引き返してきた私と目を合わせ、吉良がインターホンに応じる。
画面に映るのは、間違いなく…
「…なに?いきなり姿を消したと思ったら…」
「ご、ごめん…ちょっと開けてよ…」
訪ねてきたのは、憂さんだった。
とりあえずお風呂は後にして、私はお茶とお菓子の準備をしようとキッチンに行く。
その間に玄関前のインターホンが鳴り、吉良がドアを開けに行った。
「ご…ごめんねモネちゃん…体に、さわらない?俺、迷惑じゃない?」
リビングに入ってきた憂さんは、快気祝いパーティーの時と同じ服。
いつも通りの外見だけど、パーティーの時とは様子が違って見えた。
「大丈夫ですよぅ…それより、何かあったんですか?」
リビングのテーブルの前にソロリと座り、憂さんの顔を覗き込む。
「あ…あのさモネちゃん、吉良のこと、好き?」
「…へ?」
唐突に聞かれて、頬に熱が集まる。
吉良は私に向かって指を指し、「正直に!」なんて言ってその場を離れてしまう。
「す…好きですよぅ…そりゃ…今さら、なにを聞かれてるんだか…」
「…じゃあ、吉良のためなら、人生変わっちゃってもオッケー?」
人生が変わる…とは?
「うーん…人間だったのが犬に転生しちゃうくらいなら、オッケーですかねぇ…」
ネズミと昆虫は嫌だけど…と続ける私の答えが聞こえたようで、吉良が爆笑した。
「俺も同じかなぁ。モネと一緒に犬に転生するのは大アリ」
ビールとワイン、簡単に作ったと思われるおつまみ各種をトレーに乗せて運んできた。
「今日は…飲み足りないんじゃねーの?」
憂さんの様子で判断したらしい。
それにしても…いつものことながら、
パパっと作ったらしいおつまみ各種を見て思う。
才能にあふれる吉良。
私のくだらない話の間に料理テクを披露して、天才ですか?
「吉良はいいの。多分俺も同じだから。美羽が魚に転生したいって言ったら俺もそうするし、ミミズならそれも良し!」
ん?今…美羽って言った?
吉良と目を合わせて目配せしあい、様子が変なのは、その美羽さんのせいかもしれない、と思う。
「…雲でもいい。なんなら空気でも…美羽と転生できるなら…」
憂さんがグラスを持たないので、吉良が手酌でビールを注ぎ、憂さんに渡す。
私はワインをソーダで割って、吉良にビールを注いであげた。
「なんか、熱に浮かされてるみたいだけど、まぁいいか。…乾杯!」
吉良の掛け声でビールを口にした憂さん。喉を鳴らしながら一気に飲み干した。
呆気に取られながらまたグラスを満たしてやると、また一気に飲み干す憂さん。
3杯目を飲み干した後、憂さんがついに言葉を発した。
「ちちおやに、俺はなるっ!」
「「…えっ?」」
なに? 海◯王に、俺はなる、みたいな言い方…
「ちょっと待てよ。普通順番からして、父親になるのは俺のほうが先だろ」
変なところにツッコミを入れる吉良。
順番とか、すっ飛ばす場合もありだとしながら、私は冷静に2人の間に入った。
「憂さん、おかあさんは誰ですか?憂さんを、おとうさんにしてくれたのは…?」
聞いてみると…憂さんは突然立ち上がり、片手を天井へと伸ばした。
反対側の手は腰のあたりで握られてて、ウルトラマンが「シュワッチ」って自分の星に帰っていく時のポーズみたいだと気付いて、とっさに腰を押さえたくなる…
「…美羽さんだろ?話の成り行きから言って」
隣で吉良が、冷静に言った。
「…ホントにぃ?」
私は喜びにあふれた笑顔を向けてしまう…憂さんが美羽さんとの間に赤ちゃんを授かったなんて…そんな話、絶対本人から聞きたい。
「憂さん…?おかあさんは、誰ですかぁ?」
懲りずに聞く私に、憂さんはやっとウルトラマンポーズをやめて言った。
「美羽。天音美羽。…もうすぐ、柏原美羽…」
「わぁ…!おめでとうございます…!」
思わずパチパチ拍手をして、お祝いムードを盛り上げた。
…それにしても憂さんって「柏原さん」だったんだ…
それに「ゆう」と「みう」で、名前も似てる…
「そうか…それじゃこれから大変だな。向こうの親に挨拶に行って、結婚式に、新居?ベビーのための準備と出産…」
「出産は、俺は、しない」
1つ1つ数える吉良に、憂さんが言う。
「なんで?俺らは出産しなくても、生まれる瞬間まで、一緒に頑張るんじゃねぇの?」
「…俺、それ無理なんだよ…どうしよう…」
「わわ、私も…無理ですよぅ…」
うなだれる憂さんに寄り添う私に、吉良が意外そうに言う。
「無理じゃないでしょ?そこは頑張ってもらわないと…」
「あ!もちろん頑張って産みますよ?でも…出産に付き添われるのはちょっと…」
出産は、極限状態になるという。
ものすごく変な顔をしたりしちゃうかもしれないのに、それを吉良に見られる勇気なんてない…
吉良は軽く私を睨みながら、まぁいいや…と、話を憂さんに戻した。
「じゃ、結婚式、新居、挨拶…」
「…それだ!」
憂さん、挨拶に行くことにかなり尻込みしているらしい。
「しょうがねぇだろ。順番を間違えたお前が全部悪い。結婚前に大事な娘を身重にした詫びはきっちり入れてこい!」
半笑いで言う吉良。
なんだか楽しそう…
「吉良はどうだった?モネちゃんの実家に挨拶に行って…」
ちょっと私の事を見て、視線を憂さんに戻す吉良。
「…すっっっっっげぇ緊張した」
「あぁ…ぁぁ…ぁ…やっぱりぃ…」
憂さんは頭を抱えてしまった。