Side.鬼龍
「次は…モネちゃんのご両親への手紙な?」
「あ…うん。わかった」
淡いグリーンのタイトなドレスを着た凛々子。
数年ぶりに再会してからずっと思ってたけど、こんなに綺麗な子だったかな。
2人で打ち合わせをしながら、どさくさにまぎれて聞いた。
…どうも、付き合ってる奴はいないらしい…
「…新婦、桃音さんから…ご両親に向けて、お手紙が届いております」
BGMが静かな音楽に変わり、モネちゃんと吉良が、両親の席へと歩み寄り、スポットライトがそれを追う。
「お父さん、お母さん…桃音は今日、お嫁にいきます…」
…それだけ言って、モネちゃんは胸がいっぱいになったようだ。
はじめから全部読める気がしないと言ってたモネちゃん。
その場合、続きは…
「大好きな人の隣に立つ幸せを噛み締めながら、これまで支えてくれた家族に…家族に…」
マイクに、鼻をすする音が入る…
ヤバいな。ピンチヒッターの凛々子まで泣いてる…
「ありがとう…と、心からの思いを、伝え…ます」
震える涙声で、凛々子がなんとかそこまで読む。
見ると…モネちゃんや両親はもちろん、招待客のほとんどがハンカチを目に当てていた。
思えば、凛々子の両親はすでにこの世を去っている。
両親への感謝の手紙なんて読ませるのは、酷だったか…
「…もういいよ、凛々子」
背中を少し撫でて落ち着かせてから、マイクに向かう。
手紙は全部読めていないが、もしもの対応は考えてある。
「新郎新婦からご両親へ、感謝の花束贈呈です」
…意外にも、吉良の母親もハンカチを目に当てている。継父の二階堂さんも緊張した面持ちだ。
2人から両家への花束贈呈は、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
最後に吉良が締めくくる。
「愛して、大好きで、惚れて、愛しくて…桃音と共に歩める幸せを、噛み締めております。これからの人生は彼女のために。ここに宣言して、お開きとさせていただきます。
本日は私たち2人のためにお集まりいただき、本当にありがとうございました」
ベタ甘なことを平然と言って…うまいこと盛り上げながら、スッキリ終わる吉良の口のうまさに笑ってしまう。
頭を下げた2人が向き直るのを待って、俺たち司会進行も招待客にお礼の言葉を述べ、その役割を終えた。
「…ごめん。ちゃんと読めなかった…」
俺に、吉良たちに謝る凛々子。
「いいんです!…あの辺で終わってくれなかったら、本当に涙が止まらなかったからちょうど良かったって、お母さんも言ってました!」
笑う2人に、まだ眉を下げている凛々子。
普通に可愛いし、性格いいな…って思ってる自分に気付いた。
「上に部屋取れるらしいんだ…どうする?」
その後のパーティーを伝え、今夜の宿泊について聞いただけで、変な意味で言ったわけじゃない。
けど、もしかしたら…勘違いを期待してたのかもしれないと、今なら思う。
「泊まりたい。…鬼龍と」
そう言われた時は、久しぶりに心臓がびっくりしたように飛び跳ねるのを感じた。
一応、そんな意味で言ったわけじゃないと言ったのは、別に保身のためじゃなく…確かめたかったから。
「だから、鬼龍と同じ部屋に泊まりたい」
赤くなってる…
2度も言わせた自分を少し反省した。
凛々子の赤みの刺した顔を見て、跳ねた心臓が大きく鼓動を早めたのは言うまでもない。
「…凛々子がいいなら、断る理由は、俺にはない」
もっと知りたい。凛々子を。
それに…凛々子に、知ってほしい。
俺の体のこと。
…お互いに、とっくに大人だ。
取り繕うほうがカッコ悪い。
そういう目で見たことがなかった同級生に、今の俺がどう見えているか、気になったけれど…
凛々子の素肌を見て…触れて、冷静でいられるはずがないと、早々に負けを認める。
…人肌なんて、何年ぶりだ。
柔らかくうねる体は、俺の心を大いに乱した。
それは…欲だけではなく、確実に愛があると、胸の高鳴りが教えている。
…正直、もしかしたら…という思いはあった。
あれから数年たち、心の傷はとっくに癒えたはず。
思い出すこともなかったし、思い出しても、冷静でいられた。
モネちゃんに、例え話として話せたくらいなんだから、とうの昔に起きた出来事でしかない。
「…凛々子のせいじゃないから」
体は、機能を取り戻せなかった。
せめて、自分のせいだなんて思ってほしくない。
「いろいろと、自分の感情を無視してきたツケが回ってきたってことらしい」
「無理しなくていいよ…」
優しい声に、確かな愛を感じた。
でもまさか…男としての機能をなさない俺に、本気で言ってるのか…
「凛々子…?」
「裸になってくれてありがとう…」
俺の胸に頬を寄せる凛々子。
どこか冷えたままの体に、早々に気づかれていたのか…
「…抱き合えるだけで幸せなの…こうしてるだけで、いいよ」
凛々子は自分から俺の首に腕を絡ませ…甘くて激しいキスをしてきた。
それは…驚くほどの官能で…
「あぁ…凛々子…」
ほんの少し唇を離して…その名前を呼びたくなった。
俺を抱いているのが誰なのか、確かめるように…
答える代わりに、触れてくる唇は熱くて…自分でも知らなかった感情が湧いてくるのを感じた。
「…ヤバい、クセになる…」
俺の機能を救ってくれるかもしれないとか、そんなんじゃない。
そんなこと、忘れるほど…凛々子に触れたくなった。
俺には見せて欲しい。
昂り、果てる表情を…
「…っ…鬼龍…好き…大好き」
甘いのに、苦しそうな表情で…好きだと言われた衝撃は大きかった。
俺に、わずかな変化が起きた。
「凛々子…可愛いよ…」
まさか凛々子が、俺の運命の女神だったなんて…。