…吉良は何も言わなかった。
ただ…「もう遅いから、今日のところは寝よう」と言っただけ。
そして、私を抱きしめたまま静かになった。
私は吉良に言えなかったことを言って、少し安心したのか、久しぶりの目覚めを体験する。
翌朝、すでに吉良はベッドにいなかった。
自分が全裸だということに少し恥ずかしさを覚えて、タオルケットをグルグル体に巻き付ける。
そのままリビングを覗くと、シャワーを浴び終えたらしい吉良がソファに座っていた。
「モネ…おはよ」
「おはよ…私もシャワー浴びてくる」
「あぁ…」
なんとなく顔色が悪い気がする。
やっぱり金沢さんのことを言ったのは間違いだったかと、少し後悔した。
シャワーから出ると、ワイシャツとスーツのスラックスをはいた吉良が、ドライヤーを持って待っていてくれた。
髪を乾かし終えて、私はそのまま名ばかりのメイクをする。
着替えてリビングに行くと、吉良がコーヒーを淹れて待っていた。
「金沢さんのこと、俺も話さなきゃいけないと思ってた。…それなのに、ごめん」
まだ、どんな話をしたか何も言ってないのに、吉良は私に頭を下げた。
それは、以前聞いた金沢さんとの関係が、本当は違うと…認めたことになるんじゃないか。
そして、彼女に聞いた話がすべて本当のことであると認められたみたいで…少し、胸が苦しくなる。
「帰ったら、話そう」
「…わかった」
ここまで来たら私もすべて聞く覚悟をしよう。
そしてどうか…すべてを受け入れる広い心を持てますように。
「モネ?愛してるよ」
朝から何の迷いもなく真っ直ぐ伝える吉良には、テレも迷いもなく、真剣な表情。
私だって愛してる。
そう思うのに、つい…ワイシャツの下に隠された、紅い跡を確認したくなった。
こんな日は、離れたくない。
それなのに…神さまは、残酷。
『ごめん…また急に出張になった』
吉良からの連絡に気づいたのは、お昼休みだった。
既読になるのを待ってたのか、着信が入る。
「これから大阪。今回は1人で行くから、確実に3日帰れないと思う」
ごめんな…と謝る吉良に、私はちょっと大胆なことを言ってしまったかもしれない。
「いっぱいつけたから、消えないかな…」
「…ん?」
「首筋と胸と、お腹につけた、キ…キス…」
「キスマークの心配をモネにされる日が来るなんてな」
テレたように言われて、私も携帯のこちらで赤くなる。
「消えないよ。こんなにいっぱい、モネの印がついてて嬉しい」
俺もつけといて良かったー…と言われたけど、私からのキスマークの重みがどれほどなのか、吉良はわかってない…と思う。
帰ったら金沢さんとの話をする…なんて約束は、改めてしない吉良。
でもきっとわかってる。
すべてを打ち明けることが、私への愛だということが。
金沢さんの話を認めるのか、認めないのか…実際はどうだったのか、すべては3日後。
吉良は大阪へと出かけていった。
その夜、憂さんと鬼龍さんから夕飯の誘いがあったのは、吉良の差し金だったようだ。
金沢さんとの一件以来、会社のエントランスを出る時は、少し緊張してしまう。
まさかまた…金沢さんが待っているんじゃないかとキョロキョロしてみれば、前方に背の高い2人組の男性が手を振っているのが見えた。
1人は緩やかなパーマヘアの男性、そしてメガネをかけたストレートヘアの男性。
どちらもTシャツにラフなパンツ姿。
「…鬼龍さん!」
昨日口から出任せで鬼龍さんの名前を出したものだから、2人に近寄ってすぐ、その名前を呼んでしまった。
「あー…モネち、先に憂ちゃん…って呼んでくれると思ってたのにぃ…」
同じような黒のTシャツなのに、胸元に小さな紅いバラのワンポイントがついている鬼龍さん。
私はそれが気になって、質問しながら鬼龍さんと話をしてて、憂さんの言葉を聞いてなかった。
「ちぇー…せっかく俺の想い人も呼ぼうかと思ってたのにぃぃ」
ブツブツ言う声の肝心なところが聞こえて、私は思わず憂さんに向き直った。
「…会わせてください!」
吉良が帰るまで、私は心の整理をしながら、なるべく明るくいたい。
憂さんの恋人に会えるなら、これ以上ない幸せのお裾分けだ!
連れて行ってもらったのは、憂さん行きつけの会員制のバーだった。
タクシーに乗せられたから、どのへんなのかはわからない。
鬼龍さんによると、私の住まいからは離れたらしい。
要するに、会社を挟んで向こう側ということだ。
「…いらっしゃいませ。メニューはありませんが、料理も出せるので、希望があればお知らせください」
どこかの社長さんみたいな男の人が、私たちのそばに来てそう言ってくれた。
憂さんは店に入るなり、スタッフと話し込んでいる。
「モネちゃんはお腹すいただろ?なに食べたい?」
ソファにゆったり座って首をかしげる鬼龍さん。
「ええっと、ミルク雑炊が食べたいです…」
「ん?ミルク?」
「はい。白菜とベーコンが入った、ミルク雑炊…吉良が作ってくれたことがあって…」
そう言ったとたん、金沢さんの言葉を思い出した。
『吉良が作るグラタンのほうが美味しいわね』
…1つ思い出すと、あの時の光景が蘇って、辛くなって眉間にシワが寄る。…体に力が入る、震える。
「モネちゃん…?どうかした?」
目の前にいる鬼龍さんには隠せなかった。
…これが吉良なら、抱きついてしまえばわからないけど。
「何でもない…です」
とりあえずそう言って笑顔を作る私に、鬼龍さんは意外なことを教えてくれた