたようなことを言ってたから、なんか心配になっちゃって…!」


添島さんは俺に爆弾をヒョイっと渡して、爽やかな笑顔を残し、横断歩道を渡って行ってしまった。




………気になる人ができた?

なんだ、それは。



まさか…モネのここしばらくの不審な様子は、別の男に対して芽生えた、何らかの気持が影響してるとでも?



「そんなこと…あり得ない…!」


そう言いながら俺は、意味なく靴音を響かせて…社内に入った。




とはいえ、気になるものは気になる。

午後の仕事を終え、考え抜いた文章をモネにメッセージした。



「今日は外食して帰ろうか?何時頃終わる?」



考え抜いたにしては浅い誘い文句…もっとモネの好物をぶら下げた方がよかったか…



「ごめんね。今日も、残業を言い渡されちゃった。遅くなるかもだから、先に寝てていいよ」


モネが外食に飛びつかないなんて…

やっぱり変だ。





「…モネ?」


「…わっ、ビックリした…!」


その日モネが帰ってきたのは、玄関とリビングをウロウロ往復した、10往復目。


時間にして23時だ。


ここしばらくの残業で、一番帰りが遅い。



「…遅くない?」


ウロウロしすぎて足がダルい…

つい眉間にシワを寄せてしまう俺に、モネは小さな声で謝罪した。



「…ごめんなさい」


「怒ってるんじゃなくて、心配してるんだけど」


「…ごめんなさい」


モネは寝室のクローゼットをそっと開けて、パジャマと着替えを取り出した。


風呂に入るつもりだろう。



「…ご飯は?」


「会社で、少し食べたから」


うつむきがちなモネ。

俺はそんな彼女の手首をつかんで、顎に手をかけた。

…それは、ここしばらく控えていた行動。なぜか…触れてはいけない気がして。



「顔色、あんまり良くないぞ?」


「ちょっと…体調が、悪くて」


…怯えたような瞳…何故だ?


立ち上がって…そのままモネを抱きしめた。

相変わらず華奢だけど…ちょっと待て。

こんなに手首が細かったか?



「…痩せた?」


俺の腕の中で、わずかに首を横に振るモネ。


それにしては…首筋も腰も、以前より細く感じる。


…感じると同時に、愛しい気持ちが湧き上がって…



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