目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

6章…第10話

「フラッシュバックだろ、それ」


「え…なんで…」


「吉良も、いっときそんな感じだった」



吉良が…?



「どうして…何のフラッシュバックだったんですか?」


質問をしたところで、憂さんが女性を連れて私たちの席にやって来た。



「えーっと…彼女がその…俺の」


らしくなく口ごもる憂さんに華やかな笑顔を向けて、女性が私たちを見た。



「初めまして。天音美羽と申します」


薄暗い店内で、そこだけ白く輝いて見える…


両手をウエストのあたりでまとめて、背筋がピンっとして、立ち姿がとても美しい。


白い半袖のブラウスとレースのタイトスカート。

髪はゆるくポニーテールに結ばれていて、耳元でハートのイヤリングが揺れている。


この人が…あの憂さんの想い人…。


つい感慨ぶかげに見つめてしまう。



「初めまして、桜木、桃音です。私はあの…吉良の、綾瀬吉良さんの…」


ダメだ、照れちゃう…!



「吉良の恋人。もう婚約者か?」


助け舟を出してくれる鬼龍さん。



「はい…お互い、家族に紹介したので…」


美羽さんは「わぁ…!」と驚きの声を上げて、私の手を握ってくれた。


「憂さんと昔、悪いことしてた吉良さんの恋人さんですね?!」


「あー…おいおい、美羽ちゃん?」


憂さんが慌てて私から彼女を引き剥がし、鬼龍さんの座るソファに2人並んで腰掛ける。


鬼龍さんは狭くなって、私の隣の席に避難した。



「そんなに悪いことしてませんよ?…美羽ちゃんがそう思い込んでるだけでしょ?」


2人はそんなやりとりを、膝をくっつけて話し始めた。



「なんだか…見てらんねぇな、くすぐったくて」


鬼龍さんはそう言って、指先で2人を追い払う真似をする。





「吉良のことはさ…本人に聞きな。俺が変なこと言っちゃって気にさせたのに、ごめんね」


「あぁ…いえ」


憂さんの恋人の出現で、いったん途切れたトラウマの話。



吉良に聞くべき。…確かにそうだ。

これは私たちの話。

いつまでも間に人を挟んで、本人に直接聞くのが怖いからって…そんな話ばかりじゃ申し訳ない。



「お待たせしました。ミルク雑炊です」


注文したものがところ狭しと運ばれてきた。

ほかにも唐揚げやたこ焼き、だし巻きたまごに牡蠣フライなど、思い思いの料理が運ばれてくる。



「エスカルゴ、お待たせいたしました」


「「「エスカルゴ…?!」」」



3人同時に吠えてしまった。


「はい。エスカルゴ。私です」


美羽ちゃんが笑顔でお皿を受け取る。


それからは、皆でお酒を飲みながら、ワイワイ楽しく過ごした。



「…モネちゃん?大丈夫?」


「はい、らいじょうぶれす」


ピシッと敬礼して見せた。


…まぶたがくっつきそうですけど、大丈夫です。細目ながら、ちゃんと見えてますから…大丈夫です



そろそろお開き、という声が聞こえた。


そして鬼龍さんと憂さんが小競り合いする声。



「飲ませすぎだろ…吉良に怒られるぞ?」


「いつもよりずっとペースが早かったんだな…気付かんかったわ」



「うるしゃいっ!」


私だって吠えます!

いつまでも子供扱いするのは、許せんのです…


「お酒をどんくらい飲むかは私のせいなのです…2人とも私のお父さんじゃないんですから、責任を感じる必要はない!」


…それとも、お父さんになりたいですか、?とチグハグな質問をして笑われた。


「こりゃっ!お母さんの話をきちんと聞かん子は、赤鬼に食べりゃれちゃうぞ?…」


…子供の時、お母さんに言われた脅し文句を思い出して…マネして言ってみた。


…美羽さんが一生懸命何か言ってる気がするけど、私のまぶたはもう重さに耐えられなくて…


その後のことは、覚えていない。




翌朝、気がつくと私は、リビングのソファに寝かされていた。なぜかバスタオルが2枚、体に掛けてあって…ソファの下にクッションがたくさん置かれていた。


もしかして、いやきっと、鬼龍さんが送ってくれたんだ。


昨日は美羽さんがいたし、憂さんは彼女を送って、私は鬼龍さんに…


あれ、なんかまずかったかな。


もちろん、飲みすぎたのは良くなかったけど、鬼龍さん1人に部屋まで送ってもらうって。


私は昨日、多分意識がなかった。


鬼龍さん、私を抱えて連れて帰ってくれたのかな…


吉良の留守に酔いつぶれて、その友達に介抱してもらうなんて。

しかも意識不明で…


疑うわけじゃないけど、何されても仕方ない状況とも言える。


…鬼龍さん、恋人いないのかな。


いや…それより、吉良にバレちゃう。吉良が怒っちゃうかもしれない。


私はとりあえず、まだ少し体内に残るアルコールをスッキリさせようと、熱いシャワーを浴びることにした。




『鬼龍さん、昨日はもしかして送ってもらいましたか?ぐでんぐでんの酔っ払いで大変ご迷惑おかけしました…』


仕事を終えて帰宅してから、いつか交換したアドレスの鬼龍さんにメッセージをした。


しばらくして返ってきた返信は『酔っ払いモネ』


ひぇ~…やっぱり相当迷惑をかけたんだと、必死で謝るスタンプを送信する。


すると着信が鳴り出して、驚いて出てみた。



『モネ?』


「ひゃぁっ…!」


メッセージのやり取りをしていたから、てっきり鬼龍さんだと思った…



『…そんなに驚く?』


「いや…そうじゃなくて…」


しどろもどろの私に、勘の鋭い吉良はタイムリーな質問をしてきた。


『昨日、憂の行きつけの会員制バーに行ったんだろ?どうだった?』


どこに行くかまで知ってたんだ…

私がお酒を飲みすぎてクダを巻いて意識不明になったことも、すぐにバレちゃうかも…。



「天音美羽ちゃんに会った!」


とっさに言ったのは、少しでも話をそらしたい本音の現れだったかもしれない。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?