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6章…第8話

久しぶりに、吉良の香りに包まれた。

しっかりした胸に抱かれ、ちょっと上を向くと、待っていたように唇が近づいてくる。


ゆっくり重なりあって、ゆっくり離れ…舌は、出会わなかった。



「何か、あった?」


「え?」


「残業、上司命令じゃないんだろ?」


吉良は私を少し離して、しっかり目を見て話し出す。



「今日、昼休みに1人でカフェにいたら、添島さんに会ったんだ」


「…添島先輩に…?」


「そこで、モネが自分から残業を願い出てるって聞いた」


バレた…とっさに思った。

昼休みの後、添島先輩と話をする暇はなく、しかも夕方から外出だったから吉良に会った話は聞いてない。



「何かあったとしたら、話してほしい。モネは否定するかもしれないけど、絶対痩せたと思うぞ?」


確かに、ここのところ食欲がないのは本当。

私は昔から、メンタルが弱ると食べられなくなって痩せて、周りに異変を勘付かれる方だ…


吉良にもバレた…と思った私は、思いがけないことを口走ってしまう。



「待って!」


「ん…?」


何を…?と言いたそうな吉良の目。


「話が、したいの…」


「うん、だからこうやって…」


「違う、吉良じゃない」


「…は?」


自分と話したいんじゃなければ、いったい誰と話すのか…吉良の表情は困惑しきっている。


話がしたいのは、私。

私が吉良に、話したいことがある、って意味だ。


でもまだ…金沢さんに聞いた話を確かめる勇気はなくて、時間稼ぎばかりしてる…。


はてな顔の吉良を納得させなければと…ピョコンと頭に浮かんだ人物の名前を、そのまま隠さず出してしまった。


「き、鬼龍さんと!」


「…鬼龍?」


具体的な名前が出て、吉良の表情が険しくなった気がするけど、これ以上の余裕はない。


とりあえず出した名前で、話の辻褄を合わせる。


「今は…吉良じゃなくて、鬼龍さんと話したい」


ふわっと…吉良の腕の力が緩んだ気がした。


それは、ショック…、それとも、安堵?


緩んだ吉良の腕の中で、私はホッとしたような残念なような気持ちを実感している。


「鬼龍に会って、何話すの?」


声が少し怖い…怒ってるのかな。


「そ…れは」


再び腕に力がこもって、苦しいくらい強く抱きしめられた。


「苦し…」


「なにを話すんだよ?…鬼龍と2人で…なぁ、モネ?」


「…んっ」


再び唇がふさがれて、わずかな唇のすき間に、吉良の舌が滑り込んできた。


容赦なく舌を絡め取られ、吸われて…吉良の舌が生き物みたいに這い回って、次第に私から力を奪っていく。


ベッドに組み敷かれて、唇から離れた舌が、今度は首筋をなぞった。

そして何度か、チリっとした痛みを与えられ…吉良のすべてを受け入れた。


その熱は、今までで一番熱かったように思う。


そしてそれを受け入れた私は、やっぱり誰よりも吉良が好きだと実感する。


金沢さんの話を聞いて、吉良との愛の時間が拷問になってしまうんじゃないかと怖かった。


もっと複雑な気持ちを抱いて、集中できなくて…今までみたいに素直に愛される喜びを受け入れられないんじゃないかって…


「吉良…」


タオルケットの中で、裸のまま抱き合う私たち。


「モネ…」


名前を呼んで、名前を呼ばれて…私は吉良の胸にそっと唇を寄せた。


何がしたいか、自分でもわからなかった。

ただ、さっき首筋に走った小さな痛みを、吉良にも与えたくなっただけ。


吉良の方は、私が何をしようとしているのかわかるみたい。


「キスして、そのまま思いっきり吸って…」


言われたように、胸にキスしたまま…ふと吉良を見上げる。


「…は、なにその顔…かわい」


吉良の胸がドキドキ鼓動を早めた。

私はその音を聞いて我に返ったように、ジュッ…っと吸い付いた。


薄く咲く…小さな紅い花。

初めて人につけた、自分の所有欲、そして独占欲…


「…1つでいいの?すぐ消えちゃうかもよ?」


優しい声が落ちてきて、見上げた先に喉仏が見えた。


私は顔を上げて、その首筋に唇を寄せる。


「…ここにもつけたいの?」


「…うん」


「ヤバ…」


吉良は唇を舐めて、妖しい目つきになったけど、私は大真面目だった。


たくさんの跡をつければ、吉良のすべては私のものになる、という錯覚。


吉良の今はもちろん、未来も…一番欲しい、過去の吉良も…全部私のものにしたい。


首筋に腕を巻き付けて、チュっとキスをして、さっきと同じように吸い上げる。


…さっきより濃い紅い花が咲いた。


場所を移して、同じようにキスをして…気づけば首筋と胸元にいくつも小さな花が咲いてる。


「…もっと、つけたい」


胸元から少しずつ唇を下げ、ウエストにたどり着く。


そこにいくつも紅い花を散らし、下腹部に下りた時…


「モネ…ヤバいって…!」


私の体をすくい上げるようにして抱き上げる吉良。


今度は私が吉良のキスを受け入れる番になった。



温かくて滑らかで…吉良と触れ合う肌は気持ちがいい。

その肌のあちこちに、私の所有印がたくさんついている。


「いつでも、いくらでもつけていいよ」


気づけば、私にも相当な数の紅い花が散りばめられてると気づく。


「私は、吉良のもので、吉良は、私のもの?」


「当然。俺は一生、モネのもの」


吉良は余裕の笑顔。

誇らしくさえあった。


そう言われてキスをねだって…優しくて熱い愛が唇の端から注がれた気がしたんだ。


「…モネ?」


気づくと、私の頬には涙が伝ってた。

何も言わないで頬の涙を拭ってくれる、吉良の指は優しい…


吉良も待ってる。

私の言葉を、待ってる気がした…

だから、言うことができた。



「この前、金沢さんに会ったの…」



…抱きしめる吉良の体温が、一瞬ひどく、下がった気がした。



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