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6章…第9話

…吉良は何も言わなかった。


ただ…「もう遅いから、今日のところは寝よう」と言っただけ。

そして、私を抱きしめたまま静かになった。



私は吉良に言えなかったことを言って、少し安心したのか、久しぶりの目覚めを体験する。


翌朝、すでに吉良はベッドにいなかった。


自分が全裸だということに少し恥ずかしさを覚えて、タオルケットをグルグル体に巻き付ける。


そのままリビングを覗くと、シャワーを浴び終えたらしい吉良がソファに座っていた。



「モネ…おはよ」


「おはよ…私もシャワー浴びてくる」


「あぁ…」


なんとなく顔色が悪い気がする。

やっぱり金沢さんのことを言ったのは間違いだったかと、少し後悔した。


シャワーから出ると、ワイシャツとスーツのスラックスをはいた吉良が、ドライヤーを持って待っていてくれた。


髪を乾かし終えて、私はそのまま名ばかりのメイクをする。


着替えてリビングに行くと、吉良がコーヒーを淹れて待っていた。



「金沢さんのこと、俺も話さなきゃいけないと思ってた。…それなのに、ごめん」



まだ、どんな話をしたか何も言ってないのに、吉良は私に頭を下げた。


それは、以前聞いた金沢さんとの関係が、本当は違うと…認めたことになるんじゃないか。


そして、彼女に聞いた話がすべて本当のことであると認められたみたいで…少し、胸が苦しくなる。



「帰ったら、話そう」


「…わかった」


ここまで来たら私もすべて聞く覚悟をしよう。


そしてどうか…すべてを受け入れる広い心を持てますように。



「モネ?愛してるよ」


朝から何の迷いもなく真っ直ぐ伝える吉良には、テレも迷いもなく、真剣な表情。


私だって愛してる。

そう思うのに、つい…ワイシャツの下に隠された、紅い跡を確認したくなった。


こんな日は、離れたくない。






それなのに…神さまは、残酷。



『ごめん…また急に出張になった』




吉良からの連絡に気づいたのは、お昼休みだった。


既読になるのを待ってたのか、着信が入る。



「これから大阪。今回は1人で行くから、確実に3日帰れないと思う」


ごめんな…と謝る吉良に、私はちょっと大胆なことを言ってしまったかもしれない。


「いっぱいつけたから、消えないかな…」


「…ん?」


「首筋と胸と、お腹につけた、キ…キス…」


「キスマークの心配をモネにされる日が来るなんてな」


テレたように言われて、私も携帯のこちらで赤くなる。



「消えないよ。こんなにいっぱい、モネの印がついてて嬉しい」


俺もつけといて良かったー…と言われたけど、私からのキスマークの重みがどれほどなのか、吉良はわかってない…と思う。



帰ったら金沢さんとの話をする…なんて約束は、改めてしない吉良。

でもきっとわかってる。

すべてを打ち明けることが、私への愛だということが。


金沢さんの話を認めるのか、認めないのか…実際はどうだったのか、すべては3日後。


吉良は大阪へと出かけていった。





その夜、憂さんと鬼龍さんから夕飯の誘いがあったのは、吉良の差し金だったようだ。


金沢さんとの一件以来、会社のエントランスを出る時は、少し緊張してしまう。


まさかまた…金沢さんが待っているんじゃないかとキョロキョロしてみれば、前方に背の高い2人組の男性が手を振っているのが見えた。


1人は緩やかなパーマヘアの男性、そしてメガネをかけたストレートヘアの男性。


どちらもTシャツにラフなパンツ姿。



「…鬼龍さん!」


昨日口から出任せで鬼龍さんの名前を出したものだから、2人に近寄ってすぐ、その名前を呼んでしまった。


「あー…モネち、先に憂ちゃん…って呼んでくれると思ってたのにぃ…」


同じような黒のTシャツなのに、胸元に小さな紅いバラのワンポイントがついている鬼龍さん。


私はそれが気になって、質問しながら鬼龍さんと話をしてて、憂さんの言葉を聞いてなかった。



「ちぇー…せっかく俺の想い人も呼ぼうかと思ってたのにぃぃ」


ブツブツ言う声の肝心なところが聞こえて、私は思わず憂さんに向き直った。



「…会わせてください!」


吉良が帰るまで、私は心の整理をしながら、なるべく明るくいたい。

憂さんの恋人に会えるなら、これ以上ない幸せのお裾分けだ!



連れて行ってもらったのは、憂さん行きつけの会員制のバーだった。


タクシーに乗せられたから、どのへんなのかはわからない。

鬼龍さんによると、私の住まいからは離れたらしい。


要するに、会社を挟んで向こう側ということだ。



「…いらっしゃいませ。メニューはありませんが、料理も出せるので、希望があればお知らせください」


どこかの社長さんみたいな男の人が、私たちのそばに来てそう言ってくれた。


憂さんは店に入るなり、スタッフと話し込んでいる。



「モネちゃんはお腹すいただろ?なに食べたい?」


ソファにゆったり座って首をかしげる鬼龍さん。



「ええっと、ミルク雑炊が食べたいです…」


「ん?ミルク?」


「はい。白菜とベーコンが入った、ミルク雑炊…吉良が作ってくれたことがあって…」


そう言ったとたん、金沢さんの言葉を思い出した。



『吉良が作るグラタンのほうが美味しいわね』



…1つ思い出すと、あの時の光景が蘇って、辛くなって眉間にシワが寄る。…体に力が入る、震える。



「モネちゃん…?どうかした?」


目の前にいる鬼龍さんには隠せなかった。

…これが吉良なら、抱きついてしまえばわからないけど。



「何でもない…です」


とりあえずそう言って笑顔を作る私に、鬼龍さんは意外なことを教えてくれた



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