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7章…第2話

「二階堂の家に、俺の居場所はなかった」



少し遠い目をする吉良。

挨拶に行った時のことが蘇る。

整然と片付いた綺麗な家だったけど、その分冷たくて、居心地が悪かったことを思い出す。



「中学から荒れ始めて、あの3人とつるんで、適当なことを繰り返した」


あの3人とは、憂さん椎名さん鬼龍さんのこと。



「適当なことって…」


「授業をサボって屋上で昼寝したり、制服を適当に着たり…他校の奴と喧嘩したりな」



それでも皆、やれば出来る人ばかりだったからか、高校へは難なく行けたらしい。



「俺だけは二階堂さんに私立に行かされることになった。…今思えば、それが俺の転落の始まりだったのかもしれない」


眼光鋭い吉良に、男子生徒は一目置き、女子は群がってきたという。


中学時代も女子には注目されてきたけれど、高校になると、その比ではなくなったらしい。



「憂たちがいなくて、寄ってくる子を追い払うのも面倒くさくて、適当な付き合いを繰り返した。我ながら…ほんと、ひどかった」


その意味は言わなくてもわかる。

女の子をとっかえひっかえ…体を繋げたということだろう。



「今になって…もしモネを過去に、そんな目に合わせた男がいたと知ったら、絶対殴りたくなる。だから俺は…相当な数の人間に恨まれても仕方ないことをしてきたんだと思う」


「…でもそれは、家に居場所がなくて、憂さんたちとも離されたから、でしょ?」


うつむいて目を伏せる吉良を見れば、女の子が寄ってくるのは当然だと思う。



「うん。ただ、中には遊ばれたって騒ぎ立てる子もいて…当時二階堂さんに話をつけてもらったこともある」


「そう…だったんだ」


「だから、東京の大学を受験して家を出る時、一切援助はしないと言われた」


「…じゃあ、全部奨学金で?」


「学費はな。成績さえ取れていれば、もらえる奨学金もあったし、それで何とかした」



そうか…援助をしない、ということは、住まいとか生活費に困ったということか…


私の心配に気付いたように答えてくれた吉良。



「バイトして、しまくったよ。でも成績落とすわけにはいかなくて、勉強もして…」


そうか、成績を落とせば、もらえる奨学金の申請ができなくなるから…



「そんな時に知ったんだ。怪しいバイトを」


「…」


性感セラピストのこと…


「少しずつ指名が増えて…短い時間で簡単に稼げるバイトだと思ってやっていた。…客に望まれれば、なんだってやった」


本番…ってことだと、すぐにわかる。



「い…嫌じゃなかったの?」


知らない女の人に触れること、しかも…ふだんは隠れている深いところに…


「金のために必死だった。大学を卒業出来なければ、こんな生活がずっと続いてしまいそうで怖かった。…変な話、やめるために…やってたというか」


難関と言われる大学。

就職は、それなりの企業を望める。

だから、中退は避けたかったのかもしれない…



「ずっと適当なことを繰り返して、怪しいバイトにまで手を出して体を壊しかけて…憂たちにもう足を洗えと言われた」


でも…と、吉良は続ける。



「辞めたあと、金沢さんにばったり会ってしまった」


あぁ…それから金沢さんが、吉良の体にお金を払った、というくだりになるのか…



「いわゆる、金銭が絡むセフレ。相手をするのは金沢さんだけになったけど、少しずつ…俺の心が悲鳴を上げ始めた」


この時も、憂さんたち3人が吉良を助けたという。



「金沢さんに別れを伝えるとき、憂が一緒に来てくれて、あいつはしばらく自分が代わりに相手をしてやるって言ったんだ」


吉良のためにそこまで…と思いながら、それくらい吉良の疲労は見ていられないものだったのかもしれない…


「でも金沢さんの興味は憂に向いてはくれなくて、ずいぶんつきまとわれたけど、俺は相手にしなかった」


当時吉良が一人暮らしをしていたのは、大学近くの古びたアパートだった。


「別れを告げ、連絡を絶って…それで終わると思った。俺の方も、大学とアパートの往復だけにして、できるだけ目立たないようにしてたよ」


やがて時間が過ぎていき、吉良は私と出会うことになる。



「…あの頃、錦之助が吉良は研究室にこもってるって言ってたのは、そういう理由があったからなの…?」


「そう。学食で初めてモネを見て、自分でもびっくりするくらいドキっとしてさ。…でも、俺みたいなのが声をかけていいのか悩んだ。そういう経緯があったから」


でも結局、吉良はアクションを起こしてくれた。

私は今、それをとても嬉しく思う。



「はじめは…どう付き合っていいかわかんなくて、優しく出来なかったな」


女の子に優しくしたことがなかった吉良。

いつも迫られて、グイグイこられて求められて、辟易していたという。



「金沢さんからの連絡は、気付けば途絶えてた。別れを受け入れてくれた、納得してくれたと思った」


「…まさか」


「うん…あいつらが、俺と金沢さんの間に入ってくれて、遠ざけてくれてたんだよな」


憂さんと鬼龍さん、そして椎名さんが…3人は家族以上の存在だと、吉良の顔がほころぶ。


…だからあの居酒屋で再会した時、金沢さんが皆と面識がある素振りだったのかと、納得した。



「…本当に、後悔は多い。女の子と、簡単な付き合いをしてたこと…セラピストの仕事、金沢さんとの契約…それから、モネとのハジメテをあのアパートでしてしまったことも…」


その言葉を聞いて、私の心臓が嫌な音を立てた。


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