「フラッシュバックだろ、それ」
「え…なんで…」
「吉良も、いっときそんな感じだった」
吉良が…?
「どうして…何のフラッシュバックだったんですか?」
質問をしたところで、憂さんが女性を連れて私たちの席にやって来た。
「えーっと…彼女がその…俺の」
らしくなく口ごもる憂さんに華やかな笑顔を向けて、女性が私たちを見た。
「初めまして。天音美羽と申します」
薄暗い店内で、そこだけ白く輝いて見える…
両手をウエストのあたりでまとめて、背筋がピンっとして、立ち姿がとても美しい。
白い半袖のブラウスとレースのタイトスカート。
髪はゆるくポニーテールに結ばれていて、耳元でハートのイヤリングが揺れている。
この人が…あの憂さんの想い人…。
つい感慨ぶかげに見つめてしまう。
「初めまして、桜木、桃音です。私はあの…吉良の、綾瀬吉良さんの…」
ダメだ、照れちゃう…!
「吉良の恋人。もう婚約者か?」
助け舟を出してくれる鬼龍さん。
「はい…お互い、家族に紹介したので…」
美羽さんは「わぁ…!」と驚きの声を上げて、私の手を握ってくれた。
「憂さんと昔、悪いことしてた吉良さんの恋人さんですね?!」
「あー…おいおい、美羽ちゃん?」
憂さんが慌てて私から彼女を引き剥がし、鬼龍さんの座るソファに2人並んで腰掛ける。
鬼龍さんは狭くなって、私の隣の席に避難した。
「そんなに悪いことしてませんよ?…美羽ちゃんがそう思い込んでるだけでしょ?」
2人はそんなやりとりを、膝をくっつけて話し始めた。
「なんだか…見てらんねぇな、くすぐったくて」
鬼龍さんはそう言って、指先で2人を追い払う真似をする。
「吉良のことはさ…本人に聞きな。俺が変なこと言っちゃって気にさせたのに、ごめんね」
「あぁ…いえ」
憂さんの恋人の出現で、いったん途切れたトラウマの話。
吉良に聞くべき。…確かにそうだ。
これは私たちの話。
いつまでも間に人を挟んで、本人に直接聞くのが怖いからって…そんな話ばかりじゃ申し訳ない。
「お待たせしました。ミルク雑炊です」
注文したものがところ狭しと運ばれてきた。
ほかにも唐揚げやたこ焼き、だし巻きたまごに牡蠣フライなど、思い思いの料理が運ばれてくる。
「エスカルゴ、お待たせいたしました」
「「「エスカルゴ…?!」」」
3人同時に吠えてしまった。
「はい。エスカルゴ。私です」
美羽ちゃんが笑顔でお皿を受け取る。
それからは、皆でお酒を飲みながら、ワイワイ楽しく過ごした。
「…モネちゃん?大丈夫?」
「はい、らいじょうぶれす」
ピシッと敬礼して見せた。
…まぶたがくっつきそうですけど、大丈夫です。細目ながら、ちゃんと見えてますから…大丈夫です
そろそろお開き、という声が聞こえた。
そして鬼龍さんと憂さんが小競り合いする声。
「飲ませすぎだろ…吉良に怒られるぞ?」
「いつもよりずっとペースが早かったんだな…気付かんかったわ」
「うるしゃいっ!」
私だって吠えます!
いつまでも子供扱いするのは、許せんのです…
「お酒をどんくらい飲むかは私のせいなのです…2人とも私のお父さんじゃないんですから、責任を感じる必要はない!」
…それとも、お父さんになりたいですか、?とチグハグな質問をして笑われた。
「こりゃっ!お母さんの話をきちんと聞かん子は、赤鬼に食べりゃれちゃうぞ?…」
…子供の時、お母さんに言われた脅し文句を思い出して…マネして言ってみた。
…美羽さんが一生懸命何か言ってる気がするけど、私のまぶたはもう重さに耐えられなくて…
その後のことは、覚えていない。
翌朝、気がつくと私は、リビングのソファに寝かされていた。なぜかバスタオルが2枚、体に掛けてあって…ソファの下にクッションがたくさん置かれていた。
もしかして、いやきっと、鬼龍さんが送ってくれたんだ。
昨日は美羽さんがいたし、憂さんは彼女を送って、私は鬼龍さんに…
あれ、なんかまずかったかな。
もちろん、飲みすぎたのは良くなかったけど、鬼龍さん1人に部屋まで送ってもらうって。
私は昨日、多分意識がなかった。
鬼龍さん、私を抱えて連れて帰ってくれたのかな…
吉良の留守に酔いつぶれて、その友達に介抱してもらうなんて。
しかも意識不明で…
疑うわけじゃないけど、何されても仕方ない状況とも言える。
…鬼龍さん、恋人いないのかな。
いや…それより、吉良にバレちゃう。吉良が怒っちゃうかもしれない。
私はとりあえず、まだ少し体内に残るアルコールをスッキリさせようと、熱いシャワーを浴びることにした。
『鬼龍さん、昨日はもしかして送ってもらいましたか?ぐでんぐでんの酔っ払いで大変ご迷惑おかけしました…』
仕事を終えて帰宅してから、いつか交換したアドレスの鬼龍さんにメッセージをした。
しばらくして返ってきた返信は『酔っ払いモネ』
ひぇ~…やっぱり相当迷惑をかけたんだと、必死で謝るスタンプを送信する。
すると着信が鳴り出して、驚いて出てみた。
『モネ?』
「ひゃぁっ…!」
メッセージのやり取りをしていたから、てっきり鬼龍さんだと思った…
『…そんなに驚く?』
「いや…そうじゃなくて…」
しどろもどろの私に、勘の鋭い吉良はタイムリーな質問をしてきた。
『昨日、憂の行きつけの会員制バーに行ったんだろ?どうだった?』
どこに行くかまで知ってたんだ…
私がお酒を飲みすぎてクダを巻いて意識不明になったことも、すぐにバレちゃうかも…。
「天音美羽ちゃんに会った!」
とっさに言ったのは、少しでも話をそらしたい本音の現れだったかもしれない。