憂さんが帰るのを待っていたかのように、吉良の携帯がメッセージの着信を知らせた。
「…椎名、無事に帰ってきたってさ」
見せてくれた携帯の画面には、恐ろしく丁寧な文章と、心配をかけたお詫びが、ツラツラと綴られている。
未来さんらしい言葉選びに、私の頬は緩んだ。
「…なぁーんか、気に入らねぇな」
面白くなさそうに、私の腕を取る吉良。
向かう先はバスルームで、向かい合った私の服を、迷わず脱がせ始める。
「な…何が気に入らないの?」
遠慮なくポンポン脱がしてくれるけど、こっちはちょっと恥ずかしいわけで…あちこち隠しながら聞いてみた。
「結婚するの、俺が一番乗りだったはずなのにさ」
ドアを開けて私を先に中に入れ、温度を確かめてから、シャワーを肩にかけてくれる。
「そ…れは、まぁ、ご縁があった人に出会えて?…2人とも幸せなので、良いこと…なんじゃない、かな?」
シャワーソープを手に取った吉良の手が、頼んでもいないのに私の体を洗い始める。
このままじゃ、終わらない夜の始まりになるかもしれない…と、さりげなく吉良の手から逃れようとするけれど…逆に私の手にシャワーソープが盛られ、吉良は自分の胸を突き出す。
「…まぁな、めでたいことだからいいんだけど、まずは俺の幸せを見届けてから…って気にならないかねぇ」
ならないよ…と思いながら、手早くシャワーソープを泡立て吉良の体にモワモワと乗せて遊びながら洗ってあげる。
終わる頃には少し、目元に熱を帯びた吉良だけど…知らん顔してさっさとバスタブに入ってしまった。
「結婚式、いつ頃にするかなぁ…」
「吉良の繁忙期は避けないと…」
私の後ろに滑り込むように入ってきた吉良。
「それはモネも一緒だろ」
「そうだけど…」
私はまだまだ半人前で、少し会社を休んでも誰も困らない…と思っていた。
「結婚式…?!ついに?!」
週明け、一緒にランチを食べに来た万里奈と添島先輩に、結婚式の話が具体的になりそうだと話す。
すると意外にも、いつ頃になりそうか…と迫られて驚いた。
「桜木さんがしばらく休むなら、うちの課もそれなりに準備しないとな」
「まだ、具体的に決まってなくて…吉良の繁忙期は避けなきゃって思ってるだけなんですけど…」
私が休むことで、万里奈とか他の社員の仕事が増えて、迷惑かけないようにしないといけない。
そう思って、早いけれど伝えた結婚式の予定。…つい口元が緩む。
「…なに?幸せそうな顔しちゃって!」
この…!っと、肘でつつく万里奈に、私は素直に笑顔を返した。
「…結婚も嬉しいけど、それより、私が休んで困るなんて言われると思わなかったので…そっちも嬉しくて」
私の言葉に、少し意外そうな表情を見せる添島先輩。
「…当然だよ〜。桜木さんはガンガン仕事を進めるタイプじゃないけど、確実で正確な仕事をしてくれるから、皆からの信頼は厚いんだ」
「あ…ありがとうございます!」
失敗もあったし、亀の歩み並にのっそり仕事を覚える私に、そんな言葉をかけてくれる添島先輩に心から感謝した。
万里奈…本当に見る目がある。
そんな風に、結婚式の具体的な日取りを考えていた私たち。
謎に憂さんや椎名さんより早く身を固めたいと願う吉良は、「なる早で」としか言わない。
「モネの家族にも相談してみようか」
吉良がそう言ったのは、親友より早く結婚したいという、謎の競争心がおさまったからだと思っていたんだけど…。
椎名さんと未来さんの結婚に進展があったらしい。
「俺ら、とりあえず入籍だけ済ませることにした」
椎名さんが未来さんと一緒にやって来て、そう言ったのは、数日後のこと。
「わぁ…!おめでとうございます!」
お茶の用意をして、思わずパチパチ拍手をする私。
「あ、あ、あ…ありがとうございます」
未来さんがメガネを押さえながら、何度もお辞儀をした。
その顔はほんのり赤くてすごく可愛い…!
「ところで…お2人の馴れ初めってどんな感じなんですか?」
そもそも、椎名さんがモデルになったキッカケも知らない。
椎名さんは出会った頃からすでにモデルとして活躍していたし、当時は未来さんという名前も出てこなかったから、ふと疑問に思って聞いた。
「未来が、俺のマネージャーになったのは、デビュー当時からで…」
「デビューって、いつ頃だったんですか?」
「本格的に、プロとしてやっていこうと決めたのは22歳。大学卒業の頃だな」
今の事務所に所属して、新入社員としてやって来たのが未来さんだったという。
「は…初めは…怒られてばかりで、私は嫌われてると思ったんですけど…」
聞かれたことにちゃんと答えようとする未来さん。
本当にまっすぐで正直で素直で…可愛らしい人なんだと思う。
「まぁ…俺らの詳しい話はいいとしてさ…!」
頬を染めて出会いの話をされるのはさすがに照れたのか、椎名さんがいいところでストップをかけ、自分たちがやって来た理由を話しだした。
「吉良たちの結婚式、いつ頃?」
「あぁ…日取りは今詰めてるとこで…まぁ…なる早って言っても、半年後くらいにはなるんだろうな」
吉良の返事に、椎名さんが冷やかすような笑顔になった。
「なる早とか…相変わらずモネちゃんに対してはまったく余裕ないのな?」
「…るせーよ。椎名こそ突然プロポーズして家に閉じ込めたんだろ?…そのへんの話、聞かせろよ」
吉良の悪い笑顔に、ギョッとした椎名さん。その綺麗な目を少し険しくさせて、隣にいる未来さんを睨んだ。
「どこまで…バラした?」
「…あちゃー…!すみません。どこまで、でしたっけ?あの…お帰りが遅いものですから、ついふ、不安で吉良さんに消息をご存じないかと連絡を入れてしまいまして…あちゃー…」
あちゃーと言いながら焦る人を初めて見た…!
私は吉良とコソコソ話しながらお酒を準備して、2人に結婚することになったエピソードを暴露させようと笑い合った。