昼休み、丈太は屋上で藍と一緒に昼食を摂る事になった。それは彼女からのたっての希望である。
初めは他の生徒からの悪評が藍に移る事を恐れて断ろうとしたのだが、丈太が何を言っても彼女は頑として聞き入れなかったのだ。曰く「既に孤立しているから大丈夫」ということらしい。
元々、牛圓藍という少女は、動物は好きだが人と接するのが苦手なタイプだったという。その為、幼い頃からあまり友達らしい友達はおらず、高校に入っても、基本的に独りなのは変わっていなかったようだ。癖っ毛で顔の半分が隠れてしまうボサボサ髪も後押ししてか、不気味な根暗女と陰口を叩かれているのだと、藍は苦笑いをしてみせた。そんな様子と、カニ重人との戦いの後始末を助けてもらった恩もあり、丈太は強く断り切れずにいるのである。
「へぇ~。牛圓さんのクラスも休んでる人が多いの?……俺がもっと早くカニ重人を倒せていれば良かったのにな…」
コンビニのおにぎりを片手にした丈太の顔が曇る。まさか課外学習に行った先でまで、重人と遭遇するとは思ってもいなかったのだし、被害が出たのは決して丈太の責任ではないのだが、やはり唯一重人達と戦える力を持っていると自負している丈太にとっては、自分の不甲斐無さを突き付けられているように感じるのだろう。
「せ、先輩は、悪く…ないです。私こそ、や、役に立てなく、て……」
「何言ってんの。牛圓さんには俺が助けてもらったじゃないか。聞いたよ、博士から。超高カロリー輸液を打った後、俺を担いで施設の中まで移動してくれたんだろ?アレが無きゃ俺だってヤバかったんだし……ありがとう」
「い、いえ!私なんて、そ、そんな……!」
照れ臭そうにモジモジしている姿は可愛らしいが、よくよく考えてみると丈太は戦闘後、全裸であったはずである。実際、丈太が施設内で目を覚ました時、制服が身体にかけられてはいたが、丸裸の状態であった。つまり、彼女が丈太を運んだ時は、何も衣服を身に着けていなかったという事だ。
話の途中でそれに気付いた丈太は、カァッと顔を赤くして、恐る恐る藍の顔を見た。長い前髪の向こうに見える目がバッチリあった瞬間、藍は顔を赤くして目を背けてしまったのだ。
「あ、あの…さ……もしかして、その時の俺……は、裸、だっ…た?」
「……ハイ」
「うわあああああっ!ご、ごめん!本当ごめんなさい!酷くお見苦しいものを見せてしまって……!」
考えてみれば、全裸を女子に見られるのは明香里の時に続いて二度目である。穴があったら入りたいと言いたい所だが、
「あ!だ、大丈夫です!私、その……じ、実家で牛の種付けとか、しょっちゅう見て育ちましたからっ!牛に比べたら、その、全然……!」
「うううう……それはそれで泣きたい」
流石に牧場育ちの娘は言う事が違う。しかし、別に自分の身体に自信があるわけではないが、全然大したことがないと言われるのは男としてショックが大きい。比較対象が馬や牛であれば、人間など比べ物にならないのは当然であってもである。
結局、カニ重人は期せずして丈太の心に深い傷を残す事に成功していたようだ。それは、これまでの戦いで丈太が受けた一番のダメージかもしれない。ただそれを、ハイカロリーの面々は知る由もない。
――それから数日後。徐々に休んでいた生徒達も復帰し始めて、学校は落ち着きを取り戻し始めていた。ただし、鮫島のように他の生徒を押し退けてカニを大量に食べてしまった生徒は肥満が治らず、厳しい生活を余儀なくされている。しかし、あそこまで肥満化したのは極一部の生徒だけなので、影響は限定的だ。
「サメ!あんた臭いし暑っ苦しいから近寄んないでよ!このデブ!」
「そ、そんなぁ…!?勘弁してくれよ、エミ!大翔ぉ!」
大翔が率いる不良グループの中でも鮫島は特に肥満化が酷く、突然身体が太ったせいか、はたまた元々そうだったのかは判別がつかないが、同年代よりも遥かに体臭がキツくなり発汗量も大幅に増えていた。それにより、特に清潔感にうるさい女子であるエミからは蛇蝎の如く嫌われるようになってしまったようだ。ちなみに、大翔とエミは元々課外学習をサボっていたので、カニ重人の被害は受けていない。そんなこともあって、彼らのグループは空中分解寸前である。
「何やってんだか……まぁ、仲違いしてくれた方が助かるけど」
誰の目にも留まる廊下であんな騒ぎを起こせば、当然、それは丈太の耳にも入る。そもそも、彼らは友情でつるんでいた訳ではなく、その加害性が同じ方向を向いていたからこそのグループである。一度軋轢が生じれば、仲違いが始まるのは自明だろう。
丈太は、そんな彼らのやり取りを少し冷めた目で横目に見ていた。正直な所、このままバラバラになってくれればありがたい。というのも、彼らのリーダーである
丈太に対するいじめにしても、蹴ったり殴ったりするのはほとんど鮫島や
大翔は決して腕っぷしに自信がないというのではなく、彼はもしもの事があれば他の連中をトカゲのしっぽにして、いつでも切り捨てられるように行動しているのだろう。その恋人である
その為、彼らがグループという形を維持できなくなれば、大翔やエミが直接危害を加えて来る可能性が下がるのではないかと、博士は見立てている。そしてそれは正しいと丈太も思った。もちろん、彼らに対してやり返してやりたいという復讐心がないわけではない。ただそれよりも、自分や藍が安心して学校生活を送れるようになるのが第一だ。彼らの集団がこのまま瓦解して大人しくなってくれれば、それでいいのだ。
「……おい、いい加減にしろ。行くぞ」
「ちょっと!待ってよ、大翔!」
「お、おい二人共!待てって!」
我関せずを決め込む丈太に鋭い視線を向けていた大翔は、やがて二人を連れてどこかへと去っていった。ひとまず安心して胸を撫で下ろす丈太だったが、この時既に、新たな重人の魔の手が忍び寄っていたのである。