『美羽ちゃんに会ったのか!俺も少し前に憂と2人で飲んでて、急に来て挨拶したよ』
「そう、だったんですか?それはそれは…奇遇です…」
ハッと気付いた時は遅かった。
『モネ、敬語っておかしくない?』
…おかしいです…
昨日グデグデに酔って、意識不明になって鬼龍さんに送ってもらったことが、罪の意識すぎて…
「ご、ごめんなさい」
黙っていられなかった。
ちゃんとお叱りを受けなくちゃ…
「昨日、憂さんに連れて行ってもらった会員制のバーで飲みすぎて…」
『…グテグテの酔っ払いモネになったんだろ?』
え…お見通し…?
「ゆ、憂さんに聞いたんですか?」
『…もう敬語はやめてよ。距離があるみたいで寂しくなる』
「あ、ごめん…」
吉良は電話の向こうで乾いた笑い声をあげながら『悔しいなぁ』と言う。
『モネ、思った通りだからさ。失敗してもごまかそうとしないで、ちゃんと打ち明けてくれて嬉しいよ」
そんな…すぐに電話しなかったのに。ごまかそうとしないなんて…本当はごまかしてしまいたかったよ。
それを多分、吉良もわかってるのに。
明後日には速攻で仕事を終わらせて帰ると言って、吉良との電話は切れた。
画面を戻してみると…鬼龍さんへ送ったスタンプの返信が来ていた。
『これから吉良と話して、辛くなったら連絡して。実は俺も、モネちゃんに聞いてもらいたい話がある』
聞いてもらいたい話…?
いいですよ、とか、お願いします、とか…気軽に返事をしていいのか…
返信に迷って、ペコリとお辞儀するスタンプを返して、やり取りは終わった。
この時、吉良も鬼龍さんも、私の知らないところで苦悩の表情でいたとは…私はまったく思わなかった。
やがて吉良が帰って来る金曜日。
どこかで食事でもしようという吉良に、私は腕によりをかけて夕食を作ると宣言して、家で待っていると言った。
…ということで、定時で退勤する。
「今日はまず、お買い物なのです…」
入社以来帰宅が遅くなって、たくさんオマケをしてくれた商店街にはなかなか行けなくなっていた。
でも今日はどうだろう…
確かどこも、19時まではやっていたような気がする。
「あれぇ?お姉さん久しぶりだねぇ」
肉屋のおじさんが覚えてくれていて、私も嬉しくなる。
ここで豚のひき肉と豚の細切れ肉を買い、八百屋さんで必要な野菜達を買った。
「もってけドロボー!」と、警察が反応しそうなワードを何度も言いながら、おじさん達はオマケをたくさん袋に入れてくれた。
悪戦苦闘すること2時間…
「ただいま…」の声にビョーンと飛び上がり、玄関まで走っていった。
「おかえりなさい…!」
留守中いろいろあったけど…その姿を見れば一瞬でときめく吉良の姿。
その胸に飛び込めばいつもの吉良の匂い。吉良の広い胸。
がっちり抱きしめられて、たくましい腕に巻き付かれる喜びに浸った。
「…今日は私に任せて」
「あれ?『…ご飯?お風呂?それとも私?』って聞いてくれるんじゃないの?」
笑う吉良にちょっと下を向いて言う。
「まだ…ご飯が全然出来ないので、それ言えなかったの…」
「あー…そういうことか!」
キッチンは…まぁまぁめちゃくちゃなことになっている。
それを見た吉良はネクタイを外した。
「結局こういうことになる…」
私からエプロンを奪って腕まくりを始めた吉良。
後の支度は吉良にバトンタッチとなり、私は先にお風呂に沈められた。
私が考えたメニュー、ハンバーグとサラダ、そして豚汁という料理は、途中の選手交代によって完璧なディナーになった。
食べながら…吉良の出張の話を聞き、表面上は穏やかな2人の食卓。
でも、今までと違うのはわかってる。
私も心の片隅で、鬼龍さんに意識不明の状態でここまで送ってもらったこと、吉良にちゃんと白状しなくちゃ…と思っていた。
それなのに…タイミングを計っていたら、いつの間にか夕食を食べ終えていて…
「金沢さんのことだけど」
…先に切り出されてしまった。
そう。まずはこの話が先。
帰ってきて、いつ切り出されるかドキドキしていた。
自分の失態も、ちゃんと言わなくちゃと思ったけど…今は先に話を聞こうと覚悟を決めた。
「うん」
吉良は私の手を取り、ソファへと移動した。
そして手を握りながら話を続ける。
「…ずるいかもしれないけど、先に言わせて欲しい。俺にとって、生まれて初めて愛した女性はモネだ。それは、この先一生変わらない」
「…うん」
見つめる瞳が、見たことないほど真剣で、緊張しているとわかる。
出会った頃は余裕で、私はいつも…この瞳の奥を覗き込んでいた。
今の吉良の目には、流せない涙があるのを感じる。
私に対して、正直にまっすぐ向き合おうとしてくれているのがわかった…
だから、私から言った。
「本当のことを、聞かせてほしい」
「金沢さんとは、女性向け性感サービスの店で、セラピストと客として出会った」
金沢さんが言ってた通りだ…
「Black Butterflyの『リク』…?」
「そうだ…」
覚悟はしていたけど、今繋いでいるこの手が、たくさんの女性の肌を這ったのだと思うと…
思わずギュッと握ってしまった。
「モネ…ごめんな、俺…」
「違う…!」
胸が燃えるように熱い。
説明できないけれど、嫉妬なんだと思う。独占欲なんだと思う。
Tシャツの襟を探れば、出張前に付けた嫉妬の花が淡く残ってるのが見える。
そっとそこに手をやると、ふわりと広い胸に抱き寄せられた。
「聞いてくれる?俺がそんなバイトをするようになったキッカケ」
「うん、全部…話して」
泣いたら話せなくなる…
私はせり上がる涙を必死に飲み込んだ…